以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「A sexy, skinny defeat device for your HP ink cartridge」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

動物が繰り返しカニへと進化する現象がある。「カニ化[carcinisation]」と呼ばれるこの不思議な現象は、カニという生物が現在の環境に極めて適応していることを示している。

https://www.scientificamerican.com/article/why-do-animals-keep-evolving-into-crabs

同じように、様々な企業がプリンタ企業のような存在へと進化を遂げている。規制が緩く、メタクソ化が横行するこの世界では、インクジェットプリンタの寄生的ビジネスモデルは極めて適応性が高いのだ。プリンタ化[printerinisation ]の波は、あらゆる業界に押し寄せている。

自動車に関して嫌悪感を抱くあらゆる要素――自社整備士の利用強制、ユーザの監視、計画的陳腐化――これらはすべて、インクジェットプリンタのビジネスモデルからの借用されたものだ。

https://pluralistic.net/2023/07/24/rent-to-pwn/#kitt-is-a-demon

10ドルの汎用フィルターではなく、50ドルの専用チャコールフィルターを買わないと製氷も給水もしないGEの冷蔵庫? これぞプリンタイズムの現れだ。

https://pluralistic.net/2020/06/12/digital-feudalism/#filtergate

Sonosスピーカーの更新プログラムが、機能を半減し、保存済み音楽を再生できなくして、ストリーミング音楽のサブスク契約を強制してきた? まさにHPの戦略そのものだ。

https://www.wired.com/story/sonos-admits-its-recent-app-update-was-a-colossal-mistake

だが、これらのガジェットがどれほどプリンタ化されようとも、元祖インクジェットの悪党どもが日々繰り広げる高度なメタクソ化には到底及ばない。最も自然かつ本物の卑劣さを競う世界選手権で、HPの反社会的モンスターたちに勝てる者など到底いない。

例えば、HPが「サブスクリプションインク」(毎月一定ページ数分の印刷を前払いし、プリンタがユーザを監視してHPに密告する仕組み)という新時代に我々を飼い慣らそうとした際、「生涯サブスクリプション」プランなるものを提供した。一度払えば、プリンタを持っている限り毎月15ページ印刷でき、インクが少なくなればHPが新しいものを送ってくれるという。

ところがHPは、同社が貸し出すプリンタの家賃レントに満足できなかったようで、このプランを突然打ち切った。確かに「生涯」プランではあったが、その「生涯」とはHPがユーザを搾取せずにいられる忍耐力の寿命のことで、それがカゲロウ並みに短かったというわけだ。

https://pluralistic.net/2020/11/06/horrible-products/#inkwars

HPの罪状は、列挙するだけでも数ページにも及ぶ。半分しかインクの入っていないカートリッジを搭載したプリンタを売り出し、交換用フルセットの値段がプリンタ本体より高いなんて朝飯前。イエローインクがなくなったらモノクロ印刷すらさせない。どれか一色でもインクがなくなれば、スキャンやファックス送信までブロックする。

「再調整」や「ヘッドクリーニング」と称して、インクを大量消費するページを印刷させる。「期限切れ」を理由に、まだ使えるインクカートリッジを強制的に使用不可にする。

HPはインクの価格を「1ガロン1万ドル超」という法外な値段にまで引き上げ、その後、サードパーティのインクカートリッジメーカーや再生業者、詰め替え業者との全面戦争を開始した。カートリッジに「セキュリティチップ」を追加し、インク残量を監視させ、ある一定のレベルを下回ると(実際には十分残っているのに)カートリッジが空になったと宣言し、永久に使用不可能にした。

たとえそのカートリッジにインクを詰め替えても、プリンタには「私は空っぽです」と報告し続け、結果として印刷を拒否する。

サードパーティのインク会社にも対抗手段はある。例えば、セキュリティチップをリバースエンジニアリングし、「私はまだまだ満タンです」と騙す互換チップを作ることだ。しかし、ここで問題となるのがデジタルミレニアム著作権法(DMCA)の第1201条だった。この法律のせいで、初犯でも5年の懲役と50万ドルの罰金という重罪に問われかねない。

DMCA 1201条は、著作物に対する「効果的なアクセス制御手段」の回避を禁じている。つまり、HPが著作権で保護された「私は空っぽです」プログラムをセキュリティチップに仕込み、そのプログラムの解析やリバースエンジニアリングを防ぐ仕掛けを施せば、DMCAの力を借りてこのビジネスモデルには向かう連中を犯罪者に仕立て上げられるというわけだ。

もう一つの対抗策は、電子廃棄物として海外に送られた使用済みカートリッジからセキュリティチップを回収することだ。HPの「1ガロン1万ドル」商法は、我々に負担を強いるだけでなく、発展途上国の人々を毒し続ける不滅の電子廃棄物の山を築いている。これらのチップは新しいカートリッジや再生カートリッジに組み込むことができる。

