以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「The Cult of Mac」という記事を翻訳したものである。
Appleの最も価値ある無形資産は、特許や著作権ではない。それは、時価総額2.89兆ドルの多国籍企業の製品を所有することが、Appleの株主の利益と不可分のアイデンティティを持つ、抑圧された宗教的マイノリティのメンバーになると信じる人々の群れである。
App Storeを例に取ろう。AppleはiOSプラットフォーム上でライバルがサードパーティ・アプリストアを提供できないようにしている。つまり、Appleが承認したアプリ以外はインストールできないということだ。Appleに承認してもらうためには、ソフトウェア製作者がアプリ内で行われる決済1ドルにつき0.30ドルをAppleに支払うことを認めなければならない。
これには二つの効果がある。第一に、特定のプロダクトの提供が事実上不可能になる。たとえばオーディオブックの粗利率は20%である。そしてAppleは売上から30%を差し引く。つまりアプリでオーディオブックを販売すると、1冊売れるたびに損をするのだ。だからこそ、Libro.fmやDownpourなどのApple以外のオーディオブックストアは、ブラウザから購入するようユーザに求めている。このような不便さはサードパーティのオーディオブックストアの足を引っ張り、Appleに強力な優位性を与える(もちろん、Appleは自社のすべての取引に30%の手数料を課すことはない)。
ただ、オーディオブックはまだマシな方で、(訳注:選択肢はほぼないにしても)少なくともApple Booksからは購入できる。だが粗利率が30%を下回るサービスは他にも数多くある。Appleの30%のアプリ税は、そうしたサービスを事実上不可能する。つまり、Appleが(訳注:アップル税のかからない)自社独占版を提供しなければ、そのサービスはiPhoneアプリとして単純に存在しなくなるのだ。
しかし、それだけにとどまらない。幸運なサービスプロバイダの中には、Appleのユーザに法外な料金を請求してアップル税を支払う企業もある。それが第二の効果だ。
これは明らかに産業にとってネガティブだ。ニュースメディアを例に取ろう。ビッグテックがニュースメディアからニュースそのものを盗んでいると考える人が少なくない。だがそれは率直に言っておかしな話だ。ニュースをインデックスしたり、ニュースを議論するフォーラムを提供したりすることは、ニュースにとって悪いことではない。見つけたり議論することが許されないなら、それはニュースではなく秘密だ。
ビッグテックがニュースから盗んでいるのは金だ。アドテク・デュオポリー(訳注:GoogleとMetaによる2社独占)は、広告1ドルにつき51%をかすめ取っている。ソーシャルメディアはニュース購読者を人質に取り、記事を見たいと言っている(訳注:フォローしている)人々に記事を届けるためにすら「ブースト」の支払いを要求する。そしてモバイル・デュオポリー(訳注:GoogleとAppleによる2社独占)は、すべてのアプリ内サブスクリプション1ドルにつき30%をかすめ取る。
https://www.eff.org/deeplinks/2023/06/save-news-we-must-open-app-stores
モバイル・デュオポリーは「モバイル・エコシステム」を語りたがるが、それはエコシステムなどではなく、2つの囲い込まれた庭園(walled garden)でしかない。
https://crookedtimber.org/2022/12/08/your-platform-is-not-an-ecosystem/
裏で繋がり、株主にのみ説明責任を負う2つの企業幹部によって運営される計画経済なのだ。ありがたいことに、一部の規制当局はこのテクノ封建主義的な取り決めの危険性を認識し、断固とした措置を取り始めている。
規制当局はオープンな市場を守るという立場から法執行を行っているが、アプリメーカーにもたらされるメリットは付随的なものにすぎない。オープンなアプリの世界の本当の受益者は、Appleユーザなのだ。結局のところ、購入するアプリやアプリ内で購入するモノの価格にはアプリ税が織り込まれていて、最終的にそれを支払うのはAppleユーザだ。アプリ税のせいで不採算になり、提供できなくなるアプリへのアクセスを失うのもAppleユーザだ。AppleがApp Storeに不適格とみなしたアプリの入手機会を失うのも、他ならぬAppleユーザなのだ。
