以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「What the fuck is a PBM?」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

末期資本主義がしぶとく生き延びているのは、その巧妙な防衛システムのおかげだ。これを葬り去るには、まずその防衛システムを破壊しなければならない。中でも「退屈の盾」は、死に体の資本主義者たちが振りかざす最強の防具だ。だからこそ、正面からぶち壊す価値がある。

この「退屈の盾」というのは、ダナ・クレアが名付けた秀逸な表現だ。要するに、あまりにも退屈すぎて頭に入らない、記憶に残らないものを指す。金融業界では「MEGO」(目が曇るMy Eyes Glaze Over)とも呼ばれている。あえて複雑にこねくり回した金融取引のことで、頭のいい連中でさえ、その絡まった糸を解くのに四苦八苦している。我々凡人は、分厚い目論見書を両手で持ち上げ、「こんな大きな糞の山なら、下にはさぞかし素敵なポニーでも隠れているんだろう」と思い込むしかない。

この「MEGO」と「退屈の盾」こそが、末期資本主義の馬鹿げた詐欺に重要な役割を果たしている。あからさまな詐欺を、ごちゃごちゃした言葉と複雑怪奇な支払いスキームで覆い隠す。そうすれば、詐欺師どもが我々の財布をスッカラカンにするまでの間、なんとなく立派に見えてしまうのだ。もっとも、いずれは「おや? 何かがおかしいぞ」と気づくことになるのだが。

大金融危機前夜の数年間に、「CDO」だの「シンセティックCDO」だの「ARM」だのと、訳の分からない金融用語に頭を抱えていたなら、それこそが「退屈の盾」の経験だ。さらにそんなものに家や退職金を賭けていたなら、それこそが「MEGO」の体験だ。バブルが弾けた後、「ああ、結局あの難しそうな金融商品って、ただの詐欺だったのか」と悟ったなら、あなたはスタインの法則(「永久に続かないのなら、それはいずれ止まる」)を体感したわけだ。そして今、CDOが何だったかすっかり忘れているなら、あなたは再び「退屈の盾」を経験していることになる。

2008年の惨劇は、末期資本主義の終焉どころか、序の口に過ぎなかった。市場はあいも変わらず、カーボンオフセット取引、メタバース、暗号通貨、金融化された太陽光発電設備、そして(もちろん)AIといった新手の複雑な詐欺を生み出している。これに加えて、2000年代の最悪の詐欺をさらに悪化させる新しい手口まで編み出している。

そこで登場するのが、米国の医療産業と、呆れるほどに複雑で腐敗しきったファーマシー・ベネフィット・マネージャー(PBM)だ。2008年以降、この病巣はさらに悪化の一途を辿っている。

これまで少なくとも20回は、PBMの詐欺の仕組みを理解しようとしてきた。それでも、PBMの話が出るたびに、また一から勉強し直さなければならない。なぜなら、 PBMこそ、末期資本主義のモンスター図鑑の中で、最強の「退屈の盾」を持つクソモブだからだ。

今、PBMが再び注目を集めている。連邦取引委員会(FTC)が、糖尿病患者から法外なインスリン代を巻き上げているとして、大手PBMを提訴したからだ。これを受けて、「そもそもPBMって何なんだ?」という解説記事が続々と出てきている。その質はピンきりだが、予想通り、最高の解説はマット・ストーラーによるものだ。

https://www.thebignewsletter.com/p/monopoly-round-up-lina-khan-pharma

ストーラーはまず、製薬会社に騙されるのが米国人の誇り高き伝統だと指摘する。すでに1950年代には、テネシー州選出のエステス・キーフォーバー上院議員が、世界中どこよりも高い薬価を米国民に押し付ける製薬会社の詐欺的手法について公聴会を開いた。

ところが2010年代に入ると、米国人は目を疑うような、法外な、あり得ない薬価を払わされるようになった。例えば、Eli Lilly社のインスリン製剤Humologは、1999年には21ドルだったのが、2017年には274ドルにまで跳ね上がった。なんと1200%の値上げだ! これはもう、昔ながらの価格吊り上げどころの話じゃない。

