以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「The disenshittified internet starts with loyal “user agents”」という記事を翻訳したものである。
多くの人がメタクソ化について、その広がりは大いなる歴史の力がもたらした結果である、とか、あるいは営利目的のオンライン世界の必然的な終着点である、と勘違いしているフシがある。
つまり、メタクソ化を物理的な現象ではなく、イデオロギー的な現象として見ているのだ。企業のリーダーたちは、エンドユーザ、ビジネス顧客、そして自社の従業員から株主へと価値をシフトさせることで、常日頃から自社の製品をメタクソ化したい衝動に駆られている。メタクソ化がほとんど起こらなかったオンラインサービスの数十年は、より良いアイデアや純粋な心を持った企業リーダーがもたらしたのではない。その平穏な年月は、自分たちの幸福と引き換えに自分たちの幸福を取引しようとする凡庸なサイコパスにかけられていた制約の結果であり、その制約によって今日のようには行動できなかっただけだ。
https://pluralistic.net/2024/04/24/naming-names/#prabhakar-raghavan
企業リーダーたちの良きリーダーシップは、モラルによってではなく、恐怖によってもたらされる。不満を持つユーザや従業員を競合他社に奪われる恐怖。規制当局が不正に得た利益を帳消しにするほど厳しい罰則を科す恐怖。代替クライアント、追跡ブロッカー、サードパーティーMOD・プラグインなどのライバル技術が登場し、企業とユーザとの関係を永遠に断ち切ってしまう恐怖。一生懸命に構築してきたサービスのメタクソ化に加担させられるくらいなら、退職してよその企業で働くという、代替不能な従業員を失う恐怖。
https://pluralistic.net/2024/04/22/kargo-kult-kaptialism/#dont-buy-it
こうした制約が、数十年に及ぶ独占に寛容な政策によって溶解してしまったとき(それは規制当局の囲い込みとテック労働者に対する勝利につながった)、凡庸なサイコパスたちは恐れることなくメタクソ化の衝動に従って行動できるようになった。
その影響は我々の周りにあふれている。偉大なマリア・ファレルは、『This Is Your Phone On Feminism』のなかで、自身の講義の受講者がスマートフォンへの愛情と同時に不信感を告白したことを述べている。「私たちは自分たちの携帯電話を愛しているが、信頼してはいない。信頼のない愛とはまさに虐待関係の定義そのものだ」。
このファレルの引用を、最近ファレルと共に素晴らしい論文を共著したロビン・ベルジョンの論文「We Need to Rewild the Internet」で(再)発見した。
https://www.noemamag.com/we-need-to-rewild-the-internet/
ベルジョンの新しい論文「The Fiduciary Duties of User Agents」は、その範囲こそ狭まったものの、それでもインターネットが間違った方向に進む様子と、それを正しい方向に導く方法を具体的に例示している。
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3827421
「Fiduciary Duties」論文では、ベルジョンはウェブブラウザの正式な標準文書で使用される技術用語「ユーザエージェント」に焦点を当てている。この「ユーザエージェント」という概念は、技術者たちがユーザに奉仕する新しいデジタル空間の構築を模索していた、洗練されていた時代の名残である。
「ユーザエージェント」としてのウェブブラウザというアイデアはとても心強い。エージェントの仕事はあなたとあなたの利益に奉仕することなのだから。ウェブページを取得するように指示すれば、エージェントはそのページを取得する方法を見つけ出し、そこに埋め込まれたコードを解釈し、そのページをどのように表示してほしいかを最善の推測に基づいて表現する。
例えば、ウェブユーザの半数以上が広告ブロッカーをインストールし、人類史上最大の消費者ボイコット運動を展開していることを考えれば、ユーザエージェントは、あなたが広告をブロックしたいと判断するかもしれない。
https://doc.searls.com/2023/11/11/how-is-the-worlds-biggest-boycott-doing/
あるいは、あなたのユーザエージェントは、ページの色があなたの可視域外にあると判断するかもしれない。もしあなたが色盲なら、ユーザエージェントはページの作成者が選んだ色域をあなたに適切な色域に変更できる。
