以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Capitalists Hate Capitalism」という記事を翻訳したものである。
今週のポッドキャストでは、Locus Magazineに書いたコラム 「資本家は資本主義を嫌う」を読んだ:
https://locusmag.com/2024/03/cory-doctorow-capitalists-hate-capitalism/
「資本家は資本主義を嫌う」とはどういうことか? それは、「利益」と 「レント」(rent: 一般的には地代や家賃、使用料を指すが、ここでは経済学の「超過利潤(企業が競争的市場で得られる以上に享受する利益)」を指す)の違いに尽きる。資本家は資本(お金、またはそれで買えるもの)を労働者の労働と組み合わせて、利益(資本家の取り分)と賃金(労働者の取り分)を生み出す。
一方、レントは、資本家が利益を生み出す資産を所有することで発生する。例えば、コーヒーショップに店舗を貸す家主は、コーヒーショップを所有する資本家からレントを引き出す。一方、カフェを所有する資本家は、バリスタの労働から利益を引き出す。
アダム・スミスのような初期の資本主義の哲学者たちは、レントを嫌っていた。レントは資本主義が成立した当時、最も重要な収入源だった。封建領主は広大な土地を所有し、その土地には多数の農奴が縛りつけられていた。農奴たちは領主にレントを支払う義務があったので、土地を耕して作物を栽培し、家畜を飼育して領主にレントを支払っていた。彼らはその土地を立ち去ることを許されてはいなかった。
一方、資本家たちは、その土地を産業革命の 「暗い悪魔のような工場」のための羊毛の供給源となる羊の放牧地にしたがった。彼らは、農奴たちが土地から追い出され、工場で働く「自由な労働者」になることを望んでいた。
資本主義の創始者たちにとって、「自由な市場」とは、規制からの自由ではなく、レントからの自由を意味し、「自由な労働力」とは、生まれ育った領地を離れる自由を持つ労働者から生まれるものだった。しかし同時に、彼らは資本家の下で仕事をしなければ飢える自由も持ち合わせていた。
資本主義の哲学者たちにとって、自由な市場と自由な労働力は、単に利益の源泉であるだけでなく、美徳の源泉でもあった。領主とは異なり、資本家たちは互いの競争を心配しなければならなかった。消費者が他社に乗り換えないようにするには、より良い商品をより安い価格で提供しなければならないし、「自由な労働者」が他の仕事に乗り換えないように、より高い賃金とより良い条件を提示しなければならないのだ。
つまり、資本家はすべてを失う恐怖に突き動かされることで、すべての人のためにすべてをより良くする方法を見出そうとするようになる。買い物客に利益をもたらすより良くより安い製品、そして労働者に利益をもたらすより高給でより安全な仕事だ。スミスにとって、資本主義は錬金術であり、賢者の石であり、貪欲という卑金属を公共心の黄金に変えるものだったのだ。
対照的に、レント収受者は競争から隔離されている。彼らの労働者は土地に縛られ、待遇が良かろうが悪かろうが、レントを払うために働かなければならない。領主がより良い収穫の仕方に投資しなくても、レントは確実に入ってくる。(領主だけにとっては)良い暮らしだ。
再びコーヒーショップの例に戻ろう。通り向かいにもっと良いカフェがオープンすれば、オーナーは消費者と労働者の忠誠心を失い、全てを失うかもしれない。しかし地主にとっては、資本主義の店子の廃業はバグではなく、機能なのだ。カフェが潰れれば、家主は人気の新しいコーヒーショップと同じ区画で空き店舗を貸し出せるようになり、別の資本家が幸運にもそこで商売を始めようとしてくれれば、より高い家賃で貸し出すことができる。
産業革命は、単に自動化が手工業に勝利しただけでも、工場主が織工に勝利しただけでもない。それはまた、利益がレントに勝利したことでもあった。農奴が働く世襲領地が、繊維工場のサプライチェーンの一部に変貌を遂げたことで、資本家が地主よりも政治的に優位に立てるようになった。
さて、封建主義が利益の完全な不在を必要としなかったのと同様に、資本主義はレントを駆逐したわけではない。封建制度の下でも、資本家は資本と労働から利益を引き出し、資本主義の下でも、地主は資本家と労働者が使用料を払う資産からレントを引き出していた。
その違いは、利益とレントの対立がどのように解決されたかにある。封建主義はレントが利益に勝利する体制であり、資本主義は利益がレントに勝利する体制なのだ。
本当に重要なのは対立だ。あなたは家族を愛しているが、家族はあなたを怒らせる。友達が正しく、家族がおそらく間違っているときでも、友達よりも家族の味方をするなら、あなたは友達よりも家族を大切にしているのだ。それは友達を大切にしていないのではなく、家族ほど大切ではないということだ。
