以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Precaratize bosses」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

詩人アンジェロウの「人が本性を見せたら、それを信じなさい」という言葉、政治における「すべての非難は自白である」という自明の理のを組み合わせると、次のようになる。「誰かがあなたを悪徳だと非難するたびに、その人は自分自身の本性を見せているのであり、あなたはそれを信じるべきだ」。

そうした非難について考えてみよう。CARES法による対コロナ緊急経済対策の小切手をめぐる道徳的パニックを覚えているだろうか? 支配階級の代弁者たちは、ありとあらゆるケーブルテレビに出演し、「こんなことをしたら、誰も働きたがらなくなるだろう」と口々に不満を漏らした。労働者は、すべて――家、子供、冷蔵庫の食料など――を失うことへの恐怖心のみに突き動かされて仕事に就くのだと彼らは考えている。

これは今に始まったことではない。クリントンが福祉を破壊したとき、「施し」が労働者を怠惰にするという理屈で正当化された。労働者をソファから追い出して福祉の受給者名簿から外し、仕事に就かせるには、彼らに恐怖心を植え付けなければならないのだ、と。

https://www.theatlantic.com/business/archive/2018/03/welfare-childhood/555119/

これはテック業界のボスたちに共通する確固たる信念でもある。彼らは、大規模なテック系のレイオフを常に歓迎する。解雇を免れた労働者たちは恐怖に陥り、「極端にハードコア」になって、どれだけ残業させても文句一つ言わずにこなしてくれるようになるからだ。

https://fortune.com/2022/10/06/elon-musk-jason-calacanis-return-to-office-gentlemens-layoffs-twitter/

さて、提示された賃金では誰も仕事を引き受けてくれないという問題には明確な答えがある。提示額を上げればいいのだ。資本家はこれを理解していると口では言う。たとえばUberは、ダイナミック・プライシング(surge pricing)が「ドライバーにインセンティブを与える」と言う。混雑時にドライバーにより高額を提示することで、路上に出るよう仕向けているのだ、と。

https://www.uber.com/blog/austin/providing-rides-when-they-are-most-needed/

(Uberはかつてダイナミック・プライシングの割増分をドライバーにほぼ渡していたが、今ではその金の大半を自分の懐にしまい込んでいる。ドライバーたちがブラックリストに載ることを怖れるようになったことでメタクソ化が進み、ニンジンをぶら下げなくてもドライバーをこき使えるようになったからだ)

(また、この論理は、ウェンディーズのような他の企業では完全に破綻している。ウェンディーズは一時期、混雑時にハンバーガーを割増価格で提供すると約束していた。だが、その上乗せ分を、急遽シフトに入った労働者に充てるという素振りすら見せなかった)

https://www.theguardian.com/food/2024/feb/27/wendys-dynamic-surge-pricing

つまり、ボスたちは労働者不足の解消法を知っていた。そう、賃上げだ。需要と供給だ。ボスにとって、問題は供給ではなく価格だった。時給10ドルで働く労働者が、毎時20ドルの利益を会社にもたらすとすれば、その余剰を雇用主と50対50で分け合うことになる。雇用主には、自分の取り分から支払わなければならない経費(店舗の賃料、在庫、広告、管理費)がある。しかし、労働者にも諸経費がある。交通費、育児費、仕事着など、ボスのために金を稼ぐためだけに労働者が負担する費用だ。

労働者とボスの分け前が半々であるべきだという経済学の鉄則があるわけではない。労働者とボスの交渉力次第で、その割合は大きく変動する。マクドナルドやウォルマートの労働者を考えてみよう。ボロ儲けする企業帝国のために働く彼らは、あまりにも賃金が低く、フードスタンプに頼らざるを得ない。そこでは、10対90の割合でボスが有利だ。

パンデミックは交渉力を変えた。確かに、労働者は景気刺激策の小切手でわずかばかりの息継ぎができたが、それ以上に労働市場の根本的な変化からも恩恵を受けた。例えば、このコロナ禍に、数百万人のベビーブーマーたちがリタイアした。彼らは死ぬかもしれない病気にかかるリスクを冒したくはなかったが、ボスは許容できるリスクだと考えた。それに憤慨して、永久に仕事から離れてしまったのだ。

ボスが労働者の命を軽視していたことは、別の意味でも裏目に出た。何十万人もの労働者が命を落とし、さらに何百万の労働者が後遺症を負ってしまったのだ。ベビーブーマーの大量離職者と、感染・死亡した労働者を合わせると、働ける人の数が単純に減少し、その結果、今では労働者の交渉力が高まっている。彼らは、より良い分け前、例えば75対25を自分たちに有利になるよう要求できるのだ。

