以下の文章は、1500人のコンピュータ科学者、ソフトウェアエンジニア、テクノロジストらが米議会指導部、各委員会委員長・少数党筆頭委員に送付した「Letter in Support of Responsible Fintech Policy」という公開書簡を翻訳したものである。
責任あるフィンテック政策を求める書簡
2022年6月1日
チャック・シューマー 上院多数党院内総務
ミッチ・マコネル 上院少数党院内総務
ナンシー・ペロシ 下院議長
ケヴィン・マッカーシー 下院少数党院内総務
デビー・スタバノウ 上院農業・栄養・林業委員会委員長
ジョン・ボーズマン 上院農業・栄養・林業委員会少数党筆筆頭委員
シェロッド・ブラウン 上院銀行・住宅・都市問題委員会委員長
パット・トゥーミー 上院銀行・住宅・都市問題委員会少数党筆頭委員
ロン・ワイデン 上院財政委員会委員長
マイク・クレイポー 上院財政委員会少数党筆頭委員
マキシン・ウォーターズ 下院金融サービス委員会委員長
パトリック・マクヘンリー 下院金融サービス委員会少数党筆頭委員
米国議会指導部、委員会委員長、少数党筆頭委員の皆様へ
私たちは、様々な用途の革新的・効果的な製品を生み出すべく、データベース技術、オープンソースソフトウェア、暗号技術、金融技術アプリケーションの分野において数十年のキャリアを積んできた1500人のコンピュータ科学者、ソフトウェアエンジニア、テクノロジストです。
本日、私たちは、暗号資産(暗号通貨、暗号トークン、Web3と呼ばれることもある)が、無条件にイノベーティブな技術であるという業界の主張に対し、批判的かつ懐疑的なアプローチを採るよう、皆さんに要請します。デジタル資産業界の金融業者、ロビイスト、ブースターが、危険で、欠陥を抱え、証明されていないデジタル金融商品のための規制の安全地帯を確保しようとする圧力に抵抗するとともに、公共の利益を保護し、技術が一般市民のニーズに応える真のサービスとして展開されることを保証するアプローチを採ることを私たちは強く求めます。
暗号資産業界と経済的利害関係のある人々が、これら技術はポジティブな金融イノベーションを生み出し、一般市民が直面している金融問題を解決してくれるものだと喧伝していることに、私たちは強く反対しています。
すべてのイノベーションが無条件に良いとはかぎりません。構築できるものが、構築すべきものであるともかぎりません。テクノロジーの歴史は、行き詰まり、見切り発車、間違った方向転換に満ち満ちています。追記のみ(Append-only)のデジタル台帳は、新しいイノベーションではありません。1980年以降には知られ、使われていましたし、どちらかといえば限定的な機能でした。
私たちは、各分野に深い専門性を持つソフトウェアエンジニアとテクノロジストとして、昨今のブロックチェーン技術の新規性と可能性に関する言説に反論します。ブロックチェーン技術における取引の取り消しやデータプライバシーの仕組みは、その基本設計と相反するものであり、今後もそのような仕組みが導入されることはないでしょう。公衆にサービスを提供する金融技術には、常に不正を軽減するメカニズムを備え、人間が取引を取り消すためのヒューマン・イン・ザ・ループが必要ですが、ブロックチェーンはそのいずれもなし得ないのです。
ブロックチェーン技術はその設計上、現時点でも将来的にも、社会のためになるとして喧伝されているほぼすべての目的に適してはいません。ブロックチェーン技術はその誕生以来、現時点では何の役に立つのかわからないソリューションであり続け、その存在を正当化するために金融包摂やデータの透明性といった概念にしがみついたのです。13年以上に渡って開発が続いていますが、重大な限界と設計上の欠陥があり、一般顧客のデータや規制された金融取引を扱うほぼすべてのアプリケーションを排除しています。既存の非ブロックチェーンソリューションの改善にはなっていないのです。
最後に、ブロックチェーン技術の実経済的な用途はほとんど期待できません。一方、その基盤たる暗号資産は、不健全で変動の激しい投機的な投資スキームの手段となっており、その性質やリスクを理解できない個人投資家に積極的に宣伝されています。他にも、マネーロンダリングやランサムウェア攻撃による国家安全保障への脅威、価格変動の大きさによる金融安定リスク、投機性や感染性、取引の大半を占める暗号通貨で利用されるプルーフ・オブ・ワーク技術による大規模な大気汚染、大規模詐欺、金融犯罪による投資家リスクなどの重大な外部性を抱えています。
私たちは、技術革新に真に責任あるアプローチを採り、米国内外の個人が、存在しない技術的可能性の名のもとに、略奪的金融、詐欺、経済的システミックリスクの危険性にさらされずに済むよう強く求めます。
ブロックチェーン技術や暗号資産投資がもたらす大惨事や外部性は、たまたま起こったことでも、生まれたばかりの技術の成長痛でもありません。それは、合目的的に構築されていない技術の必然的帰結であり、大規模な経済活動の基盤としては永遠に不適当なのです。
このような膨大な外部性と、ブロックチェーンの――良く言えば未だ曖昧、悪く言えば存在しない――用途を鑑み、私たちは委員会がクリプト業界の誇大広告と威勢だけの声を見透かし、その固有の欠点と驚くほどの欠陥だけでなく、その上に積み上げられた数々の技術的誤謬についても理解するように求めます。