対立は、自分が左翼かどうかを知るための確実な方法だ。スティーブン・ブラストが言うように、左翼かどうかを見分けるには、「人権と財産権のどちらが重要か」と尋ねればいい。「財産権は人権だ」と答えるなら、あなたは左翼ではない。左翼は必ずしもすべての財産権に反対するわけではない。ただ、人権よりも重要ではないと考えているだけだ。
財産権と人権の対立を考えてみよう。残り物の食べ物をわざと食べられないようにしてからゴミ箱に入れて、空腹の人々が食べられないようにする食料品店の主人。あるいは、ホームレスが玄関先で凍死しているのに、アパートを空室にしておく大家。「何人も食べ物や家を所有することはできない」と言わずとも、「このような場合、財産権は人権を妨げているので、無効にすべきだ」と言うことはできる。左翼にとって、財産権は人権の手段になることがある(農民に彼らが働く土地の所有権を与える革命的な土地改革のように)。が、財産権が人権を妨げるところでは、そのことは脇に置かれる。
ヤニス・バルファキスは2023年の著書『テクノ封建主義(Technofeudalism)』で、資本主義が新しい封建主義に取って代わられたと主張している。つまり、資本主義は封建主義と…封建主義の間の過渡期だった、と。
https://pluralistic.net/2023/09/28/cloudalists/#cloud-capital
バルファキスは、資本家が絶滅したと言っているわけではない。むしろ、今日、資本と資産の対立、つまりレントと利益の対立は、ほとんど常にレントが利益に勝利する結果になるということだ。
Amazonを考えてみよう。この「なんでも屋」は巨大なバザールに見える。フリーマーケットのように、独立した資本家たちが運営する露店が並び、彼らは何を売るか、どのように値付けするかを決め、買い物客の気を引くために競争している。しかし実際には、そのシステム全体が一人の封建領主に所有されていて、商人たちが稼ぐ1ドルごとに51%を搾取し、誰が何を売れるか、いくらで売ってよいか、さらには誰にそれを閲覧させるかさえ決めている。
https://pluristic.net/2024/03/01/managerial-discretion/#junk-fees
あるいは、テキサス州東部地区のパテントトロールを考えてみよう。これらの 「企業」は目に見えず、何も生み出さない。埃っぽい無人オフィスビルのメールボックスと、米国特許商標庁が発行した広範囲の特許(例えば、「指で画面をタップする」特許)のみで構成されている。こうした企業は、Apple、Google、Samsungが自社の特許を侵害したとして数億ドルもの金を引き出す。言い換えれば、政府が後ろ盾となって、携帯電話を作る企業が生産活動によって生み出した巨額の利益を奪い、訴訟のみを 「製品」とする非生産的な企業に、レントとして引き渡しているのだ。レントが利益に勝利したのだ。
資本家は資本主義を嫌う。すべての資本家は、利益よりレントを追求したがる。なにせ競争から隔離されているのだから。ジェフ・ベゾスのAmazonで販売する商人(あるいは家主の店舗でカフェをオープンしたり、馬鹿げたスマートフォン特許のライセンスを取得したりする企業)は、すべてのリスクを負う。一方、Amazonや店舗・特許の家主は、店子のリスクが報われても報われなくても、金が懐に入ってくる。
Google、Apple、Samsungが、アプリストアから特許ポートフォリオに至るまで、資本家に貸し出す膨大なデジタル資産を所有しているのはそのためだ。資本家と競争するビジネスよりも、資本家に貸し出すレント・ビジネスを好んでいるのだ。
そして、あの有名なアダム・スミスの言葉だ。「同業者が集まることは滅多にない。たとえ陽気に楽しむためであっても、その会話は公衆に対する陰謀か、値上げのための談合に終わる」。これはまさにGoogleとMetaがやっていることだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jedi_Blue
あるいはAppleとGoogleがやっていることでもある。
なぜ互いに競争しなければならないのか。真夜中に逃げ出そうとしている農奴を捕まえたら、必ず隣の領地に返すことを信じ合える封建領主のように、結託することもできるのだから。
もちろん、「自由な市場」だけでなく、「自由な労働力」もレントに支配されている。P・ティールの言葉を借りれば、「競争は敗者のためにある」のだ。何年もの間、米国最大手のテック企業とエンターテインメント企業は、互いの従業員を雇わない 「引き抜き禁止」協定に違法に共謀していた。
これらの企業は、業界内でも業界間でも互いに激しい競争相手だった。ビッグコンテンツが法外な著作権法の拡大を求めてロビー活動を行い、ビッグテックを責任を負わせると誓っていたのと同時に、これら両サイドのすべての企業は、その違いを脇に置き、自由な労働者を自分たちの土地に縛り付け、労働力を確保するための 「無益な競争」を終わらせることができたのだ。
