以下の文章は、英Open Rights Groupの「#SAVEANONYMITY: TOGETHER WE CAN DEFEND ANONYMITY」という記事を翻訳したものである。

この数日、ソーシャルメディア・アカウントの開設の際に、本人確認が可能な身分証明書の提示を法的に義務づけるべきだという嘆願書がネット上で出回っている。多くのソーシャルメディアユーザがこれに対抗して「#SaveAnonymity」と題したキャンペーンを開始し、プライバシーや表現の自由の権利を守るために、オンラインの匿名性に頼らねばならない理由を語っている。

Photo by Brian A (CC BY 2.0)

Open Rights Groupは「#SaveAnonymity」キャンペーンに賛同する。我々は、本人確認の義務化がLGBTQコミュティなどの一部の人々を脅かす可能性があることを理解している。そして、あなたが誰であるかに関わらず、あなたが自分の権利のために立ち上がることを望んでいる。

そこで、匿名性が政治的にどのような状況に置かれているのか、それを守るために私たちに何ができるのか、あなたに何ができるのかを時間をかけて説明していきたい。

まず、嘆願書は法律になるのか?

一般署名の基準に達したこの嘆願書は、問題を議会で議論することを要求している。それだけを求めているのである。この嘆願書は、提案が法律になることや、提案を何かしらの法律に加えろと要求しているわけではない。

議会はオンラインの匿名性の問題を知らないわけではない。実際、オンライン安全法案のさまざまな議論の中で提起されたことに加え、最近では今年1月2019年2018年と、すでに何度も議会で議論されてきた。しかし、それについてはもう少し詳しく説明しよう。

匿名性に関する我々の立場

ほとんどの「匿名」コンテンツは、ほんとうの意味での匿名ではなく、一時的なものに過ぎない。多くの場合、プラットフォームが保有する他の情報や、ISPの情報と組み合わせることで個人を特定できる。真の匿名性を得ることは困難ではあるが、内部告発や報道の自由には不可欠である。

同様に、匿名性は異なる公的アイデンティティを使い分けようとする個人にとっても重要である。特に、LGBTQコミュニティを始めとするマイノリティグループに属する人々が、自宅で安全に過ごすためには、匿名性が重要になる。

つまり、匿名性だけが重要ではないということだ。虐待や排斥など、自分ではどうすることもできない状況に置かれている人々の安全を確保するために、匿名性が不可欠なのである。また、表現の自由を守るためにも重要な役割を果たしている。

何が議論されているのか?

ネット有害情報(Online Harms)の枠組みから発展した「オンライン安全法案(Online Safety Bill)」は、オンライン上のさまざまなコンテンツに対処することをプラットフォームに求めている。その範囲は、テロリズムや児童虐待など、すでに違法とされているコンテンツのみならず、「合法だが有害」とされるコンテンツも含まれる。

この提案は、ネットのいじめやハラスメントに対処することを目的としているが、ソーシャルメディアサイトに限らず、すべてのサイト提供者に、どのコンテンツが有害・虐待・攻撃的であるかの価値判断を迫る内容となっている。これは2つの結果をもたらすことになる。1つは、言論の自由への萎縮効果である。利用者は、完全に適法で無害なコンテンツが削除されるリスクを冒すよりも、自己検閲を行うようになるだろう。もう1つは、巻き込み検閲だ。主観的なグレーゾーンに委ねられたコンテンツ管理を怠ったとして厳しい処罰や罰金を課せられるくらいなら、完全に適法で無害なコンテンツを削除するほうがマシだと考えるようになるだろう。

オンラインの表現の自由のリスクと並行して、本法案ではオンラインサービスプロバイダに「注意義務」の基準を満たすことを求めている。これは安全衛生の分野から拝借していた主観的な概念であり、サイト管理者は、自らのサービス上で生じたあらゆる悪いことに責任を負うことになる。この「注意義務」をめぐる議論では、身元確認の義務化を求めるという意見もあり、政治的、法律的な要求はすべてここに集約されていく可能性がある。サイトを利用するためには(サイトに何か書き込みをする場合だけではなく、単にアクセスするだけでも)本人確認を要求されるようになれば、オンラインでできることは大幅に狭まることになる。

こうした規制によって、私たちが利用するウェブサイトやサービスがこれまで以上に安全で良い場所になるのだろうか? そうはならない。オンライン安全法案が、主観的なコンテンツ・モデレーション義務を課すことに加えて、強制的な本人確認を要求した場合に起こりうる、意図せぬ結果についていくつか例示しておこう。

ところで、君はだれ?

