以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「End of the line for corporate sovereignty」という記事を翻訳したものである。
1950年代、新たに民主的に選ばれたイラン政府が外国の石油利権を国有化した。その後、英米は進歩的な政府を外国企業に好意的な政権に置き換えるべくクーデターを支援した。
– https://en.wikipedia.org/wiki/Nationalization_of_the_Iranian_oil_industry
この恥ずべき地政学的無法行為は、最悪の反動を引き起こした。英米の傀儡政権はアーヤトッラーとその仲間によって打倒され、その後のイランを導いてきた。
米英にとって教訓は明らかだった。世界中の主権国家が、石油会社やその他の商業大国の利益を損なうような政策を避けるために、もっと穏健なアプローチが必要だったのだ。こうして、「投資家対国家の紛争解決(ISDS)」が生まれた。
現代のISDSは、1990年代のエネルギー憲章条約(ECT)で完成された。ECTは、旧ソ連のエネルギー施設を引き継ごうとする西側企業のために、グラスノスチ以降の新政府に、外国企業の利益を損なうような法律を決して制定しないことを約束させることを目的としていた。
しかし、ニック・ディアーデンが『Jacobin』に書いているように、ECTを東側に押し付けた西側企業は、ISDSに独特なしっぺ返しがあることを予期してはいなかった。
– https://jacobin.com/2024/03/energy-charter-treaty-climate-change/
2000年代になると、オランダやデンマークなどの国が化石燃料を制限し、再生可能エネルギーを促進するための規則を制定し始めた。ドイツの石炭企業はこれらの政府を訴え、民主的に交渉された政策を撤回するか、ドイツ企業に巨額の和解金を支払うことを強要した。
ISDS和解は本当にグロテスクだ。外国企業が行った既存の投資を買い取り、投資した資金を返金するだけでなく、ISDS裁判所は日常的に、外国企業が投資から得られたかもしれないすべての利益を政府に支払うよう命じる。
例えば、英国のRockhopper社は、イタリアが大規模な抗議活動を受けて沖合での掘削を制限したことに対し、イタリア政府から3億5000万ドルを取り立てた。Rockhopper社は、アドリア海での石油探査に5000万ドルしか使っていない。残りの3億ドルは、イタリア沿岸で実際に石油を採掘できた場合に得られたかもしれない利益を補償するためのものだ。
左派も右派も、ISDSが民主的に選ばれた立法者の手を縛り、国家主権を企業主権に従属させていることに、徐々に憤りを感じるようになった。2023年までに、9つのEU諸国がECT脱退の準備を始めた。
しかし、ECTにはもう一つの仕掛けがある。条約から脱退した後も、ECTの条項(ISDS判決を含む)を20年間にわたって執行し続けることを各国に義務づける「サンセット」条項だ。そのため、欧州各国政府は、ECTから同時に大量離脱するという戦略を編み出した。これにより、ECT加盟国に登録されたどの企業も、ECTに基づいて訴訟を起こすことができなくなる。
英国がECT離脱の汎欧州連合に加わらなかったことは、驚くには当たらない。一つには、トーリー党(保守党)の何よりも市場を優先する姿勢があり(Trashfutureポッドキャストでしばしば指摘されているように、英国政府は、緊縮財政に専心するあまり、実際に自国の警察組織を解体している唯一の新自由主義国家だ)、もう一つは、リシ・スナック首相の「北海油田を最大限に活用する」という地球を焼き尽くす約束があったからだ。
しかし、世界の他の国々が再生可能エネルギーに移行する中、英国の労働組合からトーリー党の議員まで、さまざまな人々が、ECTへの加盟と化石燃料へのコミットメントが、無意味・無駄遣いの世界的リーダーへの道を突き進むことにしかならないことを認識し始めている。そのため、英国もECTから離脱することになった。
ディアーデンが書いているように、石油を愛し、市場を崇拝する英国のECT離脱は、ISDSというアイデアそのものの危機を意味している。世界の最貧国からも、ISDSにうんざりし、ISDSを課す条約からの離脱を叫ぶ声が上がっている。
すでに離脱した国もある。ホンジュラスだ。ホンジュラスには、ロアタン島に自由主義的な自治区「プロスペラ」がある。プロスペラは、米国の支援を受けた麻薬王ポルフィリオ・ロボ・ソサが2009年にマヌエル・セラヤ政権を打倒した後に誕生した。
ロボ・ソサ政権は、特別経済区(スペイン語の頭文字で「ZEDE」と呼ばれる)の制度を確立した。ZEDEを設立した外国投資家は、ホンジュラス法の適用が免除され、独自に民間の刑事・民事法と税制を備えた「憲章都市(charter cities)」を創設できるようになる。
あまりに突飛だったため、ホンジュラス最高裁判所はこの計画を認めなかったが、ロボ・ソサは裁判官を解任し、自分の意向に沿う仲間たちに置き換えた。