もちろん、これは労働市場の底辺ではさらに顕著だ。そこでは競業避止 「契約」が当たり前になっている。競業避止契約に縛られるアメリカ人労働者の中央値は、ファストフード労働者だ。雇用主は国家の力を借りて、労働者がウェンディーズのレジを離れ、通り向こうのマクドナルドで時給0.25ドル多く稼ぐことを阻止できるのだ。
https://pluralistic.net/2022/02/02/its-the-economy-stupid/#neofeudal
雇用主はこれを、労働者の訓練に投資した見返りを確保し、企業秘密を保全するために必要だと弁明する。しかし、なぜ彼らの投資が保護されなければならないのか。資本主義はリスクに基づくものであり、そのリスクに伴う恐怖によって機能する。その恐怖が資本家をイノベーションに駆り立て、それが資本主義の道徳的正当化である公益を生み出すのだ。
資本家は資本主義を嫌う。彼らは自由な労働ではなく、土地に縛られた労働を望んでいるのだ。資本家は自由な労働の恩恵を受ける。より良い会社を持っていれば、最高の労働者を引き抜いて、劣る競争相手を倒産に追い込むことができる。しかし、封建主義者は不自由な労働、つまり仕事を辞めるために支払わなければならないような 「拘束料」のようなトリックから恩恵を受けるのだ。
https://pluralistic.net/2023/04/21/bondage-fees/#doorman-building
Petsmartのような企業は、「訓練費用返済契約条項」(TRAPs:training repayment agreement provisions)を使って、低賃金労働者がより良い雇用主のもとに移ることを阻んでいる。Petsmartは、ペットグルーマーを訓練するのに5,500ドルのコストがかかるとして、その労働者が2年未満で解雇されたり、レイオフされたり、辞めたりすると、その訓練費用をPetsmartに支払わなければならないと言う。
https://pluristic.net/2022/08/04/its-a-trap/#a-little-on-the-nose
Petsmartは完全にでたらめを言っている。Petsmartが5,500ドルの価値があると主張する 「4週間の訓練コース」は、実際には3週間しか続かない。さらに、その 「訓練」の実態は、3週間、無給で床を掃いたり、低レベルの雑用をさせられるだけだ。
しかし、たとえPetsmartがペット・グルーマー一人ひとりに5,500ドル相当のトレーニングを施していたとしても、これがでたらめであることに変わりはない。なぜ労働者がPetsmartの訓練への投資の失敗のリスクを負わなければならないのか。資本主義の下では、リスクは報酬を正当化する。Petsmartがあなたの犬のグルーミングに50ドル請求し、その仕事にグルーマーに15ドル支払う理由は、35ドル分のリスクを取ったからだ。しかし、そのリスクの一部は労働者が負担している。訓練の費用を負担しているのは彼らなのだ。
Petsmart にとって、そしてすべての封建主義者にとって、労働者(そこに付随するすべてのリスクを含む)は資産に変えることができる。つまり、競争の対象にならないものだ。Petsmartは、優れた給与と条件で労働者を引き留める必要はない。代わりに、国家の契約執行メカニズムを使って脅すのだ。
資本家は資本主義を嫌うが、封建主義は大好きだ。もちろん、彼らはこれを、政府によるリスク軽減が投資を促進すると主張することで正当化する。「ペットグルーマーを訓練するために金を払ったのに、その労働者が翌日出て行って、競合他社で犬の毛を剃ることができたら、誰が金を払うだろうか?」と。
しかし、これは明らかにナンセンスだ。シリコンバレーを考えてみよう。テック業界は、あらゆる産業の中で最も 「知的財産集約型」であり、熟練労働力の獲得競争が最も激しいセクターだ。それでも、シリコンバレーはカリフォルニアにあり、そこでは競業避止契約は違法だ。シリコンバレーで成功したすべての企業は、熟練労働者がいつでも出て行って、ライバル企業の仕事に就くことができる環境で繁栄してきた。
自由な労働のリスクが投資を妨げる兆しはない。AIを考えてみよう。人類史上最大の投資バブルだ。すべての主要AI企業は、競業避止契約が違法な法域にある。Anthropic(OpenAIの最も真剣な競争相手)は、OpenAIの上級職を辞めた兄弟によって設立された直接的な競合企業だ。OpenAIが今や有利な条件で資本を調達できなくなったなどと、誰も真顔では言えない。