https://dankaminsky.com/dankam/
あるいは、あなたが(私のように)低コントラストの文字を読むのが困難か不可能な低視力障害を持っているかもしれない。そしてページの作成者が思慮のない間抜けで、明るいグレーの背景に白の文字を乗せているかもしれないし、純粋な黒の文字よりも黒に近い文字の方が何となく読みやすいという不合理な都市伝説に騙されているのかもしれない。
https://uxplanet.org/basicdesign-never-use-pure-black-in-typography-36138a3327a6
ユーザエージェントはユーザに忠実だ。ページの作成者が考えていなかったこと、さらにはページの作成者が強く反対していようと、ユーザが望めば、ユーザエージェントはユーザに代わって行動し、できる限りユーザの願いを叶えようとする。
さて、ベルジョンが指摘するように、自分が正確に何を望んでいるのかわからないということもありうる。例えば、あなたはTLS(「http」と「https」の違い)のプライバシー保証を望んでいることはわかっているが、内部の暗号化の謎についてはよくわかっていない。あなたのユーザエージェントは、あなたのセッションが安全でないことを示す兆候を検出し、あなたが要求したウェブページを表示しないことを選択するかもしれない。
これは表面的には矛盾しているように見える。そう、ユーザはブラウザにウェブページを要求した。そして、ブラウザはユーザの要求に反してそのページを表示することを拒否した。しかし、ユーザは同時にブラウザにセキュリティ上の欠陥から自分を守るように要求してもいたのだ。そしてブラウザは判断を下し、セキュリティがページの配信に優先すると決定したのだ。決して矛盾はしていない。
しかし、もちろん、のユーザエージェント/ブラウザの設計者は、この種の矛盾が生じるあらゆる可能性を予測することはできない。例えば、あなたは自分のウェブサイトにアクセスしようとしているのかもしれない。そして、ブラウザが検出したセキュリティ上の問題は、サイトの暗号化証明書を更新し忘れたせいだということをあなたはわかっているかもしれない。その時点で、あなたはブラウザに「私の味方をしてくれてありがとう、相棒。でも今回は大丈夫だ。そのウェブページを見せてくれ」と言うことができる。
それもユーザに仕えるユーザエージェントだ。
ユーザエージェントはうまく設計されていることもあれば、拙く作られていることもある。ユーザエージェントがユーザの願いに従って行動するように設計されているという事実は、それが常にそうするだろうということを意味するわけではない。ソフトウェアエージェントは、人間のエージェントと同様に、間違いを犯すこともある。
しかし、これがポイントだ。欠陥によってユーザの願いを拒むユーザエージェントと、他の誰かの利益のためにユーザの願いを阻むように設計されたユーザエージェントとは、本質的に異なるものだ。
「不実な」ユーザエージェントは「不器用な」ユーザエージェントとは全くの別物だ。そしていまや不実なユーザエージェントが当たり前になっている。実際、初期のインターネットの原始的なクライアントが洗練されていくにつれ、ますます裏切り行為のバリエーションを増やしていった。ブラウザ以外のツールでも、多くのものが裏切りのために設計されている。
スマートスピーカーや音声アシスタントは、ユーザのすべての要求をメーカーのサーバに送り、同意なき監視記録を作成する。スマートスピーカーや音声アシスタントは、ユーザが明示的にそれらと対話しているかどうかに関わらず、ユーザの会話を密かに録音し、メーカーの下請け業者に送信する。
アプリやアプリ内ブラウザは、監視やトラッキングに関するユーザの設定を阻止するよう設計されている。アプリは、VPNを使ってメーカーから位置情報を隠そうとしているかどうかを見極め、位置情報を推測して密告する。
モバイル端末は、所有者に永続的な追跡IDを割り当て、許可なくそれを送信する(Apple が最近、これらの ID の送信をオプトイン方式に切り替えたことは評価したい)(ただし Apple は自社の追跡についてはオプトアウトを提供せず、その追跡の存在そのものについて積極的に嘘をついている)。
https://pluralistic.net/2022/11/14/luxury-surveillance/#liar-liar
Chrome を搭載し、ユーザの操作がない状態で静止している Android 端末は、5分ごとに位置情報を Google に送信する。これは Android 端末の監視における「安静時の心拍数」だ。その端末に何らかの作業をするよう求めると、その脈拍は速くなり、ユーザの活動に関する情報がほぼ絶え間なく Google に送信されるようになる。