こんな不条理な価格はどこから来たのか。その物語は2000年代に遡る。ジョージ・W・ブッシュ政権が健康保険会社に「高額免責」プランの創設を促した。このプランでは、患者は数千ドルの閾値に達するまで自腹を切らされ、その後にようやく保険が効くようになるという仕組みだった。「自己負担」やその他の迷惑料金と合わせて、これらは「コストシェアリング」と呼ばれ、医療システムの「乱用」を防ぐ魔法の杖として売り込まれた。

末期資本主義の理論武装を担当した経済学者たちは、こう主張した。米国人が世界の他の国々より医療費を払わされているのは、米国が健康を儲けの種にしているからじゃない。他の国々が健康を人権だと考えているのとは違うんだ、と。

いやいや、米国の医療産業の問題の本当の原因は、米国人の道徳的欠陥にあるんだ、と。保険に入っている米国人は好き勝手に医者に行けるから、システムの利用を控える動機がないんだ。ちょっと鼻水が出ただけで、待合室の雑誌を読んだり、人事部と病欠の手続きをする喜びを味わうために、医者の診察を受けに行く。しかも、本当のコストを負担することなく。

https://pluralistic.net/2021/06/27/the-doctrine-of-moral-hazard/

「コストシェアリング」は、米国の保険加入者全員に「痛み」を与えるためのものだった。贅沢な医者の診察を受けようと思うたびに、少しばかり痛みを覚えるようにしたのだ。もちろん、この支払いは最低賃金労働者ほど最も強い痛みを感じる。10ドルの自己負担は、年収6桁(訳注:ウン千万円)の人間よりも、最低賃金で働く人間にとってずっと負担になるからだ。一方で、副社長や役員連中には、免責額や自己負担の少ない、あるいはゼロの「ゴールドプラン」が用意された。なぜか。 エリートはただの労働者には理解できないほど、ドルの価値を理解しているからだ。つまり、彼らには本当に必要な時だけ医者にかかるという信用がある、というわけだ。

こうして、高額免責プランがあらゆる職場に浸透していった。そこへオバマとACA(Affordable Care Act)が登場する。医療を営利事業のままにしておく(つまり、まだ人権ではない!)が、すべての米国人に保険加入を義務づけ、保険会社にはすべての米国人に保険を提供することを義務づける。そして公的資金で営利目的の医療産業に補助金を出すという妥協の産物だ。

予想通り、オバマケア取引所で提供される最安値の保険――最終的には雇用主が提供する保険――は、とんでもなく高い免責額と自己負担額が設定されていた。こうすることで、保険会社は多額の公的補助金を懐に入れ、ほとんど定職に付いていない人でも支払えるほど「安い」保険プランを提供しながら、加入者が年間数千ドルを自己負担するまでいかなる補償もせずに済む。

ここまでが背景だ。GWブッシュが高額免責プランを作り、オバマがそれを強化した。これを念頭に置いて、PBMセクターのMEGOの仕組みを見ていこう。

保険会社には、保険対象となる医薬品のリスト「処方薬一覧フォーミュラリー」がある。フォーミュラリーには、保険会社が薬剤師に支払う薬代の上限も明記されている。このフォーミュラリーの作成や、薬局への支払いは手間がかかるため、保険会社は、これを第三者に委託している。その第三者こそ――お待ちかねの――ファーマシー・ベネフィット・マネージャー(PBM)だ。

PBMが保険会社のために作成するフォーミュラリーの価格を「リスト価格(希望小売価格)」という。これは薬の「定価」のようなもので、非保険加入者が有効な処方箋を持って薬局に飛び込んできた場合に請求される価格、ということになっている。