そこにMacカルトがやってきて、3兆ドルの巨大企業のために声を上げる。ブランドへの忠誠心が一種の宗教的献身となっているAppleユーザの一派は、「そんなこと、Appleユーザは誰も望んじゃいない」と主張する。
これはあまりにナンセンスで、もはや理性的とは言えず、一種の信仰としか言いようがない。Appleとは異なる編集ポリシーや決済ポリシーを持つライバルのアプリストアが存在しても、それを利用できるのはAppleユーザだけだ。AndroidユーザがiOSのストアを使うことはない。SymbianユーザがApple以外のiOSストアからアプリをインストールすることもあるまい。
「AppleユーザはApple以外のアプリストアを望んでいない」が真実なら、Appleはその出現を阻止する技術的な対抗策や法的な脅迫を必要としないはずだ。Apple以外のアプリストアは、その真実に従って滅ぶのだから。
これは2015年にThe Guardianに掲載された「食器洗い機がiPhoneだったら」という風刺記事で、私が最初に提起したポイントだ。この記事は、Abstergeという魅力的なスマート食洗機メーカーからの手紙風にしつらえてあって、サードパーティ食器ベンダーの食器を使いたがるユーザの不合理さを説明したものだった。
https://www.theguardian.com/technology/2015/feb/13/if-dishwashers-were-iphones
この記事のコメントは、まぁすごいもんだ。「アプリを買う場所を選びたいなら、iPhoneを買うべきじゃない」と言う人の多いこと。これが架空のAbsterge CEOが食洗機について述べている議論(「Abstergeの流儀を望まないなら、買うべきではない」)と全く同じであることが、彼らには理解できない。彼らに言わせれば、自分の1,000ドルのポケットコンピュータがどのように動作するかについて最終的な発言権を持ちたがるAppleユーザは、真のAppleユーザではないのだ。
実に奇妙な考え方である。しかし、もっと奇妙なのは、この理屈が立法者たちを捕らえたことだ。たとえばカナダのジェームズ・ムーア元遺産相。2010年、ムーアと同僚のセクハラクソ野郎ことトニー・クレメント議員は、カナダ人がiPhoneやその他ガジェットに企業株主の利益を損なうような改造を加えることを違法化する法案を提出した。
この規制に関するパブリックコメントが募集され、回答は圧倒的にそれを拒否した(6138件の反対意見に対し、賛成はわずか54件!)。だが彼らは突き進んだ。
https://www.michaelgeist.ca/2010/04/copycon-final-numbers/
国民が説明を求めると、ムーアは、この規制に反対する者は「急進的な過激主義者(radical extremists)」だと言う。
https://www.cbc.ca/news/science/copyright-debate-turns-ugly-1.898216
これは度を越していた。私はベストセラー作家で、著作権収入をロイヤリティから得ている。業界の選挙資金からではない。遺産大臣に「急進的な過激主義者」呼ばわりされるなんて、まったくもって心外だ。そこで私はTwitterで彼に喧嘩をふっかけたのだが、彼は賢明にも餌に食いついてくれた。
ムーアからの返答は、「iPhoneが食洗機だったら」のコメントから直接引用したようなものだった。大臣曰く「Macを使うな。他の選択肢はある」。
覚えておいてほしい。iOSの代替ストアを使用できるのはAppleユーザだけだ。保守党の大臣であるムーアは、プライベートで個人が所有する財産を、それを製造した企業が嫌がる方法で使いたいなら、政府はその企業を守るために介入すべきだと公言したのだ。
これは、保守党が掲げている財産崇拝、市場ベースのイデオロギーではない。その矛盾を解消する唯一の言い分は、メーカーの承認なしに自分の携帯電話にアプリをインストールしたい人々は、どういうわけか本当のユーザではない、ということになるらしい。彼らは偽物だ。背教者だ。彼らは間違った持ち方をしているのだ、と。
https://www.wired.com/2010/06/iphone-4-holding-it-wrong/
Appleのビジネス慣行に対する宗教的な擁護は、同様にユーザを虐げる他のビジネスに向けられる国民の怒りから、そのビジネスを防御する盾にもなる。Appleがユーザを食い物にする新手法を見つけるたびにカルトが駆けつけ、それに反発するヤツは真のAppleユーザではないと主張するのだ!