https://digitalcontentnext.org/blog/2018/08/21/google-data-collection-research/
これら不実なユーザエージェントは、メタクソ化を反映し、それを可能にする。Android と iOS 端末のハードウェアとオペレーティングシステムの囲い込みは、メーカーとそのビジネスパートナーが、ユーザに端末の動作を変更するツールを提供する者を阻止するために行使できる法的な武器庫を構成している。これらの武器は一般に「知的財産権」と呼ばれ、広い意味で、企業の批判者、顧客、競合他社の行動をコントロールする権利群だ。
https://locusmag.com/2020/09/cory-doctorow-ip/
抜け目のないテック企業は、株主よりもユーザの利益を優先させるような修正が違法となるように、つまり著作権、特許、商標、企業機密、契約、利用規約、守秘義務、競業避止義務、最恵国待遇、あるいは回避禁止の権利に違反するように、製品を設計する。製品を適切な知的財産権でくるめば、その不実な裏切りを法的に罰することができるようになる。
これは、ジェイ・フリーマンの記憶に残る言葉を借りれば、「ビジネスモデル侮辱罪」ということになる。ウェブユーザの半数以上が広告ブロッカーをインストールし、メーカーのデフォルト設定を上書きしてブラウザをより忠実なエージェントにしているが、どのアプリユーザも広告ブロッカーでアプリを修正していない。
そのようなブロッカーを作る最初のステップ、つまりアプリをリバースエンジニアリングすることは、デジタルミレニアム著作権法のセクション1201の下で刑事責任を生じさせ、最高刑は5年の懲役と50万ドルの罰金だ。アプリとは、広告ブロッカーを追加することが重罪になるのに十分な知的財産権でくるまれたウェブページに過ぎない(だからこそ、すべての企業は、ウェブサイトではなくアプリを使うようユーザを強制したがるのだ)。
ウェブページの広告の侵襲性を高めることで、ユーザによる広告ブロッカーの大量インストールを引き起こす可能性があることがわかっていれば、広告の侵襲性を高めることは非合理的で自滅的になる。相互運用性の可能性は、テック企業のボスが製品をメタクソ化する衝動に対する制約として機能する。
プラットフォームが裏切り者のユーザエージェントに支配されるようになると(アプリ、モバイルエコシステム、ウォールドガーデン)、その制約は弱まるか、なくなる。システムの働き方を上書きする能力が低下するにつれ、ユーザエージェントをユーザに不利な方向に仕向ける誘惑は大きくなり、メタクソ化が続く。
これは、ウェブの初期からテクノロジストの間で暗黙のうちに理解されてきたことであり、メタクソ化が進行する中でも再確認されてきた。ベルジョンは「The Internet Is For End-Users」(別名 Internet Architecture Board RFC 8890)から幅広く引用している。
標準の中でユーザエージェントの役割を定義することは、美徳のサイクルを生み出す。それにより、複数の実装が可能になり、エンドユーザはそれらの間を比較的低コストで切り替えることができる(…)。これにより、実装者に対して、ユーザのニーズを慎重に検討するインセンティブが生まれ、そのニーズは定義する標準に反映されることになる。結果として生まれるエコシステムには多くの問題が残されるが、際立ったユーザエージェントの役割はそれを改善する機会を提供する。
https://datatracker.ietf.org/doc/html/rfc8890
そしてW3Cの技術アーキテクチャグループは、W3Cのミッションの中心であるはずの「Priority of Constituencies」を明文化した「Web Platform Design Principles」の中で、これらの感情を反響させている。
ユーザのニーズは、ウェブページ作成者のニーズよりも優先され、ユーザエージェントの実装者のニーズよりも優先され、仕様書作成者のニーズよりも優先され、理論的な純粋さよりも優先される。
https://w3ctag.github.io/design-principles
しかし、W3Cの忠実なエージェントへのコミットメントは、W3C自身のメンバーのこれらの原則へのコミットメント次第だ。2017年、W3Cはストリーミング映像と連動する修正をブロックするための標準である「EME」を完成させた。名目上は著作権侵害の防止を目的としているが、EMEはストリーミングサービスが許可する以上のアクセシビリティ・アドオンをユーザが追加することも阻む。つまり、クローズドキャプションや視覚要素の追加ナレーションをサポートしたり、あるいは色覚異常のユーザ向けにビデオを適応させたり、光過敏てんかんのユーザにけいれんを引き起こすストロボ効果を抑制するツールがブロックされたのだ。