本人確認の要求は、新規アカウント開設時に行われることが多い。では既存のアカウントの場合はどうだろうか。ユーザは期限内に身元を証明しなければアカウントを失うのだろうか? 所有者を確認できないアカウントはどうなるのか? 停止や凍結などの措置が取られるのか? そのアカウントで作成されたコンテンツはどうなってしまうのか? 一夜のうちに膨大な量の適法コンテンツが削除される可能性があるにも関わらず、これらの問題は全く考慮されていない。

推定有罪

オンラインの安全性に関する提案は、しばしば「テック・ジャイアント」として知られるソーシャルメディアに集中している。しかし、本人確認を含むこれらの法案は、ソーシャルメディアサイトだけに影響を及ぼすものではない。すべてのサイト、すべてのサービス、すべての形態のコンテンツに影響を及ぼすことになる。大手企業は、強制的な本人確認を導入するためのコンプライアンス・コストを容易に負担できるだろう。だが、中小企業、スタートアップ、オープンソースプロジェクト、野心を持った競合プラットフォームはそうではない。

さらに、本人確認を義務づけると、すべてのサイト管理者は個人特定可能なインターネット利用状況の民間データベースの所有者になることを余儀なくされ、そのサイト利用者全員を推定有罪(無実が証明されるまで有罪)であるという前提で扱わなければならない。なぜ、他人の悪行のために、そのようなコストや負担を負わなければならないのか。

犠牲になるのは貧しい人々

本人確認が行われる際、光熱費の請求書や銀行口座などの公的書類との関連づけが求められることが多い。だが、こうした要件は、低所得者、銀行口座を持たない人々、ホームレスをはじめ、社会的に排除されている多くの人々が、必要な情報やサービスにアクセスする権利を即座に失うことになる。そうなってしまえば、光熱費を払ったり、銀行口座を解説できるようなレベルにまで生活を向上させることは不可能だろう。オンライン匿名性の悪用に対処する政策的ソリューションが、デジタルと社会の下級階層を生み出す青写真であってはならない。

上記のことは、本人確認の義務化が引き起こす予期せぬ結果のほんの一部に過ぎない。考慮すべき別の側面もある。

子どもでないことを証明する義務

匿名性とオンラインの安全性に関する議論では、さまざまな法律やイニシアチブで提案されてきた厳格な年齢確認義務の影響も考慮しなくてはならない。年齢認証は子どもの保護と関連しているため、この議論の中では受け入れやすいものだと思われがちだが、その影響はやはり危険なものである。

オンライン安全法案では、「注意義務」を果たすための手段として、既存の身分証明書と連動した年齢確認や、他の手段で個人を確認する「年齢保証」と呼ばれるプロセスでの年齢確認の義務化が頻繁に提案されている。しかし、上述した「意図せぬ結果」と同様に、年齢確認の義務化は、ユーザの年齢とは無関係に、あるいは実際にオンラインで悪事を働くつもりがあろうがなかろうが、ソーシャルメディアに限らず、すべてのユーザ、すべてのサービス、すべてのコンテンツに影響を及ぼすことになる。私たち全員が常に本人確認を必要としていないにもかかわらず、自分が子どもでないことを確認させるために、全員が自分の年齢を常に確認させなくてはならないのである。こうしたアイデアは、本人確認の裏口以外のなにものでもない。

本人確認であれ年齢確認であれ、こうしたプロセスを義務づけることは、言論・表現の自由に萎縮効果をもたらすことになる。若者も大人も、公私ともにたとえ無害であろうと、主観的な意見を述べることすら怖れるようになる。なぜなら、万人を文字通り子ども扱いするために作られたプロセスを通じて、彼らの言葉は彼らの実際のアイデンティティに直接結びつけられることになるのだから。