さらに、OpenAIの創業者サム・アルトマンが取締役会から追放されたとき、マイクロソフトは彼を雇い、他の700人のOpenAI社員を雇ってOpenAIの競合を設立することを申し出た。アルトマンが会社に戻ってきたとき、マイクロソフトはOpenAIにさらに多くの資金を投資した。誰でも同社の創業者とトップ技術スタッフ全員をいつでも引き抜くことができる親密な理解があったにもかかわらずだ。
バーガーキングの労働者の頭の中に閉じ込められた企業秘密の流出が、OpenAIの技術スタッフ全員の流出よりも、ハンバーガーレストランの経営リスクを構成するという考えは、明らかにナンセンスだ。競業避止契約は、ビジネスを可能にする方法ではない。競争を排除し、リスクを従業員に押し付けることで、ビジネスを容易にする方法なのだ。
なぜなら、資本家は資本主義を嫌うからだ。競争相手が消費者や労働者により良い提案をする方法を見つけたかもしれないと常に肩越しに気にしなければならない人生よりも、リスクの少ない人生を好むのは当然だろう。
だからこそ、企業は 「知的財産」、つまり政府の後ろ盾を得て、労働者、消費者、競合、批評家を支配する権利を確保することに熱心なのだ。
https://locusmag.com/2020/09/cory-doctorow-ip/
あらゆる知的財産権拡大の議論は同じだ。「もし自分の発明や作品を他者が真似したり改良できてしまうなら、自分の事業が成り立たなくなるかもしれない。そんなリスクがあるのなら、誰が新しいものを生み出そうと投資するだろうか?」
これは5年前、ジャンル作家たちが一般的な慣用句の商標を求めた狂乱の最中に提起された議論だ。本のタイトルにあった「cocky(生意気)」という言葉を商標取得したロマンス作家がいた。
そして、ファンタジー小説のタイトルにある 「ドラゴンスレイヤー(dragon slayer)」の商標を出願したファンタジー作家もいた。
その後、武器を持った人物が描かれた本の表紙の商標まで出願された。
これらのレント収受者志望者にとって、論理は同じだった。「ドラゴンスレイヤーについての本を書いたのに、ドラゴンスレイヤーについて書いた別の人に読者を奪われるかもしれないなら、誰が本を書くだろう?」
これらのケースでは、USPTO(米国特許商標庁)が商標を却下または取り消した。利益がレントに勝利したのだ。しかし、ますますレントが利益に勝利するようになり、レント搾取は 「賢明なビジネス」として称賛され、利益は間抜けのためのものとなり、「賃金」(資本主義と封建主義の下で最悪の報酬の仕方)よりもわずかに好ましいものとなっている。
それが、「不労所得」についてのすべての話の背景にある。それは単に 「レント」の婉曲表現に過ぎない。それは、ダグラス・ラシュコフの『デジタル生存競争(Survival of the Richest)』で、金持ちが 「メタになれ」と語っているのはまさにこのことだ。
https://pluralistic.net/2022/09/13/collapse-porn/#collapse-porn
タクシードライバーになるのではなく、メタになってメダリオン(訳注:タクシー営業許可証)を買え。メダリオンを買うのではなく、メタになってUberを立ち上げろ。Uberを立ち上げるのではなく、メタになってUberに投資しろ。Uberに投資するのではなく、メタになってUber株のオプションを買え。Uber株のオプションを買うのではなく、メタになってUber株のオプションのデリバティブを買え。
「メタになる」とは、資本主義から距離を置くこと、つまり利益から得られる収入、競争、リスクから距離を置き、封建主義に寄り添うことなのだ。
資本家は常に資本主義を嫌ってきた。暗く悪魔のような工場の所有者たちは、農民を土地から引き離して 「自由な労働力」に変えることを望んでいた。しかし、彼らは同時に、ナポレオン戦争の孤児を誘拐し、10年間の奉公契約を結んだ。10年という期間は、幼い子供たちが過酷な労働に耐えられる限界だった。
https://pluralistic.net/2023/09/26/enochs-hammer/#thats-fronkonsteen
バルファキスは、我々は新たな封建主義の時代に入ったと言う。だがそれは資本主義が滅んだということではない。何世紀ぶりかに、レントが利益と戦うとき、ほとんど常にレントが勝利するということだ。
ポッドキャストのエピソードはこちら:
https://craphound.com/news/2024/04/14/capitalists-hate-capitalism/
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Pluralistic: Podcasting “Capitalists Hate Capitalism” (18 Apr 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 18, 2024
Translation: heatwave_p2p