EMEをめぐる戦いは、W3Cの歴史の中で最も白熱した闘争であり、W3Cのリーダーシップは、「Priority of Constituencies」を尊重し、メーカーよりもユーザを優先する標準を作るか、それとも、メーカーに代わってユーザの願いを拒絶するように特別に設計された不実なエージェントを目指すかを決断しなければならなかった。
https://www.eff.org/deeplinks/2017/09/open-letter-w3c-director-ceo-team-and-membership
この戦いは、ユーザを代表する小規模な企業、非営利団体、学術機関、その他の忠実なエージェントに基づくウェブを求める人々の幅広い反対意見を押し切って、ごく一握りの非常に大規模で強力な企業の利益にかなうかたちで決着した。これは、W3Cの運営予算が、最大規模の企業メンバーが支払う多額の金に完全に依存するようになったことと時を同じくしている。
W3Cのメンバーシップは、メンバーの規模に基づいて段階的に設定されている。建前上、W3Cはワンメンバー・ワンボートの組織だが、非常に高い価値を持つメンバーの集中した集団が力を振るうと、W3Cのリーダーシップは組織の存続のかかったリスクを認識し、最大のメンバーたるユーザの不利益を甘受し、ユーザエージェントの忠実さを犠牲にすることを選択したようだ。
W3C最大の企業メンバーにとって、この戦いは絶対な価値を持つ戦いだった。W3CのEME標準は、ウェブを書き換え、インターネットを支配する企業カルテルの1社から有料ライセンスを購入しなければ、完全な機能を備えたウェブブラウザを提供できないようにしてしまう。事実上、ビッグテックはW3Cを利用して、将来誰が自分たちと競争するのか、そしてどのように競争するのかを決める権利を手にしたのだ。
https://blog.samuelmaddock.com/posts/the-end-of-indie-web-browsers
メタクソ化は、技術企業を経営する凡庸なサイコパスが、自分たちに逆らう制約から解放されたときに生じる。ウェブとそのブラウザが大きく、満足し、多様で、競争の激しい空間だった頃は、テック企業がW3Cのような標準化団体を掌握し、さらなる支配力の橋頭堡にすべく謀することは難しかった。ウェブがトム・イーストマンの「他の4つのスクリーンショットが貼られた5つの巨大なウェブサイト」になるにつれ、そのような共謀ははるかに容易になった。
https://pluralistic.net/2023/04/18/cursed-are-the-sausagemakers/#how-the-parties-get-to-yes
忠実なエージェントを求める中で、ベルジョンは、ユーザエージェントを「情報の受託者」として機能させることを求める学者、規制当局、活動家のグループと自分自身を関連付けている。情報の受託者は主にユーザのプライバシーの文脈で登場し、ユーザのデータを保持する主体が自分自身の利益よりもユーザの利益を優先させる義務を負うという考え方だ。弁護士のクライアントに対する受託者責任を考えてみよう。弁護士は、たとえそれが自分自身の利益と相反する場合でも、依頼人の最善の利益を反映したアドバイスをする義務がある。例えば、和解がクライアントにとって最善だと考えるのであれば、事件の継続が弁護士自身や法律事務所に利益をもたらすしても、クラアイアンと和解を勧めなければならない。
ユーザエージェントが忠実であるためには、ユーザの受託者でなければならない。それを開発・運営する主体の利益よりも、ユーザの利益を優先しなければならないのだ。ブラウザ、メールクライアント、その他のインターネットソフトウェアがユーザの受託者として機能するなら、追跡を自動的にブロックするような設計になるはずだ(ほとんどのメールクライアント、特にGoogleのような広告や追跡も販売する企業のウェブメールクライアントは、そうなってはいない)。
ベルジョンは、リンジー・バレットの「Confiding in Con Men」を引用して、法的に義務付けられた受託者責任を検討している。
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3354129
EUのGDPRは、堅実に書かれてはいるものの、ほとんど執行されていないプライバシー法である。彼は、その執行の失敗を挽回するために、受託者の義務を説明する。エージェントがユーザの受託者となるよう法的に義務づけられれば、「良きイノベーション」と「悪しきイノベーション」を区別するのにも役立つだろう。ユーザの意思を阻害するようなイノベーションは常に悪なのだ。