実際のところ、インク会社はいずれの対抗策も講じていて、一般的なHPプリンタユーザでさえ、サードパーティ製インクカートリッジを見つけ出し、使用方法を理解するための努力を惜しまない。テクノロジーいじりを不安に感じたり、混乱したり、退屈だと思う人でさえ、色水に1ガロン1万ドルを払うくらいなら、難解なテクノロジーを学び、実践しようと動機づけられているのだ。

HPにもこれに対抗する手段がある。特に悪質なのは、電子廃棄物から回収された本物のHPセキュリティチップを搭載したサードパーティ製インクカートリッジを、税関国境警備局(CBP)に輸入阻止させることだ。HPはこれらを「偽造品」だと主張し、CBPはHPの言い分を鵜呑みにして出荷物を押収している。

さらに卑劣なのは、HPがプリンタに「偽のセキュリティアップデート」を仕掛けることだ。緊急のセキュリティアップデートがあるとメッセージが表示され、OKをクリックすると、ダウンロードやインストールの進行状況バーが表示され、再起動する。ユーザから見れば何も変わっていないように見えるが、これは「セキュリティ」アップデートではなく、サードパーティ製インクをブロックするための更新で、数か月後に発動するよう設計されている。これにより、このダウングレードに騙されたHPユーザが大騒ぎをして他の人々に警告する前に、多くの人がインストールを済ませてしまい、手遅れになるというわけだ。

https://www.eff.org/deeplinks/2020/11/ink-stained-wretches-battle-soul-digital-freedom-taking-place-inside-your-printer

これはまさに感染性のビジネスモデルだ。コロナウイルスが急速に広まったのは、症状を発症する前に感染力を持っていたためでもあった。つまり、感染者の自覚がない常体で、ウイルスは自ら拡散できたのだ。HPは、このロジックボムに長い導火線をつけることで、マルウェアの拡散を大幅に加速させているわけだ。

しかし、生命は常に道を見つける。1ガロン1万ドルのインクは、いじり屋、セキュリティ研究者、競合他社にとって抗しがたい敵となる。必要は発明の母かもしれないが、驚くべき独創性の真の親は、冷酷で悪意に満ちた強欲さなのだ。だからこそ、米国の膨大な数の受刑者たちは、今日見られる最も美しく刺激的なイノベーションの源泉となっているのだ。

https://pluralistic.net/2021/06/09/king-rat/#mother-of-invention

厳しい法的制裁とHPの膨大なリソースにもかかわらず、サードパーティ製インクは繁栄を続けている。HPが一つの手法をブロックする方法を見つけるたびに、その裏をかく三つの巧妙な手法が生み出されているのだ。

先週、ジェイ・サメットがHP 61XLと互換性のあるサードパーティ製インクカートリッジの分解動画を公開した。

https://www.youtube.com/watch?v=h0ya184uaTE

このサードパーティ製カートリッジには、一見すると本物のHPセキュリティチップが搭載されているように見える。しかし、その上に紙のように薄く、柔軟で粘着性のある回路基板が重ねられている。この基板は十分に薄く、カートリッジはHPプリンタに問題なく適合する。

この柔軟な回路基板には小さなマイクロチップが搭載されている。サメットの推測によると、これは「あなたは本物のHPカートリッジですか?」という問いかけをセキュリティチップにパスさせるが、その後の「あなたは空ですか、それとも満タンですか?」というメッセージをブロックするよう設計されているという。プリンタがこの質問を発すると、「マン・イン・ザ・ミドル」チップが「もちろん、私は満タンですよ」と答えるわけだ。

Hackadayの記事では、このチップを「QFNパッケージの単一IC」と特定している。これは実に巧妙で見事な設計だ。

https://hackaday.com/2024/09/28/man-in-the-middle-pcb-unlocks-hp-ink-cartridges/

Hackadayはまた、HPのCEOであるエンリケ・J・ロレスが最近、サードパーティ製インクを使用していることが発覚したプリンタを使用不能にすると脅したことも指摘している。

https://arstechnica.com/gadgets/2024/01/hp-ceo-blocking-third-party-ink-from-printers-fights-viruses

ウィリアム・ギブソンの有名な言葉がある。「未来はすでにここにある。ただ均等に行きわたっていないだけだ」。メタクソ化が横行する我々の環境において、ますます多くの企業がプリンタ化を通じてレントシーキング企業へと進化するにつれ、HPは後期メタクソ紀の恐怖の一端を我々に垣間見せてくれる。

まさにオーウェルの予言どおりだ。「未来の姿を思い描きたければ、HPがプリンタにマルウェアをインストールし、1ガロン1万ドルのインクを使わせ続ける光景を想像せよ――永遠に」。

(Image: Jay Summet)

Pluralistic: A sexy, skinny defeat device for your HP ink cartridge (30 Sep 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: September 30, 2024
Translation: heatwave_p2p Material of Header Image: Kskhh (CC BY-SA 4.0) /