以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Adobe steals your color」という記事を翻訳したものである。
信頼してきた製品を企業に壊され、何十年もかけて作ってきたものを台なしにされたら、怒りがこみ上げるのも当然である。企業もそれを承知で、サプライヤを非難してあなたの怒りを逸らそうとする。もちろん、サプライヤに非があることもある。だが、企業が非難されるべきことも数多くあるものだ。
たとえば、Appleが中国のApp StoreからあらゆるVPNアプリを削除し、中国のクラウドサーバにバックドアを設けた際、Appleはそれを中国政府のせいにした。だが中国政府は、Appleがデバイスを囲い込んでいるからこそ、中国のユーザがサードパーティ製アプリをインストールできないことをよく知っていたのである。
つまり、機能するVPNやオフショアクラウドを利用するアプリをApp Storeから削除するよう命令すれば、Appleユーザを中国政府の監視下に閉じ込めることができる。プライバシーツールの排除命令は、Appleの囲い込まれた「エコシステム」を考えれば、完全に予見可能な結果だったのだ。
https://locusmag.com/2021/01/cory-doctorow-neofeudalism-and-the-digital-manor/
2013年、Adobeはユーザをクラウドに移行し始め、PhotoshopやIllustratorなどのアプリを、毎月毎月、永遠に月額料金を支払わなければならない「サービスとしてのソフトウェア」(SaaS)版に置き換えた。これがAdobeにとって魅力的な提案であったことは理解できなくはないだろう。
もちろんAdobeは、SaaSシステムがユーザにも良いものだと宣伝した。数千ドルのソフトウェアを前払いで購入しなくても、月々数ドル(10ドルから50ドル)を支払うだけで使えるようになる、と。もちろん、一生使い続けるプロフェッショナルなツールである以上、最終的にはかなりの額を支払わされることになる。
プリプレス(印刷前工程)に関わる人にとって、Adobeのツールで最重要なのがPantoneとの連携だ。Pantoneとは、カラーマッチングを指定するためのシステムで、Pantone番号は、4つの標準印刷色(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック、いわゆる「CMYK」)の混合や、「スポット」カラーを適用した場合の特定の色使いに対応する。メタリックゴールドやホットピンクを使いたい場合、Pantone番号を指定すると、プリンタは別のインクをセットし、メディアをもう一度プリンタに通す。
このシステムをライセンス供与するために、Pantone社は何らかの権利で保護された要素を必要する。なぜならPantone社のシステムを直接的に保護する仕組みはほとんどないのだから! 商標もあるがそれでは心もとない。商標には幅広い「指名的使用」が例外として認められていて、「Pantone 448Cは16進数の色#4a412aに対応する」と言ったところで商標権侵害にはならない。
著作権はどうかって? そうだね、Pantoneの値とそのインクに相当するモノには、「薄い」データベース著作権がある。Pantoneの数値をインクに変換するRIPやプリンタを販売するのであれば、ほぼ間違いなくPantoneの著作権をライセンスしなければならない。インクデータをプリンタに伝える画像編集プログラムを作るなら、ライセンスを取得するのが一番だ。
このことは、突如としてAdobeとPantoneとの交渉決裂に関連してくる。PantoneのサポートはAdobeのアプリケーションにバンドルされなくなり、Pantoneプラグインに月額21ドルを支払わなければならなくなった。
Adobeのアプリがクラウドに移行したことを思い出してほしい。Adobeが中央サーバに加えた変更は、瞬時に世界中のAdobeユーザに波及する。もしAdobeのアプリに気に入らない変更があっても、旧バージョンのアプリを起動することはできないのだ。SaaSベンダーは、クラウドベースのアプリは「常に最新バージョンを利用できる!」と自慢しがちである。
Adobeのアプリの次のバージョンでは、月額21ドルのPantone使用量を支払わなければならず、そうしなければ画像内のPantoneで定義された色は黒一色でレンダリングされることになる。これは先週作成したファイルであろうと、20年前に作成したファイルであろうとそうなってしまうのだ。
もちろん、Adobeはこの件でPantoneを非難するだろうし、この問題の根本的な原因がPantoneの強欲さにあることは事実だ。だが、これはAdobeのSaaS戦略の結果であり、予見可能だったことも確かなのだ。もしAdobeユーザがアプリをローカルで実行していたら、Pantoneの行動は、影響を受けるすべてのユーザに旧バージョンのAdobeアプリを実行させるだけにとどまっていただろう。そうなれば、Adobeはアップグレードを販売できず、Pantoneもライセンス料を得ることはできない。
だが、Adobeがクラウドに移行しているため、ユーザにはその選択肢はない。Adobeがユーザの側に立つ理由はまったくないのである。もしAdobeがPantoneに屈したとしても、ユーザは毎月ソフトウェアをレンタルしなければならず、しかもそれが「最新バージョン」である以上、そのユーザは毎月Pantoneプラグインもレンタルしなければならない、永遠にね。
また、単に「このピクセルを Pantone 448C で着色する」というファイルにはライセンスを強制できる権利はないのかもしれないが(プログラム側にインクミックスの記述がない場合)、Adobeの他の製品(RIPやPostScriptエンジン)はライセンスを必要とするPantoneの要素に依存しているため、同社はPantoneに「勝手にしろ」とは言えないのである。
中国政府がAppleに圧力をかけたのは、AppleがApp Storeに変更を加えればユーザの選択を奪うことができると知っていたからであり、PantoneがAdobeに強く出るのも、SaaSがユーザの怒りからAdobeを守ることができると知っていたからである。
Adobeユーザは、同社のライバルであるFigmaに乗り換えることすらできない。Adobeは200億ドルを投じて同社を買収し、ユーザがベンダーを乗り換えて不支持を表明することすらできないようにしたばかりなのだから。
Pantoneは、異なるプリプレスハウスや印刷工場でインクの配合を確実に指定する手法を開発する技術企業として出発した。だが今日、同社は「IP」企業であり、「IP」は「ユーザ、批判者、競争相手の行動をコントロールできる法律やポリシー」を意味するようになった。
https://locusmag.com/2020/09/cory-doctorow-ip/
それはAdobeも同様である。SaaSへの移行は、Adobeのユーザや競合に対する支配力を行使するための手段であると考えるのが妥当であろう。この支配から逃れようとするライバルを平らげる反競争的なキラー買収により、Adobeはあなたを人質に取り、Pantoneなどの他のIP企業に付け入られるスキを生み出しているのである。
10年ほど前、ジンジャー・クーンズはPantoneに代わる相互運用可能なオルタナティブを作るべく、Open Colour Standardを立ち上げた。だが残念なことに、現在は休止中のようだ。
“色の所有”というのはひどいアイデアで、技術的には不可能だ。UPS BrownもJohn Deere Greenも、意味のあるかたちでの「所有」ではないのだが、企業はそう信じさせたいのである。こうした状況とPantoneに触発され、IP脳の人々は色を資産に変えようと挑戦を続けている。
https://onezero.medium.com/crypto-copyright-bdf24f48bf99
法律上、色は資産ではない。だが、SaaS、著作権、商標、その他の技術やポリシーを組み合わせることで、どこかの企業が我々の目の前から色を盗んでしまう可能性が高まっている。
Pluralistic: 28 Oct 2022 Adobe steals your color – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: October 28, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Christina Rumpf