現在、知的財産戦略本部の「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」では、今後取りうる海賊版対策について議論を進めている。しかし、これまでの経緯を含めるといささかアリバイ作りの議論に過ぎないようにも感じている。

というのも、政府は4月13日に知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議で国内ISPへのサイトブロッキングの事実上の要請を決定した際、「あくまで法整備が行われるまでの臨時的・緊急的な措置であり、民間による自主的な取り組みとして実施する」と整理し、海賊版サイトブロッキングに関する法案を秋の臨時国会に提出する考えを示していた。

要するに、政府としてはこの検討会議にブロッキングを是認してもらいたいのである。ましてや「著作権侵害を理由としたサイトブロッキングは憲法違反なので認められない」などという結論に至られては困ったことになる。「緊急避難」を口実に無理を通したにもかかわらず、「法整備までの緊急措置」すら事後的にも追認してもらえないのであれば、「はしごを外される」ことになりかねない。だから何としても「サイトブロッキングは現行憲法において認められる(し、実施するための法整備が必要だ)」という結論に至ってほしい、というのが政府のお気持ちなのだろう。

もちろん、検討会議に参加する委員全員が政府の意図を汲んで、その方向に議論をもっていこうとしているわけではない。心強いことに複数の委員が「ブロッキングありきの議論は行わない」と明言しているし、川上量生カドカワ社長にしても政府の意向に沿ってブロッキングの実施を主張しているわけでもないだろう。実際、議論においても賛否は分かれている。

ネット利用は監視のほうに進むのか、自由なほうに進むのか

8月24日に開かれた第5回会合では、興味深い一幕があったようだ。

総務省消費者行政第二課長が「議論の本質論としては、今後のネット社会のあり方として、監視のほうへすすむのか、自由なほうへすすむのか、どちらを目指すのかということだ」と発言したのだという。

弁護士ドットコムNewsでは、その発言の全文を掲載している(強調は筆者による)。

私どもとしては、『通信の秘密』についての法律論、解釈論が大事だと思っています。この議論はぜひ深めていただきたいと思っています。それに加えて、『通信の秘密』の本質といいますか、あるべき論についても議論いただきたいと思っています。

といいますのも、インターネットのアクセス処理は機械でおこなわれています。プロバイダがやろうと思えば、ユーザーのアクセスログを大量に保存・分析・悪用することができてしまう。おそらく、ユーザーの肌感覚としても感じています。にもかかわらず、ユーザーがネットを自由に使っているのはなぜかというと、プロバイダに対する信頼であります。

プロバイダが悪用することない、という信頼は『通信の秘密』の規定が支えています。『通信の秘密』は、ユーザーの表現活動や情報収集活動の自由、創作活動の自由を守る役割をプロバイダに担わせています。それを担保しているのが、『通信の秘密』です。

一方で、ブロッキングは、ユーザーの意思に反してアクセス先をチェックして遮断するということですので、プロバイダの役割が、ユーザーを守るものから、ユーザを監視するものに変わるということです。議論の本質論としては、今後のネット社会のあり方として、ネットの利用の監視のほうへすすむのか、自由なほうへすすむのか、どちらを目指すのかということです。

この議論がクリアになってはじめて、どういうブロッキングがあるのか、技術的にどういう方向がいいのか、といった議論があると思います。その前提として、今申し上げた点についてもぜひこの場で議論を深めてほしいと思います

極めて的を射た指摘である。サイトブロッキングは、ISPがすべてのユーザのアクセス先を「遮断するために監視」することにほかならない。つまり、我々のインターネットの利用はISPによる(第三者の利益のための)常時監視を前提とするということになる。その前提に立って我々の社会制度を構築するという方向に進んでよいのか、という問いだ。

すでに児童ポルノを対象としたサイトブロッキングが行われているではないか、と思われるかもしれない。しかし、児童ポルノブロッキングは、幅広いステークホルダーが複数年に渡って議論を尽くし、憲法・法律上の諸問題を整理し、その解釈について合意を積み重ねた上で、民間事業者による自主的な実施ということに落ち着いた。つまり、児童ポルノブロッキングを「適法にした」わけではなく、「適法であると考えられる」として実施に踏み切ったのだ。いかに議論を尽くしたとはいえ、司法が児童ポルノブロッキングの前提となる解釈を認めず、通信の秘密の侵害に当たると判断する可能性も残されている。

政府がブロッキングの実施に向けた法整備のために検討会議を設置したことを考えれば、この議論は「ブロッキング(国民全体の通信の常時監視)を認めてよいのか」という問いに結論を出すことになる。

一度、著作権侵害を理由としたブロッキングを認めてしまえば、著作権者にだけに特権的な保護を与えるというわけにはいかず、当然それ以外の権利にも適用されるべきだということになる。名誉毀損やプライバシー侵害、さらには違法情報・有害情報全般に拡大していくのは間違いない。

実際、韓国では情報通信網法において、著作権以外にもさまざまな情報がブロッキングの対象とされているようだ。第三回の検討会議に参考人として出席した獨協大学准教授の張睿暎氏がその概要を説明している。わいせつ物や名誉毀損、ギャンブル、北朝鮮関連、不倫助長などのサイトへのURLブロッキングが実施されており、接続遮断は2018年上半期だけでも約10万件にのぼるという(著作権侵害は5,579件)。

また、すでに著作権ブロッキングを実施している英国では、デジタル・エコノミー法の一環として、ポルノサイトに厳格な年齢認証システム(AgeID)の導入を課すことになっており、要件を満たさないサイトはISPによりブロッキングされることになっている。

