以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「How Facebook’s Real Names policy helps Cambodia’s thin-skinned dictator terrorize dissenters」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

Facebookの擁護者や反匿名性活動家は、「実名制ポリシー」によってユーザに発言の「責任」を負わせれば「礼節」を取り戻すことができるのだと口にする。彼らからすれば、トロールなどのバッドアクターから「弱者」を守るためには匿名言論を封じねばならない、ということになるらしい。

だが、匿名の影に隠れるトロールがいる一方で、喜んで暴言に署名するトロールもいる。たとえば、ドナルド・トランプには匿名アカウントなど必要なかった。タッカー・カールソンなんてテロップ入りだし、ニック・フェンテスなんて実名でホロコースト否定論者であることを鼻にかけている始末。

「キャンセル・カルチャー」へのモラル・パニックをよそ目に、力を持つ人間は報いを受けることもなく、侮辱的な発言やおぞましい発言を好き放題に言っている。だが、権力に真実を突きつけるという点においては、匿名性こそが弱者を報復から守ってくれるのである。

カンボジアはこの現象についてこれ以上ないケーススタディと言えるだろう。カンボジアは1985年以来、元将軍の権威主義的独裁者フン・センが支配する腐敗した一党独裁体制にある。

フン・センの腐敗と権威主義はカンボジア市民を苦しめてきたが、その抑圧的な国家運営によって、彼は権力の手綱をしっかりと握ってきた。だが2013年、Facebookで組織された反政府運動が、見せかけだけだったはずの選挙でフン・センをあと一歩のところまで追い詰めた。

並の独裁者であれば、その瞬間にFacebookを遮断していただろう。だがフン・センは違った。辛くも勝利を掴み取った彼は、Facebookを弾圧の道具として利用することにしたのだ。そこで役立ったのが実名主義だった。

独裁者である彼は、すべてのカンボジア市民の本名を知っているので、たとえカンボジア人の投稿者が仮名を名乗っていたとしても見破ることができる。この知識を武器に、フン・センはカンボジア市民に、本名で(逮捕や拷問を受けるリスクを受け入れて)Facebookに投稿するか、沈黙するかを強いたのだ。

https://www.buzzfeednews.com/article/meghara/facebook-cambodia-democracy#.km2QBoKME

その後フン・センは、公金を投じて、フィリピンのクリックファームに自身の投稿への「いいね!」を連打させたり、フン・センを批判する勇気あるカンボジア人(その多くが海外から発言する亡命カンボジア人)を罵倒する哀れなアストロターフ軍団を雇っている。

https://qz.com/1203637/facebook-likes-are-a-powerful-tool-for-authoritarian-rulers-lawsuit-says

このすべてが「クメール・リッチ」の隠れ蓑となった。国を略奪するフン・センの親族や取り巻きの政治的インサイダーたちは、プライスウォーターハウスクーパースを雇ってキプロス銀行経由で資産をオフショアし、キプロスからゴールデンパスポートを調達して、EUで贅沢三昧の日々を過ごしている。

https://www.reuters.com/investigates/special-report/cambodia-hunsen-wealth/

今月初め、フン・センはモルディブを「公式訪問」し、公式Facebookページにはそれを記念した投稿までしている。海辺の高級リゾートでくつろぐフン・センの写真ギャラリーと共に。

https://www.facebook.com/hunsencambodia/posts/pfbid02KYoqDAJbeMGyRP9xMYpntYEdKsczGQijRGYJiDDiPSV4u5DDxmwXuCjpRrse8AEtl

Mech Dara1がVodに書いたように、この投稿には何千もの「賞賛のコメント」とともに、「Ver To」という仮名アカウントから1件の勇気ある投稿が寄せられた。「そう、我々のビーチは最高に美しい。だが我々のリーダーは世界で最も汚れた存在なのでは?」

https://vodenglish.news/hun-sen-orders-police-to-find-facebook-beach-insulter/

数時間後、フン・センはFacebookに「Ver To」として書き込んだ人物を突き止めさせて処罰すると宣言し、こう綴った。「これは邪悪な男の言葉だ、警察よ、今すぐ突き止めよ。どこの誰だ?」

Global Voiceに掲載されたDaralの記事によると、カンボジア内務省はこの穏やかな反対意見を処罰するために動き出しているようだ。同省のスポークスマン、キュー・ソペアックはこのように述べている。

これは表現の自由などではありません。国の指導者を侮辱しているのです。……私でさえ、受け入れられるものではありません。

海外に住んでいる人なら何だって言えますが、カンボジアに住んでいるならそうはいきません。

どれだけ刑務所が混雑していても、そうした人たちを収容するスペースは十分にあります。

フン・センはFacebookがこの反体制派を突き止め、「激混みの刑務所」に投獄する手助けをしてくれることを知っている。Facebookの実名制ポリシーがそれを約束しているからだ。

実名制ポリシーは「ザッカーバーグ・ドクトリン」と言っても差し支えなかろう。これはマーク・ザッカーバーグがよく言う、相手によって人格を使い分ける人は「不誠実」だという彼の信念に基づいている。これは底抜けにバカげた信念で、恋人や祖父母と同じように上司に接しなさいと言っているに等しい。だが、これも彼にとってプラスの側面がある。匿名や仮名を禁止すれば、我々の活動、ソーシャルグラフ、信条を密かに監視してまとめ、それを広告主に売りつけることができるからだ。

https://memex.craphound.com/2018/01/22/social-scientists-have-warned-zuck-all-along-that-the-facebook-theory-of-interaction-would-make-people-angry-and-miserable/

多くの企業がそれぞれに独自の実名主義を試みてきた。有名所では、Faceboook対抗のGoogle Plus。近年でもTwitterの新オーナーが「Twitter Blue」アカウント以外の投稿を不可視化しつつ、Twitter Blueアカウントの電話番号認証の必要性を訴え、Twitterアカウントをアイデンティティに紐づける動きを見せている。

権力者が無力な人々を虐げ、それでいて傷一つ負わないのは、無力な人々が報復をおそれて言い返すことができないからだ。何十年もの間、さまざまな業界や大企業で性的虐待が横行していたが、それに風穴を開けた#MeTooムーブメントで匿名性が果たした役割は大きい。そこでの匿名性は、説明責任を果たさせるための力であり、説明責任を回避するための手段ではなかったのである。

(Image: Hun Sen/Facebook, fair use, modified)

Pluralistic: The public paid for “Moderna’s” vaccine, and now we’re going to pay again (and again and again); How Facebook’s Real Names policy helps Cambodia’s thin-skinned dictator terrorize dissenters (25 Jan 2023) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: January 25, 2023
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Cory Doctorow, Modified