でも、ストーラーが指摘するように、この「リスト価格」は実際には誰にも請求されない。リスト価格は、いつでも50%オフの「セール価格」で売るディスカウント家具店の値札の「定価」のようなものだ。もちろん、その粗悪なソファやチャチなダイニングテーブルの椅子が、定価で売られることは決してない。

理論的には、PBMには利点がある。特定の保険会社のプラン加入するすべての人のために価格交渉が行われるため、より安く薬を買えるはずだ。例えば、あなたが製薬大手のSanofiで、OptumRXのフォーミュラリーを使う人々に自社のLantusインスリンを提供したいなら、OptumRXを説得してフォーミュラリーに入れてもらわなくてはならない。

OptumRXは、他のPBMと同様に、フォーミュラリーに載せてもらいたい製薬会社に「リベート」を要求する。表向きは、英国NHSに代わって医薬品の価格交渉行うNICEのやり方に似ている。NICEも英国の国民全員が医薬品を利用できるよう、製薬会社と価格交渉を行い、その結果、非常に良い条件を引き出している。

ところが、OptumRXはリスト価格を下げるための交渉はしない。もっとリベートを上乗せしろと交渉するのだ。つまり「価格」は高いままだが、OptumRXはそのリベートのおかげで、そのごく一部しか払わずにすむ。OptumRXのフォーミュラリーでは、Lantusインスリンは403ドルとなっている。しかし、Lantusを製造するSanofiは、そのうち339ドルをOptumRXにリベートとして払い戻し、Lantusには64ドルしか残らない。

ここで詐欺の本領が発揮される。あなたの保険会社は、OptumRXが実際に払う64ドルじゃなく、リスト価格の404ドルを基にあなたの免責額を計算する。高額免責プランに入っていて、まだ上限に達していないなら、実際の価格が64ドルであろうと、あなたはインスリンに404ドル払わされる

さて、あなたは保険会社がこんな悪行を見逃すのはおかしいと思うかもしれない。保険会社がPBMを選び、そのPBMが保険会社の顧客から金を巻き上げている。だからPBMを叩きのめして、このクソみたいなことをやめさせるのが保険会社の仕事じゃないか、と。では、なぜ保険会社はこのバカげたことを黙認しているのか?

理由は簡単だ。PBMは大手健康保険会社の子会社だからだ。UnitedHealthはOptumRxを、AetnaはCaremarkを、CignaはExpressScriptsを所有している。つまり、あなたを騙しているのはPBMじゃなく、あなたが加入している保険会社なのだ。保険会社は、本来なら保険でカバーされるはずの薬の代金を払わせているだけじゃない。その薬にあなたが支払う免責額を丸々懐に入れているのだ。

さて、もう一人、あなたの味方としてPBMに物を言える立場にある人物がいる。あなたのボスだ。結局のところ、あなたのボスこそが保険会社を選び、あなたに代わって交渉する立場にある。あなたは助手席に乗っているだけで、ハンドルを握っているのはあなたのボスなのだから。

その答えが「じつは健康保険会社があなたの会社も買収していた」なら、実に笑える話だ。あなたのボスとPBM、保険会社が全部同じ人物で、忙しく役割を取り替えながら、コールセンターのデスクに3つの電話――1つは「保険会社」、2つ目は「PBM」、最後の1つは「人事部」とラベル付けされている――を置かせて、コールスタッフが死んだ目で電話を取っている……なんて状況だったら。

でも、(まだ)そこまではいっていない。保険会社はあなたの会社を買収したわけじゃない。彼らが買収したのはあなたのボスだ。つまり、あなたが騙されて支払っている免責額や自己負担額のキックバックを、保険会社はあなたのボスと山分けしている。PBM詐欺バースscamoverseにはとてつもない額の金(あなたの金)が流れている。その分け前にあやかっている連中が、あなたへの搾取をやめようなんて言い出すはずがない。