クリプト・ブローカーの連中はこの動きに乗じて、さまざまな策を練ってロアタン島にZEDEを設立した。ロアタン島は、主に英語を話すアフロ・カリビアンの島で、海洋保護区、スキューバダイビング、クルーズ船の寄港地として知られている。この「憲章都市」には、レイモンド・クレイブが2022年の良書『Adventure Capitalism』で見事に描き出した、破滅へと向かう「リバタリアン的離脱」計画の長い歴史に登場する、あらゆる奇抜なアイデアが詰め込まれていた。
– https://pluralistic.net/2022/06/14/this-way-to-the-egress/#terra-nullius
プロスペラは当初から不吉な星の下にあった。憲章都市構想に関係の深いノーベル経済学賞受賞者のポール・ローマーにもこのプロジェクトは否定され、ロアタンの住民からも嫌われていた。ロアタンの観光ショップやレストランには「ビットコイン使えます」という埃まみれの看板はあるものの、実際に暗号通貨を受け入れるところはなかった。
しかし、プロスペラの本当の危機は、民主主義そのものから来た。2021年にマヌエル・セラヤの妻シオマラ・カストロが大統領に選出されると、ZEDE計画の終了を宣言したのだ。これに対し、プロスペラは、中米自由貿易協定(CAFTA)のISDS条項に基づいてホンジュラスを提訴し、同国GDPの3分の1に相当する100億ドルの賠償金を求めた。
これに対し、カストロ大統領は、CAFTAと世界銀行の国際投資紛争解決センターからの離脱を表明した。
– https://theintercept.com/2024/03/19/honduras-crypto-investors-world-bank-prospera/
カストロ大統領を支持する進歩的経済学者による公開書簡は、ISDSが労働者の権利、脆弱な生態系、気候を保護する法律によって発動され、ラテンアメリカ諸国に300億ドルの企業補償を負わせていると非難している。
ライアン・グリムが『The Intercept』に書いているように、ZEDE法はホンジュラス国民から大きな反発を受けていたし、メリック・ガーランド司法長官はロボ・ソサ政権を「麻薬カルテルが違法な活動を事実上容認された麻薬国家」と呼んでいる。
– https://theintercept.com/2024/03/19/honduras-crypto-investors-world-bank-prospera/
最低最悪なクズどもは、ホンジュラスのISDS脱退に激怒し、恐れた。企業利益を守るために60年以上にわたって民主主義を鎖につないできた彼らにとって、民主的な法律を無視する企業カンガルー裁判所(kangaroo court:不当裁判の意)の崩壊は、寡頭支配の深刻な脅威なのだ。
ディアーデンが書いたように、「世界の他の地域では、政府が外国資本の利益のために抗議運動を抑圧するのに十分な努力をしていないことを明確な根拠として」ISDS訴訟が提起されてきた。
これはグローバルサウスの最貧国に限った話ではない。豪州がタバコのプレーンパッケージ法を可決したとき、フィリップ・モリスは海外に移転し、タバコ販売の障壁を取り除くとして、オーストラリア政府にISDS訴訟を起こした。
– https://isds.bilaterals.org/?philip-morris-vs-australia-isds
2015年、WTOは、米国の「イルカに優しい」マグロのラベリングが、多数のイルカを巻き込むマグロ漁を行う企業の利益を侵害しているとして、米国政府に制裁を科した。
カナダでは、保守党の英雄スティーブン・ハーパーが、カナダ・中国外国投資促進保護協定を締結し、中国企業の利益を損なうような法律をカナダが制定することを31年間、2045年まで禁止した。
ハーパーの後任であるジャスティン・トルドーは、ハーパーが交渉したカナダ・EU貿易協定に署名した。協定にはEU企業がカナダの法律を無視できるISDS条項が盛り込まれている。
– https://www.cbc.ca/news/politics/trudeau-eu-parliament-schulz-ceta-1.3415689
かつて、ISDSへのいかなる挑戦も政治的タブーだった時代があった。2015年でさえ、ISDSをほんの少しでも修正することをほのめかすだけで、企業シンクタンクは半狂乱に陥った。
しかし、年を経るごとに、企業に主権を認めれば国家主権は否定されるという認識が広がっていった。企業を「人」として扱う(訳注:法人格を与える)ことと、企業を人間性の上に置き、その気まぐれに国家全体を従属させることはまったく別の問題だ。
世界で最も豊かな国々と最も貧しい国々がISDSから離脱しつつある中、このとりわけ悪質な形の企業腐敗の終焉が近づいているように感じられる。
一刻も早く、その実現を。
(Image: ChrisErbach, CC BY-SA 3.0, modified)
Pluralistic: End of the line for corporate sovereignty (27 Mar 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: March 27, 2024
Translation: heatwave_p2p