以下の文章は、電子フロンティア財団の「Adblocking: How About Nah?」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

EFFをはじめとする消費者団体は10年以上にわたり、企業や技術者と協力してDo Not Trackの標準化に取り組んできた。Do Not Trackは、ユーザが自分のブラウジング行動を追跡してほしくはないことをインターネット企業に伝えるためのフラグだ。我々は長らくこれに取り組み、FTCの支持も取りつけてきた。にもかかわらず、ブラウザベンダーの対応の遅さと、大手インターネットメディア企業から向けられるあからさまな敵意によって、ブラウザにDo Not Trackを設定しても、プライバシー保護にはほとんど無意味な状況が続いている。

Do Not Trackは、追跡に頼る侵襲的な「行動ターゲティング広告」への社会的懸念から生まれてきた。広告業界は「消費者は関連性の高い広告を歓迎する」と念仏のように唱え続けてきたが、実際にはユーザは「関連性の高い」広告に肝を冷やされ、関連性とプライバシーの侵害が同義であることを理解している。直前に調べたばかりの商品の広告がすぐさま別のサイト、別のアプリに掲載されることほど気味が悪いものはない。死物狂いのベンダーのアルゴリズムがユーザを追跡し、リターゲットしているのだ。

インターネットユーザはこの状況を甘んじて受けいれることはなかった。追跡されることなくウェブを使いたい彼らは、広告ブロッカーをインストールし始めた。多数の広告ブロッカーが登場し、その数は年々増え続けている。

広告ブロッカーは、広告を非表示にしたり、追跡を防ぐだけではなく(注意:広告ブロッカーのなかにはユーザを追跡するものもある)、追跡や広告クリックに依存するパブリッシャやマーケターの金儲けを防ぐことにもなる。予想されていたように、業界は広告ブロッカー・ブロッカーで対抗し、広告ブロッカーをオフにしなければサイトを閲覧できないようにした。

それは次に何を引き起こすのか。

次に起こったことは自明だ。ユーザたちは広告ブロッカー・ブロッカー・ブロッカーをインストールし始めた。

史上最大のボイコット

26%ものインターネットユーザが広告ブロッカー(および広告ブロッカー・ブロッカー・ブロッカー)を導入して広告をブロックし、その数はますます増加の一途をたどっている。これは人類史上最大規模のボイコット運動と言えるだろう。

我々はこのようなうねりを過去にも目にしている。ウェブの黎明期、世界(ワールド・ワイド・ウェブ)を席巻したポップアップ広告との戦いだ。

1994年、ホットワイアード(かつて存在したワイアード誌のウェブ版)がインターネット史上初となるバナー広告を掲載すると、その広告を目にした44%のユーザがクリックした。当時の印刷物、テレビ、ダイレクトメール、ディスプレイ広告を遥かに凌駕するコンバージョンレートを叩き出し、広告は大きく進化したかのように思われた。

だが、ワイアードの広告のクリック率が高かったのは、バナー広告に永続的かつ説得的な特性があったわけではなく、単に目新しかったということがわかった。ウェブ企業は驚異的なパフォーマンスをテコに莫大な資金を集めたが、クリックスルー率が一桁台に急落し、この手の広告の驚異的なパフォーマンス神話は崩壊した。

これが絶望的な状況を生み出した。パブリッシャはクリックスルー率を上昇させるために、何らかの手を――どんな手でも――使わなければならなくなったのだ。

ポップアップ広告の登場

ポップアップ広告を発明したのは、当時Tripodの従業員だったイーサン・ザッカーマンである(彼はのちに謝罪している)。新たなウィンドウを立ち上げるポップアップ広告は無視し難いものである――少なくとも、しばらくの間は。刺激に対するヒトの反応は、平均に回帰する傾向にある(冷蔵庫のハムノイズが時間とともに静かに感じられるのは、デシベル値が下がったためではなく、ヒトの適応のためだ)。そのため、ポップアップ広告は、偽の「閉じる」ボタンのついたポップアップ広告、再表示されるポップアップ広告、閉じようとマウスカーソルを合わせようとすると逃げ出すポップアップ広告と、ありとあらゆる悪質な形態に進化していった。

ポップアップ戦争に終わりはないかに思われた。ヒトがポップアップに適応すれば、ポップアップがヒトの注意を惹く新しい不愉快な方法を発見し、より不愉快な方法が発見されるまで繁栄する――それがウェブの未来なのか。

だが、そうはならなかった。ブラウザベンダーが、ポップアップブロッカー機能をデフォルトにしたのだ(それはOperaから始まった)。ポップアップ広告を嫌うユーザたちは、ポップアップ広告をブロックするブラウザを選択するようになり、こうした抵抗を過小評価していたMicrosoftのインターネット・エクスプローラにさえ、ポップアップ広告のブロック機能が追加されていった。

おそらく、今日利用されているブラウザにもポップアップ広告ブロッカーは搭載されている。だが、たとえその機能をオフにしたところで、かつてうんざりさせられた無数のポップアップが表示されることはないだろう。

ポップアップ広告が大半のインターネットユーザの目に触れなくなったことで、広告主が広告掲載サイトにポップアップ広告を出すよう要求しなくなったのだ。ポップアップの狙いはヒトの注意を引きつけることにあった。だが、そもそも表示されないのであれば、注意を引きつけることなどできやしないのだ。

で、嫌ならどうする?