2015年のアメリカン航空のストライキを覚えているだろうか。パイロットと客室乗務員は賃上げを勝ち取った。ギロチン台に送るべきシティバンクのアナリスト、ケヴィン・クリッシーはこう言い放った。「これは腹ただしい。またしても労働者ファーストで支払われている。これでは株主には残り物しか回ってこない」。

https://www.thestreet.com/investing/american-airlines-flight-attendants-bash-citi-analyst-who-put-shareholders-before-workers-14134309

さて、企業が余剰を労働者に回したがらないのだろうが、そうすることもできる。労働者に支払う金額が多くなれば、企業の利益は少なくなる。が、それが資本主義というものだ。企業は可能な限り利益を上げようとするが、労働者にどんな賃金でも働けと命令することはできない(それができるのは農奴制だ)。

企業は、自分たちが設定した価格で商品を買えと命令することもできない(それができるのは計画経済であって、市場経済ではない)。そして、製造コストが上がったからといって、値上げしなければならないという法律はない。10ドルかけて15ドルの商品を作る企業は、5ドルのマージンがある。製造コストが11ドルに上がっても、15ドルで売って利益を1ドル減らすこともできる。あるいは、価格を15.50ドルに上げて、差額を消費者と折半することもできる。

しかし、企業が競争にさらされていない場合、コスト増を全額消費者に押しつけることができる。Verizonを例に挙げよう。同社は昨年790億ドルの利益を上げたが、「運営コストの上昇」を理由に、携帯電話ユーザに月額4ドルのサービス料を課した。

https://www.reddit.com/r/LateStageCapitalism/comments/1c53c4p/79bn_in_profits_last_year_but_you_need_an_extra/

どうもVerizonが本当のことを言っているとは思えない。口実インフレ(excuseflation )が横行する中、ある CEO が投資家に語ったところによれば、ニュースがインフレの話題で持ちきりになっているときは「消費者からあまり文句を言われずに価格を上げるチャンス」なんだそうだ。

https://pluralistic.net/2023/03/11/price-over-volume/#pepsi-pricing-power

しかし、Verizonがこの「コスト増」について真実を語っているとしても、なぜ我々がそのコストを負担しなければならないのか。Verizonの営業コストと総収入の間には790億ドルもの余剰がある。なぜVerizonの最終利益から差し引かないのか。

40年もの間、新自由主義の経済学者は、我々の「消費者」としての役割を強調してきた(まるで消費者が労働者でないかのように!)。そうして、我々が互いに対立するよう仕向けてきたのだ。「確かに、食料品店のレジ係が家賃を払えずに住居を失うのは本意ではないでしょう。ですが、その卵に5セント余計に払うほどのことだと思いますか?」と。

繰り返しになるが、あなたが5セントを余分に払うべき明白な理由はない。あなたに価格を抑える消費者の力があり、労働者に正当な賃金を受ける労働者の力があれば、企業がその5セントを吸収することになる。労働者が家賃を払えて、あなたが食料品を買える世界を実現したっていいのだ。

では、我々がより多くを得て、ボスの取り分を少なくするにはどうすればいいのか。その方法は、彼ら自身が教えてくれている。ボスは、労働者を最低賃金のクソ仕事に駆り立てるのは恐怖だと言う。家を失う恐怖、飢える恐怖だ。

ボスが「この仕事を最低賃金でやりたくないなら、代わりは他にたくさんいる」と言うとき、彼らは「あなたが私から賃上げを勝ち取るには、『この仕事にまともな賃金を払いたくないなら、代わりの仕事は他にたくさんある』と言える状況を作り出すことだ」と教えてくれているのだ。

彼らの非難ーー自分の損失を怖れるときにだけ他者を公正に扱うーーは、まさに自白なのだ。つまり、我々を公正に扱わせるためには、彼らを怖れさせよ、と。彼らは我々に本性を見せているのだから、それを信じるべきなのだ。

Daily Showに出演したFTCのリナ・カーン委員長は、独占企業は「大きすぎて何も気にしない(too big to care)」とぼやいた。

https://www.youtube.com/watch?v=oaDTiWaYfcM

資本主義の哲学者たちは、欲望を公共の利益に変える資本主義の力を賞賛した。アダム・スミスの言葉を借りれば、「我々が夕食を期待できるのは、肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」。できるだけ多くのお金を稼ぎたいという欲望だけでは、我々の夕食を生み出すことはできないが、肉屋、醸造業者、パン屋があなたの労働力や財布を競合に奪われることを怖れるとき、彼らは賃金をより多く支払うし、価格をより低くする。

