以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「The real problem with anonymity」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

「グレーター・インターネット・ファックワード理論」では、インターネットの問題は匿名性に起因するとされている。

普通の人 + 匿名性 + 観衆 = 完全なファックワード(訳注:クソ野郎、日本のネットスラングだと“厨房”が近いかも)

https://knowyourmeme.com/memes/greater-internet-fuckwad-theory

これは単に間違っているだけでなく、危険な間違いだ。オンラインで素性を明かすよう強制すれば議論の質が向上するなんて考えは、まったくもって事実ではない。Facebookは、マーク・ザッカーバーグの「2つのアイデンティティを持つことは不誠実だ」という主張に基づき、「実名」ポリシーを採用したことで知られている。

https://www.zephoria.org/thoughts/archives/2010/05/14/facebook-and-radical-transparency-a-rant.html

この主張された信念に基づいて、ザッカーバーグは「nymwars(訳注:実名ポリシー論争、主にGoogle+/YouTubeの実名化ポリシーを巡って用いられた言葉)」を開始し、各ユーザの本名が何であるかの唯一の裁定者となり、予想通りの悲喜劇的な結果を招いた。

https://www.kalzumeus.com/2010/06/17/falsehoods-programmers-believe-about-names

ご存知のように、Facebookはインターネット上で最も有害な対人行動の温床だ。それは、「本名」を名乗っているのに、ではない。むしろ、本名を名乗っているからだ。結局のところ、いじめやハラスメントの標的となる弱い立場の人々こそ、自由に発言するために匿名やハンドルネームを必要とする。「本名」の使用を強制したところで、力のある加害者は罰せられることなく好き放題に発言する。その一方で、被害者は押し黙るか、オフラインでも標的にされるかの選択を迫られる。

これは命にも関わる問題だ。カンボジアの独裁者フン・セン は、Facebookの実名ポリシーを反体制派の素性を知る手段として利用し、自らの意に反する者を拘束、拷問、殺害した。カンボジア人ディアスポラは、自分の素性を明かして故郷の家族を危険にさらすか、黙るかの選択を迫られている。

https://www.buzzfeednews.com/article/meghara/facebook-cambodia-democracy

私が出会ったド級のインターネット・ファックワード(何人かの大物も含む)には、本名で発言することをまったく恥じていない人もいた。一方、私がオンラインで知った素敵な人々には、決してオフラインでの名前を明かさなかった人もいる。グレーター・インターネット・ファックワード理論はまったくもって正しくない。

しかし、匿名性が全く無害だというわけではない。ある種の匿名性を確実に利用して、卑劣な行為をし、多くの人々に深刻な害を及ぼす連中もいる。企業によるいじめだ。

Tinyletterを例に取ろう。Tinyletterは、バイラルや金儲けのためではなく、単に誰かと話したい人のために作られた、愛されたニュースレターアプリだった。このサービスはMailchimpに売却され、そのMailchimpは Intuitに売却され、Intuitはこのサービスを終了した。

https://www.theverge.com/24085737/tinyletter-mailchimp-shut-down-email-newsletters

Tinyletterは小さな宝石のようなサービスだった。運営コストはほとんどかからず、毎日無数の人々の生活を豊かにしていた。その閉鎖は、堕落したIntuitのマネージャーがある日目覚めて「あの連中はクソったれだ。クソくらえ」と言ったからだ。

その人物が誰なのか誰も知らない。その人物が、Tinyletterの閉鎖によって生活の彩りを失ったユーザたちの目に晒されることはない。その人物こそグレーター・ファックワードであり、そのファックワード性は匿名性に依存している。

あるいは、Pixsyを例に取ろう。Pixsyは、コピーレフト・トロールに手を貸し、クリエイティブ・コモンズの些細な帰属表示の間違いを見つけては、何千ドルもの大金を支払うよう脅迫するのを助ける企業だ。

https://pluralistic.net/2022/01/24/a-bug-in-early-creative-commons-licenses-has-enabled-a-new-breed-of-superpredator/

コピーレフト・トロールはまったくもって堕落した行為であり、ボランティアが運営する非営利団体を破産させることになっても、自らが引き起こす害に全く無関心で、強欲なファックワードによる小銭稼ぎだ。

https://pluralistic.net/2023/04/02/commafuckers-versus-the-commons/

Pixsyは「アーティストの権利を守る」仕事に誇りを持っていると言う。だが私がこの非倫理的な法的脅迫に署名した担当者の名前を挙げると、Pixsyのケイン・ジョーンズCEOは私を訴えると脅してきた。

https://pluralistic.net/2022/02/13/an-open-letter-to-pixsy-ceo-kain-jones-who-keeps-sending-me-legal-threats/

企業の匿名性への期待は根深く、報道機関も驚くほど共犯的だ。かつて私は、グローバル企業の慣行についての調査記事に何週間も取り組んだことがある。私は何度も、その企業のコミュニケーション担当VP と電話で何時間も話した。彼らはそのたびにこう言った。「もちろん、記事では私の名前は出さないでください。すべて『広報担当者』と書いてください」。

私は困惑した。彼らが話したことは秘密ではないし、彼らは内部告発者でもなければ、秘密をリークしたのでもない。彼らは企業の幹部として、私に企業の公式な方針を伝えたのだ。なのに、彼らはその記事に自分の名前を出すなと言う。

この体験を『ガーディアン』の記事を書いた。私は10年以上にわたって『ガーディアン』に寄稿してきたが、編集者に却下されたのはこの記事だけだ。

https://memex.craphound.com/2012/05/14/anodyne-anonymity/

報道機関がこの種の匿名性に敬意を払っていることを考えると、公式の広報担当者が匿名の発言にしてくれと言ってくるのも無理はない。私は常日頃、企業の広報担当者から、彼らの雇用主の行動に関する私の見解に異議を唱えるメールを受け取っているが、彼らの疑わしい、しばしば明らかにウソの発言を伝えるのに、実名を出してくれるなと言ってくる。

つまり、彼らは、匿名のベールに隠れて悪行を重ねるグレーター・コーポレート・ファックワードなのだ。そのような冷酷な悪意、堕落、詐欺は、間違いなく匿名性に依存している。

マーク・ザッカーバーグは、「複数のアイデンティティ」が悪い行動を可能にすると主張した。まるで、上司、恋人、両親、幼児、床屋と同じように関係をを結ぶことがあたかも健全であるかのように。ザッカーバーグの動機は全くもって明白だった。「複数のアイデンティティ」を持つことは、「誠実さに欠ける」のではない。単に、広告のターゲティングを難しくするだけだ。

しかし、Facebookのメタクソ化はザッカーバーグ一人で成し遂げられたわけではない。その過程には、無数の、匿名のFacebookマネージャーたちが関与したのだ。もちろん、恣意的なKPIのためにFacebookユーザをを危険にさらすような提案に対して、Facebookユーザの利益のために声を上げた人もいただろう。しかし、そのような意見を却下してまでメタクソ化を推し進めているのは誰なのか? 彼らの汚れ仕事は間違いなく匿名性に頼っている。

Pluralistic: The real problem with anonymity (04 Mar 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: March 04, 2024
Translation: heatwave_p2p