インターネットは「嫌なら去れ」で満ち溢れている。つまり、「同意する」をクリックするか、さもなくば立ち去らねばならないというクリック・スルー合意やクリック・ラップ合意がまかり通っている。

オンラインの世界がますます集中化し、ますます強大な力がごく一握りの手に握られるようになるにつれ、ウェブパブリッシャが広告主の不愉快な追跡広告への執着心に抵抗するのは以前より遥かに難しくなっている。

だがインターネットユーザは、「嫌なら去れ」を技術的自己決定における最終決定として受け入れてはいない。広告ブロッカーは新たなポップアップブロッカーであり、ユーザがパブリッシャにできないこと、させないことを突きつけ、広告主にもっと良い条件を要求できるようにしているのだ。サイトを訪問したとき、突きつけられるのは「私たちと皆さんに、可能なかぎりすべての方法であなたを追跡させなさい、嫌なら失せろ」という条件である。そしてユーザたちは広告ブロッカーをインストールしてそれに抵抗する。広告ブロッカーは、広告主やパブリッシャにはっきりと「嫌だと言ったら?」と言い返すための手段なのだ。

敵対的相互運用性

敵対的相互運用性(訳註:邦訳記事)は、既存の製品やサービスを提供する企業の意に反して、新たな製品やサービスを既存の製品やサービスに接続する手段を誰かが編み出したときに生み出される。

広告ブロックは、サードパーティのプリンターインクと同様に、現代史における最大の成功を収めた敵対的相互運用性の事例である。ユーザがウェブサイトを訪問すると、サーバは広告を取得・表示するコードなどの大量の資料をブラウザに送信する。広告ブロッカーは、広告に関連するものを破棄して、残りの部分を表示する。広告ブロッカー・ブロッカー・ブロッカーも同様だが、こちらはサーバには広告を表示していると見せかけながら広告を抑制する。高度化する技術的いたちごっこといったところだ。

ポップアップ戦争であれブラウザ戦争であれ、ブラウザはつねに敵対的相互運用性のゆりかごであった。オープン・スタンダードとブラウザ・ベンダー間のソフトウェア特許をめぐる相互軍縮ルールのおかげで、広告ブロックテクノロジーを開発するツール職人たちを法で抑え込むことは容易ではない(し、彼らを縛ろうとする試みも失敗している)。

敵対的相互運用性は、新規参入企業が既存企業に挑戦する手段として利用されることも多い。たとえば、IBMのプリンター部門からトナーカートリッジの製造で訴えられた企業は、今や自社のプリンター部門を有するまで成長しているのだ

しかし、敵対的相互運用性は、市民が自らの権利を主張し、不公正な慣行に対抗するための手段でもある。たしかに市場が十分に競争的な環境であれば、もっとマシな利用規約のサービスを探せるのだから「嫌なら去れ」は取引として成り立つ。だが、各社横並びの腐った取引を提示する極めて集中化した市場では、敵対的相互運用性こそがユーザに「嫌ならどうする?」というカウンターオファーを可能にするのである。

だが、いつまで?

テクノロジー業界の集中化――たとえば、ブラウザ、広告ネットワーク、ビデオコンテンツを一企業の傘下に置く「垂直統合」――は、インターネットのオープン性を損なっている。2017年、ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアムは、初の「標準」を発表したが、これは(波風を立てる者に許可を与えない)巨大なテクノロジー・メディア企業の許可なくしては完全に実装することはできなかった。この標準の発表に際し、W3Cはコンソーシアムを構成する企業から法的拘束力のある不可侵の取り決めを引き出すことによって、敵対的相互運用性の保護を求める提案を明確に拒絶した

W3Cが公表した「Encrypted Media Extensions(EME)」という標準は、ウェブビデオの再生を制限するもので、敵対的相互運用者をさまざまな危険に晒す可能性を含んでいる。特に、デジタルミレニアム著作権法第1201条は著作物の「アクセスコントロール」の改ざんを禁止しており、EMEのルールを迂回するプログラムを作ったツール職人は、刑事・民事双方の責任を負わせられかねない。

EMEの採用が推し進められた背景には、Googleのようなブラウザベンダー、動画配信事業者、広告ネットワーク間の統合がかつてないほどに緊密になったことがある。その結果、偏った力学が生み出され、ユーザを王とする「設定可能なウェブ」を破滅に追い込む手段が標準化されることになったのだ。EMEはブラウザにおける敵対的運用性の保護にくさびを入れるものであり、「嫌ならどうする?」を無効化しようとしているのである。ポップアップ広告の誕生以降、マーケティング業界が目指してきた「嫌なら去れ」のウェブにユーザを追い込もうとしているのだ。

Adblocking: How About Nah? | Electronic Frontier Foundation

Author: Cory Doctorow (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: July 25, 2019
Translation: heatwave_p2p
Header Image: Mathias Lövström