これがPBM詐欺の仕組みだ。PBMは健康保険会社の隠れ蓑に過ぎず、高額免責プランを利用して、製薬会社から巨額のキックバックを得る。そして、あなたから法外な手数料を巻き上げ、その略奪品をあなたのボスと分け合う。あなたがより激しく搾取されればされるほど、ボスの取り分も増えるというわけだ。

でも、まだまだ終わらない! 結局のところ、ビッグ・ファーマは黙っていじめられているような弱虫じゃない。なんたって彼らはビッグなんだ。なのに、なぜこの巨額のリベートに抵抗しないのか? その理由は、彼らには賄賂を払う余裕があるが、より安価な薬を製造する企業にはその余裕がないからだ。より安価な新薬を開発した新興バイオテック企業だろうと、リスト価格の数分の1で薬を製造するジェネリック製薬会社だろうと、PBMのフォーミュラリーに載せてもらうのに必要な巨額の資金は持ちあわせていない。もちろん、ビッグ・ファーマだってキックバックをもっと抑えたいとは思っている。だが、ビッグ・ファーマの視点では、PBMが要求する最適な賄賂の額はゼロじゃない。むしろその逆だ。ビッグ・ファーマにとって理想的な賄賂の額は「小規模な企業が支払える最大額」より1セント高い額だ。

システムの目的は、そのシステムが実際に行っていることに現れてくる。PBMシステムは、米国人が最も高価な薬しか使えず、それに対して可能な限り高い金を払わされるようにしている。それは同時に、保険会社とボスを肥やし、ビッグ・ファーマのカルテルを新興企業から守っている。

だからこそ、FTCはPBMを価格カルテルで訴えている。ストーラーが指摘するように、彼らはFTC法第5条の権限を用いて、「不公正な競争方法」を阻止しようとしているのだ。

https://pluralistic.net/2023/01/10/the-courage-to-govern/#whos-in-charge

この訴訟は行政法判事が裁定を下すが、そのプロセスは連邦裁判所よりずっと速い。FTCがインスリンに関するPBM詐欺が違法だと証明できれば、他の医薬品の詐欺を攻撃するのはグッと楽になる(インスリン詐欺はもう終末期だ。連邦政府が義務づけた35ドルのインスリンが登場し、同時に新しい糖尿病治療薬も市場に出回り始めているからだ)。

当然、PBMがおとなしく引き下がるわけがない。Cigna/ExpressscriptsはすでにFTCを名誉毀損で訴えている。FTCが行った市場調査で、Cignaが我々から金を巻き上げている手口をあからさまに暴露したからだ。この訴訟を担当しているのは、リック・ルールというレーガン時代の下っ端の悪役で、ストーラーが「バーに入りびたる、寂しげな多国籍企業のナンパ師」と評する男だ。

名誉毀損の主張なんてハチャメチャもいいところだが、それでも面白い。ゴキブリの酷さを描こうとした映画――害虫駆除業者が現れると、ゴキブリたちがコーラスラインを組んで、バスビー・バークレー風のダンスを披露する――を見せてくれているようだ。

https://www.46brooklyn.com/news/2024-09-20-the-carlton-report

さて、我々はここまで来た。FTCはレントシーカーどもを安楽死させようとしている。つまり、医薬品をできる限り高くするためだけに存在する、無用な経済的中間搾取者を世界から一掃しようとしている。彼らは製薬カルテル、保険カルテル、そしてあなたのボスと共謀して、退屈の盾に守られながら、この陰謀を堂々と行っている。

もし私の説明がうまくいっていれば、あなたは今、このMEGO詐欺の仕組みを理解できたはずだ。そして、10分後にそのすべてを忘れてしまっても(MEGOの性質上、十分あり得る)、それでいい。ただ、これがとんでもない詐欺だということだけは覚えておいてほしい。そして、もし詳細を思い出したくなったら、いつでもこの記事を読み返してくれ。

(Image: Flying Logos, CC BY-SA 4.0, modified)

Pluralistic: What the fuck is a PBM? (23 Sep 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: September 23, 2024
Translation: heatwave_p2p