私たちは、暗号資産がもたらす深刻なリスクから投資家と世界の金融市場を守るために今すぐ行動する必要があり、技術的実用性の絶望的な欠落を覆い隠す技術的難解さにごまかされてはなりません。私たちは金融技術と規制に関するあなた方のリーダーシップに感謝するとともに、立法プライオリティの指針として、私たちの客観的かつ独立した専門家の判断を考慮してくださるよう強く求めるものです。
主要署名者
所属は識別のためにのみ記載しています。本書簡は、署名者個人の見解を表したものであり、各機関の公式見解を示すものではありません。
Sal Bayat
Tim Bray
Grady Booch
ACM Fellow, IEEE Fellow, IBM Fellow
Brennan Carley
Proton Advisors
Stephen Diehl
David Gerard
Jürgen Geuter
Alan Graham
OCL
Geoffrey Huntley
Miguel de Icaza
Patrick McConnell
Macquarie University
Luke Plant
Django Software Foundation
Rufus Pollock
Open Knowledge Foundation
Matt Ranger
Jorge Stolfi
University of Campinas
Steve Song
Network Startup Resource Center
Bruce Schneier
Dave Troy
410 Labs Inc.
Darren W. Tseng
Štefan Urbánek
Open Knowledge Foundation
Nicholas Weaver
International Computer Science Institute
Adam Wespiser
SimSpace Corporation
Molly White
Jamie Zawinski
Netscape Developer
署名者
所属は識別のためにのみ記載しています。本書簡は、署名者個人の見解を表したものであり、各機関の公式見解を示すものではありません。
(中略:2022年7月25日時点で1600人超の署名が集まっている。署名者のリストは書簡本文をご覧いただきたい)
外部記事・調査
以下に提供されるリソースは、この書簡の著者が有用な参考資料としてのみ選択したものです。以下のリストの論文およびその著者が、本書簡の私たちの見解を支持することを意味するものではありません。
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Allen, Hilary. 2022. Driverless Finance. Oxford University Press.
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Letter in Support of Responsible Fintech PolicyPublication Date: June 1, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Maxim Hopman / Shubham Dhage
この動きの背景にあるのは、クリプト経営陣による候補者・政治家の取り込みに対する危機感なのだろう。日本やフランスでも、政治家たちがWeb3を成長戦略とか好機とか言い出して色気を出し始めているので、米国だけの問題ではないのかもしれない(Web3の「中心的プレーヤー」になって領域をリードしよう、みたいな話を聞くにつけ、始まる前からコンセプト崩壊してないかという気がしないでもない)。
個人的には、昔からピアとピアがつながる技術は好きだし、ビッグテックの独占解消というお題目は分からないでもないのだが、残念なことにWeb3界隈の動きは暗号通貨バブルの再来を待望しているだけにしか見えない。ブロックチェーン技術も面白いし、いろんな可能性はあると思うのだけれども、鼻息が荒いキャピタルゲイン最大化勢によって方向づけられているように見える。
ビッグテックはたしかに「中央集権」的ではあるのだが、「ブロックチェーン」だけがその状況を変えうるゲームチェンジャーだとは思えないし、そもそもブロックチェーン技術を用いることでどのような優位性を発揮してビッグテックと競争していけるのかというのも、ぼんやりとしすぎていてよくわからない。ニンジンをぶら下げれば勝手についてくる、ということなのかもしれないが、どうにもインターネットにおける我々の文化や生活という側面を軽視しているようにも思える。「民主的」と謳われるものも、果たして「持たざる」我々が参加できるプロセスなのか、それでも参加するとしたら何を売り渡すことになるのかという疑問もある。
この公開書簡に対する反論もあるので一読しておくとよいだろう。要は、世界を塗り替えたいわけじゃないし、塗り替えられるとも思っていない、というところか。「占有面積のかなり狭い業界」だと言うが、だとしたら、いま謳われている宣伝文句はいったいどういうことなのか……。
いずれにしても、ビッグテックの独占解消という点では、米国や欧州、日本でもさまざまな規制アプローチを模索しているところなので、ブロックチェーンだけが唯一無二の答えというわけではない。界隈の方々にはそっち方面にも興味を持ってもらえれば嬉しい。