さて、ビッグテック企業は、すでに自らを受託者だとみなし、ユーザの要求を阻止するのは、暗号化に失敗したページへのアクセスをブロックするようなものであって、HAL9000の「申し訳ありませんが、デイブ、それはできません」のようなものではないと主張する。例えば、ルイス・バークレーが「Unfollow Everything」を作ったとき、彼(と熱心なユーザ)は、Facebookのすべてのアカウントのフォロー解除プロセスを自動化することで、サービスの利用が大幅に改善されることを発見した。
https://slate.com/technology/2021/10/facebook-unfollow-everything-cease-desist.html
Facebookが血も凍るような法的脅威でこのサービスを叩き潰したとき、彼らはユーザから自分自身を守っているだけだと主張した。確かに、このブラウザの自動化ツールは、Facebookの設定ページのリンクを自動的にクリックするだけで、ユーザが望むことをしているように見えた。だが、ユーザインターフェースが変更されたらどうなるだろう? もしFacebookの許可を得ずに、あまりにも多くのユーザがこの機能をFacebookに追加したら、Facebookの(おそらく小さく脆弱な)サーバに負荷がかかりすぎてシステムがクラッシュしてしまうのではないか?
最近、イーサン・ザッカーマンとナイト修正第一条研究所が、「Unfollow Everything 2.0」は適法であり、「ビジネスモデル侮辱罪」に違反しないことを明確にするための訴訟を起こしたことで、この議論が再燃した。
https://pluralistic.net/2024/05/02/kaiju-v-kaiju/
確かに、ザッカーマンは善人そうに見える。だが、もし彼がミスを犯して、自動化ツールがあなたの望まないことをしたらどうなるだろう? あなたもFacebookユーザで善人なのだろうが、同時にナイーブな間抜けでもあり、自分で決定を下すことはできない。では、そのような決定は、その権限を賢明に行使してくれると信頼できるFacebookだけが下せるのだろうか?
これと同様の議論が、EUがデジタル市場法(DMA)を通じてエンドツーエンド暗号化(E2EE)メッセージングの相互運用性の義務づけを決定した際の議論でも浮上した。メッセージアプリ間の相互運用性が実現すれば、例えばWhatsappからSignalに乗り換えても、Whatsappの連絡先にメッセージを送ることができるようになる。
この計画が、恐ろしくひどい結果を招くおそれがある、という主張は十分に説得力がある。もしこれが性急に進められ、プライバシーを嫌悪するEUの国家安全保障機関によって内部から浸食されるようなことがあれば、数十億もの人々が深刻なリスクにさらされるだろう。
しかし、それはDMA反対派が主張したのはそれだけではない。彼らはまた、相互運用可能なメッセージングが完璧に機能し、セキュリティ上の問題がまったくなかったとしても、それでもユーザにとって悪いことだと主張した。なぜなら、これによってMeta、Google、Appleなどのビッグテック企業がメッセージのトラフィック(内容ではなく)を監視し、組織的なハラスメントキャンペーンを特定できなくなってしまう。そう、これは文字通り、NSAが「メタデータ」の大量監視プログラムを支持したのと全く同じ議論だ。「あなたのメッセージを読むことはプライバシーの侵害かもしれないが、あなたのメッセージを監視することはプライバシーの侵害にはあたらない」と。
こんなものは戯言に過ぎない。したがって、このような理屈を支持するには、それと同じくらい露骨に不誠実な方法で擁護しなければならない。ユーザの意思に反した監視によってユーザを「保護」するという主張の不合理性を指摘されると、彼らはただ首を横に振って、「あなたには何億人、何十億人ものユーザを抱えるサービスを運営する重荷を理解できませんよ。この問題を説明しようものなら、私は法的にも倫理的にも守秘義務を負う秘密を明かすことになるんです。たとえそれを話せたとして、到底理解できないでしょう。ビッグテック企業で働いていない人は(私たちのユーザと同じように)、世界の仕組みを理解できない、ナイーブな間抜けなのです」と言う。
偶然ではないが、これもまた文字通り、NSAが大規模監視を正当化するために用いるのと同じ論理であり、それには非常に便利な名前がついている。スケールスプレイニング(scalesplaining|訳注:規模の言い訳。サービス提供者側の都合を「規模」の問題に矮小化して一方的に説明すること)だ。