私たちは何を実現すべきか

明らかに、強制的な本人確認は解決策ではない。そもそもの問いだてが間違ってるのだ。私たちが問題にすべきは、匿名性によって引き起こされる悪影響を被る人たちにどのような救済手段が存在しているのか、それらの手段が十分であるかどうか、なのだ。

オンラインコンテンツが虐待、ハラスメント、犯罪の媒介として悪用された場合に、それがユーザに起因するものであれ、匿名でなされたものであれ、ユーザが捜査機関に救済手段を与える政策的・法的選択肢はすでに多数存在している。たとえば、調査権限法(Investigatory Powers Act)や裁判所の開示命令(Norwich Pharmacal Orders)の規定がそうだ。また、捜査機関は、罵倒メッセージの送信に使用されたプラットフォームと直接交渉することもできる。こうした交渉の結果、たとえば嘆願書を作成した人物にオンラインで罵倒メッセージを送った市民が逮捕・起訴されている。

出所不明の言論やオンラインの匿名性を悪用した犯罪の大部分に対応する規制・執行モデルはすでに存在している。問題は、なぜその手段が十分に活用されていないのか、さらには、政府や嘆願者が現行法では対処不可能だとして作ろうとしている新たな規制によって、何を達成したいと考えているかということだ。

より良いウェブの実現――オンライン匿名性を超えて

我々は、プライバシーの権利や表現の自由を損ねることなく、ウェブをよりよい場所にするためのさまざまなアイデアを考えている。

問題を引き起こしているが匿名の荒らしであれ、地球上で最高の権力を握る人物であれ、多くの人が大手プラットフォームがモデレーションや異議申し立て、コンテンツコントロールが不十分であることを批判的に見ている。そこで我々は、ユーザの基本的権利を法案に導入し、プラットフォームの決定について独立した調整と監視を実施できるようにすべきだと考えている。独立とは裁判所がそうであるように、プラットフォームからも国家からも政府からも独立しているという意味だ。

また、ソーシャルメディアの多様性、言い換えればソーシャルメディアで提供されるサービスに多様なオプションと選択肢があることが、TwitterやFacebookの不毛で偏狭なコンテンツモデレーションにうんざりしている人たちの助けになると考えている。我々は競争法によって、TwitterやFacebookが、それを使わない人たちにもメッセージやコンテンツを共有できるようにシステムを開放することを求めている。たとえばMastodonのソーシャルメディアやMatrixのチャットネットワークではそのようなことが行われている。これらプラットフォームは、ユーザが求めるより良いコンテンツや安全ポリシーをすでに提供している。だが、私たちの多くは、自分のネットワークがある大手プラットフォームを使い続けざるを得ない状況にある。

もし別のプラットフォームを使っていても、TwitterやFacebookのユーザとの交流できるのであれば、自分が望む体験を選択でき、より良いコンテンツやモデレーションポリシーが促進されることにもなるだろう。

ソーシャルメディアの多様性が実現すれば、すべての参加者が本人確認を行い、匿名ユーザは誰もいないプラットフォームも選択肢として登場するだろう。匿名性やプライバシーを守りたい人からその権利を奪う必要はないのだ。

あなたにできること

我々は、オンライン安全法案、オンラインでの本人確認・年齢確認に関する提案、暗号化、プライバシー、監視などの関連問題について、政策立案者らと直接対話を続けていく。私たちの活動を、メンバー寄付者として支援していただくことで、我々はあなたとあなたの権利のために最高レベルの力で立ち上がることができる。みなさんのご支援に感謝する。また、表現の自由とこの法案に関する最新情報はhttps://saveonlinespeech.orgで購読できる。

直接行動を起こしたいなら、オンライン安全法案について議員に連絡し、あなたの懸念を理解してもらってほしい。議員の多くは、この法案がソーシャルメディアプラットフォームでの子どもの安全に関わるものだと考えていて、私たち全員のプライバシーや表現の自由に広く及ぼす影響や、意図せぬ結果を理解してはいない。あなたの声を議員に届けてほしい。

#SaveAnonymity: Together we can defend anonymity | Open Rights Group

Author: Open Rights Group / CC BY-SA 3.0
Publication Date: March 16, 2021
Translation: heatwave_p2p
Header image: Jordan McGee