以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Keir Starmer appoints Jeff Bezos as his “first buddy”」という記事を翻訳したものである。
説明責任のない、私利私欲にまみれたテック企業のビリオネアを「ファーストバディ」として迎え、事実上の規制権限を委ねているのはドナルド・トランプだけではない。英国首相のキア・スターマーは、英国経済のかじ取りをジェフ・ベゾスにゆだねた。
文字通りではないにせよ、事態はそのように進展している。(Amazonのような)テック企業の独占を調査・制裁する英国の規制当局、競争・市場庁(CMA)のトップに、かつてAmazon UKを率いていたダグ・ガーが就任することになった。
表面的にも十分に憂慮すべき事態だが、実際はさらに深刻である。退任するCMAのトップ、マーカス・ボッケリンクは目覚ましい功績を残した。彼は世界のどの競争規制当局も及ばないほどの充実したデジタル市場ユニット(DMU)を率いていた。DMUは調査権限を駆使してAmazonのような複雑な独占企業の内実を徹底的に解明し、昨年にはついに、テック企業の独占に歯止めをかけるための独自の規制権限まで手に入れた。
この人事の代償はこれだけにとどまらない。CMAとDMUは、グローバルなビッグテック規制の源流でもあった。CMAによる詳細な調査報告は、EUの規制や執行措置の基盤となり、その波及効果は韓国や日本など、他国の政策にまで及んでいた。
https://pluralistic.net/2024/04/10/an-injury-to-one/#is-an-injury-to-all
つまり、CMAはテック企業の反トラスト法執行において、グローバルな指針を打ち出す羅針盤だったのだ。米国のビッグテックに対する調査や法的措置を講じるリソースに乏しい発展途上国や小国は、CMAの成果をコピペすることで、これらの巨人に対する規制の道筋を見出してきた。CMAは(少なくともこれまでは)、世界各国の規制当局をロンドンのカナリーワーフに招き、独占企業に対抗するグローバル戦略を練る会議を開催してきた。
この偉業を成し遂げた人物をクビにし、代わりにAmazonの英国トップを据えるというのは、スターマー、その腹心であるジョナサン・レイノルズ商務大臣、レイチェル・リーブス財務大臣による、あからさまな規制の骨抜きにほかならない。
さらに悪いことに、Amazonはただの独占テック企業ではない。電子商取引帝国を中心とし、そこから無数の触手を伸ばすクラーケンだ。各国の反トラスト規制当局は、Amazonが小売市場での独占的地位をテコに、経済全体を支配下に置き、価格を吊り上げ、中小企業を破壊的に駆逐してきた実態を暴いてきた。
Amazonの市場支配力を理解するには、まず「モノプソニー[monopsony]」を理解しなければならない。売り手が支配する独占(モノポリー)とは異なり、モノプソニーは買い手が支配する独占市場である。Amazonは、モノポリストであると同時に、モノプソニストでもある。モノプソニーはモノポリーよりもはるかに危険だ。なぜか。その確立と維持が容易だからだ。ある小売業者が企業の売上の30%を占めているとしよう。一夜にしてその30%を失えば、世界のどの企業も生き残れない。つまり、30%の市場シェアは、実質的に100%の支配力を持つことと等しい。発注の規模が取引先の生命線を握るほどになれば、その企業に対する支配力は絶対的なものとなる。
Amazonはこの仕組みを「フライホイール」と呼び、誇らしげに語る。Amazon Primeで1年分の配送料を前払いさせることで顧客を囲い込む。多くの世帯にアクセスできなくなることを恐れた企業は、Amazonの絶大な力の前に屈服する。Amazonはこの力を振りかざし、自社に依存する企業に値引きを強要し、様々な名目で手数料を課す。これにより販売価格を下げ、さらなる顧客を引き寄せ、さらに多くの企業をAmazonとの取引へと、そして依存へと追い込んでいく。
https://vimeo.com/739486256/00a0a7379a
ここまでがAmazonの公式見解だが、現実はもっと汚い。単なる値引き要求にとどまらず、企業の存続すら危うくする法外な値引きすら強要してきた。象徴的な例が、小規模出版社を標的とした「Gazelleプロジェクト」だ。ジェフ・ベゾスは交渉担当者に、「チーターが病弱なガゼルを追い詰めるように」出版社を追い込むよう指示した。
https://archive.nytimes.com/bits.blogs.nytimes.com/2013/10/22/a-new-book-portrays-amazon-as-bully
その狙いは、Kindleが臨界質量に達するのに必要な、大量の安価な書籍を確保することにあった。その代償として、出版社が倒産に追い込まれても一向に構わない。彼らはAmazonにとって使い捨ての推進ロケットに過ぎなかった。
さらに悪質なのは、際限のない手数料の上乗せだ。Amazonは顧客から1ポンドを稼ぐたびに、45-51ペンスもの手数料を徴収している。
https://pluralistic.net/2023/11/29/aethelred-the-unready/#not-one-penny-for-tribute
一夜にして30%の売上を失えば企業が立ち行かなくなるように、粗利益の45-51%を小売業者に支払うビジネスモデルも成り立ちようがない。Amazonで生き残るには、企業は価格を――それも大幅に――引き上げざるを得ない。ところが、「最恵国待遇」と呼ばれるAmazonの反競争的な取り決めにより、企業は他のどの販路(自社店舗を含む)でも、Amazonと同じ価格で販売することを強いられる。つまり、Amazonに身代金を支払うために価格を引き上げれば、すべての販売チャネルで価格が上昇する。Amazonは価格を下げる力ではなく、テスコのような小売大手からから街角の商店に至るまで、あらゆる場所で価格を引き上げる原動力となっているのだ。