さて、我々一人ひとりが判断を誤り、自分自身や自分と関わる人々を危険にさらす可能性があるのは全くその通りだ(私の両親は、偽科学的な遺伝子監視企業の23andmeに自分たちのゲノムを提供したが、それは彼らが私のゲノムを持っているということも意味する)。真の情報の受託者は、ユーザが求めるものをすべて自動的に提供すべきではない。エージェントがユーザが自らを危険にさらそうとしていると判断したなら、一度それを制止して、ユーザにリスクを説明すべきだ。
しかし、その説明を聞いたうえでユーザがエージェントの判断を上書きしたいなら、そうできるシステムであるべきなのだ。
これは情報セキュリティの分野でしばしば議論される問題だ。ユーザは「ソーシャルエンジニアリング」(だまされること)の標的であり、洗練されたユーザでさえこれに弱い。
https://pluralistic.net/2024/02/05/cyber-dunning-kruger/#swiss-cheese-security
ユーザがだまされて行動しないようにできる唯一確実な方法は、どんな状況であれ、その行動を禁止してしまうことだ。ユーザが「本当によろしいですか?」というブレーカーをオンに戻す手段が一つでもあるなら、ユーザはその手段を使うようだまされるかもしれない。
これは紛れもない事実だ。この文章を読んでいる間にも、世界中で、だまされやすい人たちが、銀行窓口係になりすました詐欺師たちに、人生の貯蓄を送金・手渡しするための、特殊かつ具体的な一連の指示を明かすようだまされている。
https://www.thecut.com/article/amazon-scam-call-ftc-arrest-warrants.html
銀行は顧客の大口送金を難しくし続けているが、そのような送金が可能である限り、詐欺師はそのプロセスがどのように機能するかを把握する手段、動機、機会を持ち、被害者をだましてそのプロセスをのっとり続けるだろう。
だが詐欺対策が過ぎれば、銀行預金者が騙されて詐欺師に送金することは難しくなるかもしれないが、今度は詐欺にあっていない人たちが緊急時に大金を引き出せなくなる世界になってしまう。一方、詐欺師たちはその対策を正確に熟知している。結局のところ、普通の人は緊急事態などめったになく、大金を引き出す際にどのような詐欺対策が行われ、どのようにクリアすればいいかなど、ほとんど知らない。だが、詐欺師たちは1日に何度もそれを繰り返すのだ。もはや銀行員よりも詳しく知っているだろう。
これは、ユーザを大規模にコントロールすることを目的としたシステム全般に広く当てはまる。一定のポイントを超えると、追加のセキュリティ対策は、悪意のある者には簡単に乗り越えられるハードルではあるが、被害者にはほぼ乗り越えられないハードルとなる。
https://pluralistic.net/2022/08/07/como-is-infosec/
企業経営者に都合の良いようにユーザの決定を覆す技術的「囲い込み[ウォールド・ガーデン]」については、我々には数十年分の経験がある。ここには、ユーザ自身のコンピュータにアクセスし、ユーザの意に反する判断を強要することも含まれる。その歴史には議論の余地はない。企業はしばしば、悪党を外に締め出すために城壁が必要なのだと言いながら、同時にその城壁によってユーザを中に閉じ込め、システムを所有するテック企業の格好の餌食にするのだ。
https://pluralistic.net/2023/02/05/battery-vampire/#drained
これは、メタクソ化の制約理論によって的確に予測される。企業がユーザの選択を覆すことができるなら、自社の利益のために、そしてユーザの不利益のために、その選択を覆すように誘惑されるのだ。
システムの動作方法をユーザが上書きできるという可能性があるだけで、その事実は企業経営者に規律を与える力として機能する。たとえそれが株主の利益に反するものであっても、ユーザの優先事項を考慮するよう強いるのだ。もしFacebookが、「Unfollow Everything」スクリプトにサーバをダウンさせられると本気で心配していたなら、独自に設計した低負荷なUnfollow Everythingボタンを提供すればすぐに解決できたはずだ。だが、Facebookが「Unfollow Everything」ツールの作成者を訴えることができるなら、そのようなボタンをユーザに提供する道理はない。そうしてしまえば、ユーザにFacebookの体験をもっとコントロールさせてしまうことになり、Facebookを効率的に使うためのコントロールを与えてしまうからだ。