通信の監視・遮断を法的に是認するということは、著作権侵害に限らず、あらゆるケースに適用されうる「汎用」のツールにするということである。結局のところ、著作権侵害を理由としたブロッキングを実施するのであれば、法制化するにせよしないにせよ「公共の福祉(社会全体の共通利益)」のためには通信の秘密が制限されることも致し方ない、と結論するよりほかない。そうなれば、著作権侵害以外にも「公共の福祉」のためであれば、何らかの条件は設けられるにせよ、インターネットの通信の秘密を侵してもよい(監視・遮断してよい)、ということになる。

その点、児童ポルノブロッキングの議論では慎重に議論されており、彼らは他の法益侵害への一切の拡張を許さないと結論することにより解決した。しかし、その手はもはや使えない。1度破られたものは、再び破られる。いかにブロッキングを海賊版サイト対策だけに限って認めるとしたところで、他の法益侵害への拡大の口実としては十分である。おそらくそれを止めることはできない。

さらに言えば、通信の秘密の侵害はサイトブロッキングだけにとどまらない。すでにDNS汚染によるサイトブロッキングはGoogleやCloudflareのパブリックDNSを利用すれば簡単に回避できるという指摘に対し、OP53B(DNSサービスのための53番ポートのブロッキング)まで提案されている。DNSブロッキングの効果が薄い、あるいは撲滅を目指すとなれば、URLブロッキング、IPブロッキングのようなさらに強力な措置が求められるだろう(し、それが可能になるように法整備されると思われる)。また、ブロッキングの効果を高めるために、回避手段となるプロキシやVPN、あるいは暗号化への制限・規制も検討されることになる。

また、国内情勢・国際情勢が不安定になれば、より踏み込んだ措置も提案されるだろう。テロ対策として、あるいは安全保障や治安維持のために、不確かな情報を遮断しよう、国益に反する情報を遮断しよう、そのような情報にアクセスする人物を追跡・特定しよう、その人物の通信の内容を監視しよう、あるいは国民全体の監視をしよう――社会の安定、社会全体の利益を理由に、通信の秘密がますます制限されていく可能性も十分にある。すでに海賊版サイトブロッキングを実施している複数の国が、インターネットを強力な監視ツールとして利用していることも認識されねばならない。

「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」がブロッキングの実施を是認するのであれば、海賊版サイト対策に限定したブロッキングの是非、あるいは可否の判断で済むものではない。総務省消費者行政第二課長が述べたように「今後のネット社会のあり方として、ネットの利用の監視のほうへすすむのか、自由なほうへすすむのか、どちらを目指すのか」という問いに答えなくてはならない。自由か監視かの二択しかないのだ。ISPにユーザのアクセスを監視させ、ゲートキーパーとして振る舞わせてよいか否か。我々の社会にとって極めて重要な分岐点だ。

すでに政府は「緊急」事態を理由に、強引な解釈で通信の秘密の侵害を是とした。それが再び起こらないとも限らない。政府や出版社が急かしているからという理由で、(政府による事実上の要請について総括することもなく)性急に答えを出してよいはずがない。

「今後、政府の一員として、より前向きに関わっていただきたい」

にもかかわらず、検討会議では消費者行政第二課長の意見に「あぜんとした」と発言した委員がいたという。

朝日新聞の報道は次のように報じている。

委員を務める林いづみ弁護士が「あぜんとした」と反発。「政府の一員としての総務省が、そのような次元の対立軸をいまさら立てることに非常に奇異な感を持った。今後、政府の一員として、より前向きに関わっていただきたい」と批判した。

この時点で会議の終了予定時刻を過ぎていたため、内閣府の住田孝之・知的財産戦略推進事務局長が「発言の適切性については私も若干、気になったが、政府一丸となって総合的な対策をとりまとめていきたい」と取りなして閉会した。

個人的には、林いづみ弁護士の意見に「あぜんと」するし、「非常に奇異な感」を持った。少なくとも、総務省消費者行政第二課長は政府の一員として、通信行政をあずかる総務省の立場から、インターネットにおける通信は監視を前提とするものとすべきか、それとも監視されることのない自由なものとすべきか、その岐路に立たされているとの認識を示しただけだ。上述したように、海賊版サイトへのブロッキングを認めてしまえば、その後は著作権侵害以外にもブロッキングの対象が拡大することは明白である。その段になって矢面に立たされるのは内閣府の知財本部ではなく総務省だ。パンドラの箱を開けるのであれば、当然その後のことも考えて検討してほしいということに何のおかしいことがあろうか。

それに答えるわけでもなく、総務省の職員であれば、政府の一員としてブロッキングを実施したい政府に忖度するのが当然であり、ブロッキングの実施に向けて粛々と作業すればいい、二度とそのようなことを口にするな、とでも言わんばかりの発言はいかがなものか――とついつい憤りに任せて思ってしまうのだが、林弁護士としては、「自由か監視か」というフレーミングはやめてくれ、ということなのかもしれない(執筆時点で第5回会合の議事録が公開されていないため、詳細、前後の文脈は確認できていない)。ブロッキングの実施に前向きな発言をしている林弁護士としては、ブロッキングにネガティブなフレーミングをされたくないという気持ちもわからないではない。

しかし、言い方を変えたからといって、本質が変わるわけではない。結局のところ、「インターネットの通信は自由であるべきか、監視されるべきか」という問いなのだ。自由であるなら監視されることはなく、監視するのであれば自由ではない。その問いに答えをだすことなく、お茶を濁したままブロッキングを是認できるはずもない。

委員のみなさまはそのような認識でいらっしゃるとは思うのだが、事務局が第5回会合で提出した現段階の論点に関する資料には、「他の法益侵害に対する検討の要否について」などという項目があり、著作権侵害においてのみブロッキング実施の可否を判断するというシナリオもないわけではない。

私からは「『要る』に決まってんだろ。それこそ、『いまさら』『そのような次元』のことを言ってんのか」と謹んで申し上げたい。