https://pluralistic.net/2023/04/25/greedflation/#commissar-bezos
この仕組みから莫大な富を生み出しているAmazonは、もはや自社商品の配送料すら払う必要がない。「フルフィルメント by Amazon」の名の下に商人から巻き上げる法外な手数料が、Amazonの取り扱うすべての商品の配送コストを賄っているのだ。
https://cdn.ilsr.org/wp-content/uploads/2023/03/AmazonMonopolyTollbooth-2023.pdf
Amazonは確かに自社の出品者と競合している。しかし、その競争は著しく不公正だ。出品者が45-51%もの手数料に苦しむ一方で、Amazonはその負担から完全に免れている。それどころか、競合相手である出品者に自社の配送コストまで全額肩代わりさせている。さらに狡猾なことに、Amazonは本社をタックスヘイブンで犯罪の温床のルクセンブルクに置くことで、英国企業がHMRC(英国歳入税関庁)に納める税金のほんのわずかしか支払っていない。(ジェフ・ベゾスのモノプソニーに支払う45-51%の税金はカウントされない)。
しかし、競争を歪めるAmazonの手口はこれだけではない。Amazonは買い手と売り手の仲介者としての立場を利用して、自社「パートナー」が販売する最も成功した商品を特定する。それらを模倣し、オリジナルの発明者のコストを下回る価格で販売する。それが可能なのも、配送料ゼロ、実質的な無税、自社への手数料が免除されているおかげだ。そして、元の企業を市場から追い出していく。「Gazelleプロジェクト」を主導した張本人のベゾスですら、この手法があまりにも露骨だと感じていたようで、米国議会での宣誓証言では偽証した。
https://www.bbc.com/news/business-58961836
その上、Amazonは検索ページで自社の模倣商品をオリジナル商品の上位に表示する。検索ページの表示位置で380億ドルもの収益を上げるAmazonにとって、上位表示は検索クエリに最適な商品ではなく、最も金を支払った商品のためにある。検索結果のトップは平均して最適な商品より29%も高価であり、最上段の商品群は平均25%高い。本当にユーザに最適な商品は、平均して17位まで埋もれている。
https://pluralistic.net/2023/11/03/subprime-attention-rent-crisis/#euthanize-rentiers
こうしてAmazonは、支配下にある経済圏の事実上の規制者として君臨する。何を売るか、いくらで売るか。検索でどの商品を表示し、どの企業を生かし、どの企業を殺すか。そのすべてを決定する権限を持つ。Amazonに支配された経済はもはや市場経済とは呼べない。それはベゾス党書記長が、Amazonの株主の利益のために運営する計画経済だ。
確かに、ビジネスの規制者は必要だ。有害商品を売りさばき、詐欺まがいの商売を続ける企業に、市場での居場所を与えてはならない。だからこそ英国には規制当局が存在する。それが競争・市場庁であり、そしてその機関は、ジェフ・ベゾスが選んだAmazon UKのトップが率いることになった。つまりAmazonは、表と裏の両面で英国経済の中央計画者となったのだ。価格を吊り上げ、品質を落とし、英国企業を破壊する自由を手に入れたわけだ。その一方で、莫大な利益をルクセンブルクという租税回避地に隠し、英国財務省から税収を奪い続けている。
キア・スターマーがジェフ・ベゾスに与えた「ファーストバディ」の役割は、トランプがイーロン・マスクに与えたそれをよりも、あらゆる面で寛大だ。
スターマー政権は「成長」を掲げるが、Amazonは成長の原動力どころか、搾取の原動力だった。労働者への低賃金、悪質な脱税、そして地域の経済・雇用・税収を徹底的に破壊してきた実績は世界的に知られている。Amazonの自己神話化とは裏腹に、Amazonは価格を下げるどころか、経済全体で価格を押し上げている。品質の向上など期待すべくもない。そのアルゴリズムによる推薦システムは、「エナジードリンク」として売られていた商品が、実は自社配送ドライバーがボトルに詰めた小便だと気付くこともなく、それがプラットフォーム上で最も売れる商品になるまで宣伝し続けた。
https://pluralistic.net/2023/10/20/release-energy/#the-bitterest-lemon
英国、EU、日本、韓国が米国企業に対する反トラスト法の執行で足並みを揃えられた背景には理由がある。いずれも、マーシャルプランの時代に米国のテクノクラートによって競争法を書き換えられ、米国の法律をモデルにした国々だ。米国の競争法の基礎である1890年のシャーマン法の著者、ジョン・シャーマン上院議員は次のように宣言した。
「我々が政治的権力としての王を受け入れぬのであれば、生活必需品の生産、輸送、販売における王を受け入れてはならない。我々が皇帝に屈服しないのであれば、競争を妨げ、商品価格を固定する力を持つ商業の独裁者にも屈服してはならない。」
https://pluralistic.net/2022/02/20/we-should-not-endure-a-king/
ジェフ・ベゾスは、135年前にジョン・シャーマンが警告した商業の独裁者そのものだ。そして、キア・スターマーは進んで玉座を明け渡したのである。
(Image: UK Parliament/Maria Unger, CC BY 3.0: Steve Jurvetson, CC BY 2.0; modified)
Pluralistic: Keir Starmer appoints Jeff Bezos as his “first buddy” (22 Jan 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: January 22, 2025
Translation: heatwave_p2p