修理する権利に対するAppleの長年の戦いを考えてみよう。小さくて滑りやすいガラス製品をどこで修理できるかについてAppleが拒否権を持つと、あらゆるわるさができるようになる。部品代とサービス料金であなたを食い物にすることはもちろんのこと。しかし、あなたのデバイスの修理を全く認めないと宣言することもできる。修理不能だと伝えるのだ。
そうすれば、彼らの新しい製品をあなたに買わせることができる。そして、古い製品はAppleに「リサイクル」される。Appleは電子機器メーカーの中で唯一、「リサイクル」製品を巨大シュレッダーに放り込み、古い製品の部品が独立系修理業者のセコハン市場に流通しないようにしている。
https://pluralistic.net/2022/05/22/apples-cement-overshoes/
Appleはこれを隠そうともしない! ティム・アップルの2019年の株主宛レターでは、このことを明示的に述べている。Appleの収益は、ユーザが携帯電話を修理するのではなく、交換しているため落ち込んでいるのだ、と。
https://www.apple.com/newsroom/2019/01/letter-from-tim-cook-to-apple-investors/
Appleは何年も数十州の修理する権利法案を闇に葬る連合を率いてきた。修理する権利の擁護者たちが、Appleのやり方が不滅の電子廃棄物の山を作り出し、そこには膨大な紛争鉱物が含まれていると指摘しても、Appleの宗教的な信奉者たちは、AppleユーザはAppleとその認定デポでiPhoneを修理してもらうことを望んでいるのだ、と割って入ってくる。
繰り返すが、明らかにナンセンスだ。Appleユーザの中に、サードパーティの修理デポを利用したいヤツが本当にいないなら、Appleは修理する権利のネガティブ・キャンペーンから身を引いたっていいだろ。本当にそうなら、何もしなくたって独立系の修理業者はみんな廃業するはずだ。なんせAndroidデバイスの所有者は、無許可のiPhone部品で携帯電話を修理したりしないんだから。
信じやすく忠実な叫び声の合唱は、Appleの最悪の行動に巨大な隠れ蓑を提供する。Appleは(訳注:このままでは押し切られるとみるや)修理に関するコミットメントを立て続けに発表し、信者たちは天に届くほどの賛美を送った。しかし、この一連の発表でも、Appleはどのように修理を阻み続けようとしているかを隠そうとさえしない。
https://pluralistic.net/2023/09/22/vin-locking/#thought-differently
この現実歪曲フィールドは驚くほど耐久力がある。ライバルが正反対の立場を取り、本物の、見せかけではない修理ポリシーがどうあるべきかを実証しても、現実歪曲フィールドには傷一つつかない。
Mac のカルトの重要な教義は、Appleの罪を美徳とせよ、だ。なぜなら、その独占的な行為はすべて、ユーザのプライバシーとセキュリティに奉仕するためだからだ。確かに、Appleは米国政府が暗号化を弱体化させようとした時、FBIに立ち向かった。
それは真実だ。彼らはそうした! それから、FacebookがiOSユーザを監視する権限を取り上げるトラッキング防止機能を導入した。Facebookは、これによって最初の1年だけで100億ドルの損失が出たと主張している(いい気味だ)。
だが、あなたのプライバシーとセキュリティに対するAppleのコミットメントは、常に条件付きだ。自社の利益が関わった途端に、同社はあなたとあなたの安全をエアロックから排出してしまう。AppleはFBIのためにはセキュリティの弱体化を拒否したが、中国政府に安価な製造ラインと数億人もの消費者へのアクセスを脅かされると、Appleはたやすく製品を引き裂いてしまった。
https://pluralistic.net/2022/11/11/foreseeable-consequences/#airdropped
Appleはあなたを監視するFacebookをブロックしたが、自社による監視広告帝国の建設のためであれば、iOSのスパイ機能を再びオンにして、Facebookと全く同じデータを自社の独占使用のために収集し、そのことについて嘘をつく。
https://pluralistic.net/2022/11/14/luxury-surveillance/#liar-liar
そしてiMessage、Appleのデフォルトのメッセージングサービスだ。追加の手順を踏まなければ他のメッセージングアプリを使えないという意味で「デフォルト」なのだが、その iMessageはエンドツーエンド暗号化を備えている。が、それは他のAppleユーザとやりとりする場合に限られる。Androidユーザがチャットやグループチャットに加わった途端、会話全体がSMSに切り替わる。SMSは、インセキュアで、簡単にハッキングされるプライバシーの悪夢だ。そのデビューは38年前、『ウェインズ・ワールド』が公開された年だ。