セス・ショーンと私が、マイクロソフトの最初の「トラステッド・コンピューティング」システムのデモを見てから20年以上が経った。そのシステムは「リモートアテステーション」を備え、リモートサーバがユーザの使用するコンピュータの種類や、そのコンピュータ上で実行されているソフトウェアについて正確な情報を要求し、受信することができる。
これはユーザにとって有益かもしれない。信頼できるサードパーティに「リモートアテステーション」を送って、「私のコンピュータは悪意のあるソフトウェアに感染していますか?」と尋ねることもできる。トラステッド・コンピューティング・システムは、ユーザが直接操作できない封印された別のプロセッサを使ってコンピュータのレポートを作成するため、感染しているかもしれない悪意のあるコードはこのアテステーションを偽造できない。
しかし、このリモートアテステーション機能はまた、MicrosoftがLibreoffice、Apple Pages、Google DocsでWordドキュメントを開くことをブロックしたり、ウェブサイトが広告ブロッカーを実行している場合にページの送信を拒否することにも使える。言い換えれば、ユーザの情報の受託者を、不実なエージェントに変えることができるのだ。
セスはこれに対する答えを提案した。「オーナー・オーバーライド」、つまりユーザのために嘘をつくようコンピュータに強制できるハードウェアスイッチである。例えば、Apple Pagesを使用しているときに、Microsoft Wordを使用していると主張するなど、ユーザを利するためのスイッチだ。
https://web.archive.org/web/20021004125515/http://vitanuova.loyalty.org/2002-07-05.html
セスはナイーブではない。彼はそのようなシステムが詐欺師に悪用され、ユーザに危害を加える可能性があることは知っていた。だがセスは、自分を閉じ込めているウォールド・ガーデンから抜け出す鍵を持つリスクは、企業の経営者が出入りを決められるウォールドガーデンに閉じ込められるリスクよりも小さいと(正しく!)計算したのだ。
テック企業経営者たちは、ユーザエージェントを受託者から裏切り者に変える方法を探し続けた。昨年、Googleはウェブブラウザにリモートアテステーションを追加するというアイデアを検討した。これにより、サービス側は広告ブロッカーを使用していると思われる場合、そのユーザとのやり取りを拒否できるようになる。
https://pluralistic.net/2023/08/02/self-incrimination/#wei-bai-bai
その理由は驚くべきものだった。ブラウザにリモートアテステーションを追加することで、アプリと「機能等価性」をもたせられるというのだ。つまり、ユーザを裏切り続けているアプリと同じように、ブラウザがユーザを裏切ることもできるようになる、ということだ(これは、W3CがEMEを作成した際のブラウザ内の不実なユーザエージェントを正当化した理由と同じだ。「ストリーミングサービスは、ブラウザがアプリと同じくらいメタクソ化可能性があり権威主義的でないのなら、ブラウザでの映画の視聴を許可しない」)。
巨大テック企業で働く技術者たちは、ユーザのコンピュータの動作方法を決めるのはユーザではなく、自社の経営者であるべきだという理由を際限なくスケールスプレイニングできる。それは間違いだ。ユーザのコンピュータは、ユーザが指示した通りに動作しなければならない。
https://www.eff.org/deeplinks/2023/08/your-computer-should-say-what-you-tell-it-say-1
こうした技術者たちは、自分がユーザの力を奪ってボスに渡すのは、ユーザの最善の利益のためだと自分に言い聞かせることができる。アプトン・シンクレアが我々に教えてくれたように、それを理解しないことで給料をもらっているのなら、人にそれを理解させることは不可能だ。
テック企業のボスにユーザを厚遇させる唯一の方法は、彼らがユーザの選択を上書きするようなら、即座に離脱できるようにすることだ。それ以下では、メタクソ化への片道切符にしかならない。
(image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)
Pluralistic: The disenshittified internet starts with loyal “user agents” (07 May 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: May 7, 2024
Translation: heatwave_p2p