資本家は激しく競争して利幅と利益を削り合う市場経済など望んでいない。競争は彼らの利益を侵食してしまうからだ。彼らが望んでいるのは、Amazonのような計画経済なのだ。ベゾス党書記と数人の政治委員が商人に何を売るかを指示し、我々に何を払わなければならないかを指示する。

https://pluralistic.net/2024/03/01/managerial-discretion/#junk-fees

資本家は自由な労働力など望んでいない。自由な労働力では、ライバルの資本家と競争して労働者の労働力を入札しなければならない。彼らが望むのは、競業避止義務、違約金(bondage fees:労働者を拘束し転職を防ぐための制度や契約上の仕組み)、「訓練償還契約条項」(TRAP)だ。これらにより、労働者は袋小路の仕事に留まらざるを得なくなり、より良い賃金を求めて仕事を探すことができなくなる。

https://pluralistic.net/2022/08/04/its-a-trap/#a-little-on-the-nose

資本家は資本主義を嫌う。なぜなら、資本主義は、より賢き者が現れ、より良いビジネスを始め、消費者と労働者を引き抜き、旧来の資本家がすべてを失う恐怖を絶え間なく味わうときにだけ機能するからだ。

https://pluralistic.net/2024/04/18/in-extremis-veritas/#the-winnah

常に不安定な状態に置かれると、人は正気を失う。資本家はそれを知っている。だから彼らは必死に、我々を医療債務、教育債務、住宅債務、賃金の停滞、物価の上昇といった負債を負わせ、不安定な状態に追い込もうとするのだ。それは短期的に利払いや違約金で儲かるからだけではない。我々を不安定にすれば、彼ら自身の人生のリスクを減らせるからだ。独占企業とカルテルは、余分なコストを消費者に転嫁できる。そして消費者はそれを黙って飲み込んで受け入れるしかない。

https://pluralistic.net/2022/02/02/its-the-economy-stupid/#overinflated

毎晩、家賃の支払いを心配しながら寝る労働者は、残業をしても文句を言わないどころか、むしろ感謝する労働者なのだ。

資本家は資本主義を嫌う。では、資本主義を嫌わなかったのは誰かって? カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスだ。『共産党宣言』の第1章は、資本家が恐怖におびえ、したがって生産的になったとき、どれほど素晴らしいものが手に入るかについて、この2人が熱く語っているだけの章だ。

https://pluralistic.net/SpectreHaunting

しかし、資本家が恐怖から解放されると、貪欲を繁栄に変える錬金術的反応は消え失せ、ただの貪欲とその手下であるメタクソ化(enshittification)しか残らない。Google検索は年々劣化しているが、利益を減らしてでもスパム対策に注力することはなく、同社は800億ドルの自社株買いを行い、12,000人の熟練した技術者を解雇した。その800億ドルを使えば、今後27年間、解雇した従業員の給料を払い続けられるというのに。

https://pluralistic.net/2024/02/21/im-feeling-unlucky/#not-up-to-the-task

独占擁護論者は、独占企業は大規模で野心的なプロジェクトに資金を注入するために必要な巨額の利益を得ることができ、より良い製品をより安価に提供し、我々全員をより豊かにすると主張したがる。しかし、独占企業が独占による利益を大規模で野心的なプロジェクトに使うことができたとしても、実際にはそうしない。そんなことをする必要がないからだ。

Googleの立場で考えてみると良い。スパムやSEO詐欺師の対策に数十億ドルをR&D(研究開発)に費やすか、あるいは、誰も他の検索エンジンを試したり乗り換えたりしないように、あらゆるプラットフォームのデフォルト検索の座をもっと少額で買収するか。Googleはどちらを選択するだろうか。

https://pluralistic.net/2024/04/04/teach-me-how-to-shruggie/#kagi

独占から得られる利益と比べると、テック業界のR&D支出は極めて少ないのが現実だ。

https://pluralistic.net/2020/08/11/nor-glom-of-nit/#capitalists-hate-competition

どうすれば資本家を、労働者と消費者ためにもっと一生懸命に働かせることができるのか。資本家は日々、その方法を教えてくれている。アイツらの肝をキンキンに冷やしてやろうぜ。

(Image: Vlad LazarenkoCC BY-SA 3.0, modified)

Pluralistic: Precaratize bosses (19 Apr 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 19, 2024
Translation: heatwave_p2p