米国の携帯電話ユーザの約41%がAndroidを使用していることを考えれば、Appleユーザが同僚、取引先、愛する人、友人、家族と会話しようとするたびに、4割の確率で「明白に」、プライバシーが保護されない通信が行われることになる。
これは、Appleユーザにとって良いことではない。継続的で深刻なプライバシーリスクにさらされるのだ。モバイルデバイスは私たちの最も親密な秘密の保管者である。モバイルセキュリティが機能しないとなれば大変なことだ。Appleは10年前、とんでもないスキャンダルでこれを露呈した。
https://en.wikipedia.org/wiki/2014_celebrity_nude_photo_leak
これに対するAppleの答えは、不吉なほど滑稽だ。同社は、通信に本当のセキュリティを求めるなら、友人にiPhonneを買ってあげるべきだ、と。おそらく、もし友人(または取引先、同僚)がOSを変更して自分のデバイスとすべてのアプリを捨てたがらないなら、彼らとの会話を諦めろということなのだろう。
https://finance.yahoo.com/news/tim-cook-says-buy-mom-210347694.html
カルトの典型的な手口は、そのカルトに入っていない人たちと距離を置き、自分を隔離するよう奨励することだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Isolation_to_facilitate_abuse#In_cults
しかし、Appleには何十億人ものユーザがいて、実際のカルトメンバーはその一部の(しかし声が大きく感じが悪い!)少数派にすぎない。つまり、何十億人もの人々が、Appleの仲間とだけでなく、人生のあらゆる人とプライベートでセキュアな通信を望んでいるのだ。
そこでBeeper Miniの出番となる。これは、iMessageをリバースエンジニアリングし、AndroidユーザがAppleユーザから送られたセキュアなメッセージを受信する方法を見つけた10代の少年の偉業によって作られた、iMessageのAndroid版サードパーティアプリだ。
Beeper Miniは、Appleユーザに計り知れない恩恵をもたらすサービスだった。Appleの主力製品の(同社の利益をユーザの安全とプライバシーよりも優先させべく意図的に導入されていた)致命的なセキュリティ脆弱性を修正してくれたのだ。
Appleは直ちに反応し、Beeper Miniをブロックすべく対抗措置を連発した。The Vergeのデビッド・ピアスがその理由を尋ねると、Appleは自社のユーザのセキュリティを守るためだと答えた(!!)。
https://www.theverge.com/2023/12/9/23995150/beeper-imessage-android-apple-statement
同社は、Beeper Miniが何らかの具体的な方法でAppleユーザのセキュリティを弱体化させると主張したが、その主張を裏付ける証拠は何も示されなかった。セキュリティクレームのゴールドスタンダードは、概念実証コードであって、手を振ること(hand-waving: ごまかし)ではないことを覚えておこう。
一方、BeeperはAppleとの短いが苛烈ないたちごっこに従事し、Appleユーザのセキュアな通信へのアクセスを維持するための緊急対策と対・対抗措置を取った。
https://www.eff.org/deeplinks/2023/12/without-interoperability-apple-customers-will-never-be-secure
Appleは3兆ドルものメガホンを使って、Beeper Miniを非難し続けた。BeeperがBeeper Miniのソースコードを公開し、何も悪いことが起こっていないことを誰もが自分の目で確認できるようにした後でさえもだ。
https://blog.beeper.com/p/beeper-moving-forward
一方、Appleのカルト信者たちは同社の後ろに結集した。真のAppleユーザがAndroidユーザと安全に通信したがるはずはないし、Appleが維持コストを負担するAppleのメッセージインフラにアクセスすることでBeeperが利益を得るのは不公平だというのだ。
まったくもって転倒したカルトの理屈だ。BeeperはAppleのインフラにアクセスしているんじゃない。AppleのユーザがAppleのインフラにアクセスしているだけだ。AndroidユーザとやりとりしようとするAppleユーザがいなければ、Appleのサーバーに負荷がかかることはない。
しかし、Androidユーザと通信するようなAppleユーザはどうでもいい存在だ。彼らは真のAppleユーザではないのだから。彼らはAppleの株主ではなく、自分本位の利益を望んでいるのだから。つまり、彼らは間違った持ち方をしているのだ。
Pluralistic: The Cult of Mac (12 Jan 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: Jamuary 12, 2024
Translation: heatwave_p2p