以下の文章は、EDRiの「Elon Musk buying Twitter. What could possibly go wrong?」という記事を翻訳したものである。

EDRi


EUがデジタルサービス法(DSA)の最終合意に達したわずか3日後、監視資本主義サーガの新たな章が幕を開けた。Twitterの取締役会は、440億ドルで同社を買収するというイーロン・マスクの申し出を受け入れた。現時点で買収は成立しておらず、あとはTwitterの株主がこの提案を受け入れるか否かを決めることになっている。このニュースは世界中のメディアの注目を集め、Twitterの機能のみならず、デジタル領域における表現の自由にどのような影響を及ぼすかという議論にも発展している。

「表現の自由絶対主義者」を名乗るマスクのTwitterに対する考え

イーロン・マスクは、すでにTwitterの将来像について、いくつかのヒントを明かしている。彼は「表現の自由絶対主義者」を自称している。彼の考える表現の自由のもとでは、その適法性や、民主主義や人びとに及ぼすシステミック・リスクに関わらず、いかなるコンテンツも排除されるべきではないという。

4月27日、彼はTwitterのコンテンツ・モデレーション・ルールを公然と嘲った。また、Twitterプラットフォームでの政治広告を禁止し、2021年1月6日の議事堂襲撃事件で暴力扇動に関するポリシーに違反したとしてドナルド・トランプのアカウントを凍結したポリシー・法務・トラスト部門責任者であるビジャヤ・ガッデを批判し、「永久凍結は極めて慎重であるべき」だとした上で、ソーシャルメディアからの追放ではなく「タイムアウト」や一時停止であるべきだとした。これにより、制裁を受けたドナルド・トランプに再びツイートを許可すべきかという議論を生じさせることになった。

マスクはTEDのインタビューで、Twitterが「信頼を高め」「スパムボットを倒す」ために、アルゴリズムをオープンソース化すべきだと提案した。さらに、Twitterの全ユーザの身元確認をすべきではないかとの考えも示した。そして最後に、「Twitterのダイレクトメッセージは、Signalのようにエンドツーエンド暗号化されるべき」と話し、セキュアなコミュニケーションを支持した。

コンテンツ・モデレーション 対 絶対的表現の自由

表現の自由は国際人権法上、絶対的な権利ではない。EDRiメンバーのArticle 19は、ヘイトスピーチやオンラインでの罵倒、偽情報が表現の自由の享受を全体的に妨げていることを明らかにしている。アムネスティ・インターナショナルは、Twitterにおける有色人種の女性に対するヘイトスピーチや暴力、罵詈雑言について問題提起している。このような状況は、社会から周縁化されたグループがパブリックな議論に安全に参加するための障壁となっている。

だがそれと同時に、オンライン・コンテンツの制限は、適法で、比例的で、正当なものでなくてはならない。オンラインでのコンテンツ・モデレーションの実践において、権力の集中、自主規制、恣意性を強化することは、表現の自由を守る方法とは言い難い。

欧州で採択されたばかりのDSA/DMAパッケージは、あらゆる人に公平・開放・公正なインターネットに必要な推進力を提供する。DSAにより、欧州でコンテンツ・モデレーションを実施するプラットフォームは、人権と違法なオンライン・ヘイトスピーチなどのシステミック・ハームとのバランスを考慮する法的義務を負うことになる。DSAは偽情報や欺瞞的コンテンツなどのシステミック・リスクの分析、リスク軽減策の実施などを義務づけることにもなっている。DSAの控えめなオンライン広告改革は、ともすれば有害コンテンツの促進に働くかもしれない。

匿名性は表現の自由の基盤

もう一つの重要な要素は、Twitterにおける匿名性である。匿名性は基本的権利であり、表現や集会の自由など他の人権を行使するための盾となる。だからこそ、DMのエンドツーエンド暗号化の推進は素晴らしいアイデアだと考える。だが、「すべての人間を認証する」ポリシーは、抑圧的な状況で活動し、独裁者と戦うためにTwitterを利用する人権擁護者、ジャーナリスト、活動家にとって致命的な脅威となる。国連の複数の声明でも、認証システムが表現の自由を抑圧しうることが指摘されている。EDRiのシニアポリシーアドバイザーのヤン・ペンフラットは、「市民から匿名性や仮名性を取り上げることは、あらゆる独裁者の悲願だ」と強調する

法によらない力はただの強制力

世界有数の金持ちがオンラインの「公共広場」をコントロールすることは、中央集権的なインターネットのトレンドを強化するだけにしかならない。今日のインターネットは、初期の分散・多様なインターネットとはかけ離れている。この規模の権力、資金、個人データの集中は、民主主義やオンラインの人権の行使を危うくするだけである。世界中の4億もの人びとが、Twitterにおける表現の自由というマスクの(誤った)概念のもとに置かれるのみならず、イーロン・マスク個人に膨大なパーソナル・データを握られることにもなるのである。このことは、広告や利益相反、メディアの独立性、メディアの多元性にどのような影響をもたらすのかについて、重要な問題を提起する。我々はTwitterでテスラの広告にさらされることになるのか? マスクと中国の関係が、表現の自由とそのアルゴリズムに関するTwitterのポリシーに影響するのか? イーロン・マスクが米国大統領選挙に出馬したら何が起こるのか? Twitterプラットフォームにおける憎悪表現を減らすための取り組みはどうなるのか? Twitterに再び政治広告が表示されるのか? 少なくとも欧州では、アルゴリズムの透明性に関する規則や新たに導入される政治広告規制など、DSAによって一部対処されるのかもしれないが、マスクによるTwitter買収がもたらす影響を考えれば不十分かもしれない。

こうした権力の集中に対抗するためには、買収に先立つデューデリジェンスの一環として人権影響評価を実施することが望ましい。国連のビジネスと人権に関する指導原則に基づくデューデリジェンスは、Twitterが関係する人権侵害の防止・軽減・説明の一助になりうるだろう。現在のTwitterの人権状況を明確に把握することは、ポリシー変更に着手するにあたって極めて重要である。EDRiメンバーのAccess Nowが提案するように、独立した人権委員会を設置することで、データと権力が一人の手に集中することを防ぐ対抗力を内部に作り出すこともできる。

皮肉なことに、イーロン・マスクの表現の自由に関連したさまざまな話題は、彼自身の言葉とは大いに矛盾している。彼は会社を批判したり、労働組合を組織しようとする労働者の表現の自由には寛容ではなかったし、中国にテスラへの批判を検閲するよう求めてもいる。特権を持つ人たちだけでなく、オンラインのすべての人々の表現の自由を守るために、強力かつ強制力を持った規制と説明責任が必要とされている。

Elon Musk buying Twitter. What could possibly go wrong? – European Digital Rights (EDRi)

Author: Sebastián Becker / EDRi (CC BY-SA 4.0)
Publication Date: May 4, 2022
Translation: heatwave_p2p