以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Canada shouldn’t retaliate with US tariffs」(2025年1月15日公開)を翻訳したものである。
5年前、トランプは米国・メキシコ・カナダ間の「自由貿易協定」であるNAFTAに代わるUSMCA(US-Mexico-Canada Agreement)を「大きくて美しい」協定だと絶賛した。とはいえ、トランプのUSMCAはNAFTA-2とも呼ばれ、NAFTAとほとんど大差のないものだった。
この事実は2つのことを意味する。1つは、NAFTAが総じてトランプと彼を支持する超富裕層の寄付者たちにとって都合の良いものだったということだ(NAFTAのおかげで、彼らはさらに富を築いた)。だからこそトランプはNAFTAの骨格を変えることはなかった。NAFTAとUSMCAは根本的に、貧しい人々からさらに富を吸い上げ、富裕層をより豊かにするための仕組みにすぎない。トランプの支持基盤がNAFTAを憎んでいたのは、より安価な労働力と緩い環境規制を求めて他国に雇用が流出し、賃金が下がっていくという現実を(正しく)見抜いていたからである。NAFTAもUSMCAも、輸出品の製造を組合員に任せることや、環境基準や職場の安全規則が整った工場での生産を義務付ける条項を定めてはいない。
NAFTA/USMCAの目的は、環境を破壊し、労働者を危険にさらし、賃金を搾取し、より安い賃金で雇用し、地球を汚染することで利益を膨らませることにある。トランプの「新しい」NAFTAは、表面的な変更を加えただけの古いNAFTAであり、それはトランプの支持基盤に(一時的にせよ)NAFTAの歴史的な過ちを正していると思い込ませるためのものだった。
ただし、USMCAにはNAFTAと大きく異なる部分が1つあった。「IP(知的財産)」の章だ。USMCAはカナダとメキシコに容赦のないIP法の導入を強いた。例えば、メキシコは「デジタルロック」の改変を犯罪とする反迂回法の制定を余儀なくされた。これにより、メキシコの整備士は米国の自動車メーカーが第三者による修理を阻止するために設けたロックを解除できなくなった。メキシコの農家も自分のトラクターを修理できない。そしてもちろん、メキシコのソフトウェア開発者もゲーム機やモバイルデバイスの代替アプリストアを作ることができない――彼らは必ず米国のビッグテック企業を通じてソフトウェアを販売しなければならず、売上の30%を徴収されるのだ。
https://pluralistic.net/2020/09/09/free-sample/#que-viva
実はカナダはこの時点で、すでにその要求の大部分に屈していた。2012年、カナダ保守党のトニー・クレメントとジェームズ・ムーアという2人の政治家が、新しいDRM法のパブリックコメントに寄せられた6,138件もの反対意見を(「過激派」の「子供じみた」意見として)無視し、わずか54人の変人と業界の御用達が支持した提案を採用することで、国を売り渡してしまった。
https://pluralistic.net/2024/11/15/radical-extremists/#sex-pest
カナダの政治家たちは、相互運用性に敵対的な政策がカナダにどのようなメリットをもたらすのかと問われると、決まって「自由貿易の条件だから」と答えてきた。米国にカナダの商品を関税なしで輸出できるメリットは、消耗品(自動車部品やプリンターインクなど)、修理、ソフトウェア販売で米国企業に支払うレントを上回るのだ、と。
確かに、カナダのソフトウェア開発者がカナダのユーザにiPhoneアプリを売る場合、支払いはカリフォルニア州クパチーノを経由して30%減って戻ってくる。その見返りに、カナダの消費者は関税なしでiPhoneを買え、カナダが産出する石油、木材、鉱物も関税なしで米国に輸出できる(ああ、カナダでまだ製造されているものもいくつかあるが、それらも同様だ)。
そこへトランプが登場し、就任初日にカナダ製品全般に25%の関税を課すと宣言した。明らかにこれは政策的な対応を迫られる事態である。トランプご自慢の「大きくて美しい」貿易協定を破棄し、カナダの輸出業者に打撃を与えようとしている今、カナダは何をすべきか。真っ先に思いつくのは、米国の輸出業者に25%の報復関税を課すことだろう。
https://mishtalk.com/economics/canada-says-it-will-match-us-tariffs-if-trump-launches-trade-war/
カナダと米国は、どこまでいっても互いにとっての最大の貿易相手国なのだ。米国企業はカナダへの輸出に依存しているため、米国製品への大規模な関税は必ずやトランプを指示するビジネスロビーに痛手を与える。もしかしたら、彼らがトランプを説得してくれるかもしれない。
だが、私はこれが大きな間違いになると考えている。過去4年間で学んだ最も重要な政治的教訓は、物価上昇を招いた政治家は――その原因が何であれ――たちまち有権者の怒りを買うということだ。人々は、コロナ禍の一時的なサプライチェーンショックによるものであれ、ロシアのウクライナ侵攻によるものであれ、あるいはカルテルが「インフレ」を口実に違法に価格をつり上げたせいであれ、インフレに激しい怒りを感じている。
カナダ人は米国からの完成品の輸入に極めて依存している。これもまた、NAFTAがもたらした負の遺産の1つである。NAFTAはカナダの製造業を崩壊に追い込んだ。カナダの製造業は米国を非組合労働力と緩い環境・安全規制を持つ「ニアショア」の供給源とみなし、カナダの組合の仕事は米国のスト破りに奪われていった。カナダ経済は今や「サービス」が中心だと言われているが、実際に我々が輸出しているのは地中から掘り出したものばかりだ。
資源採掘を中心に組み立てられた国には、充実した社会保障制度も、ハイテク人材を育成できる教育システムも必要ない。資源を採掘するために必要なのは、銃で守られた地面の穴だけである。これは、マルルーニー時代以降のカナダの政治的風土の変化を物語っている。
カナダは今や実質的に米国の製造業者のための露天掘り鉱山と化している。そんな状況で米国からの輸入を遮断すれば、日用品の価格は急騰する。それは政治的自殺行為に等しい。
しかし、別の道がある。
なぜなら、カナダは――他のどの国とも同様に――ハイテク製品を含むあらゆるものを作る力を持っているからだ。確かに、iPhoneやAndroidを凌駕するような新しいResearch in MotionのBlackberryスマートフォンを生み出せる可能性は薄い。モバイル市場の二強は市場を支配し、略奪的価格設定や取引拒否、その他の反競争的な戦術で、新たな競合他社を芽のうちに潰すことができる。
では、カナダに何ができるのか? それは、カナダ独自のApp Storeを作ることだ。カナダのソフトウェア開発者がカナダのユーザにカナダのアプリを販売できる店舗で、Appleの30%ではなく、標準的な決済手数料である5%を課す。同様に、Android、Playstation、Xbox向けのアプリストアも作れる。
カナダのアプリストアは、カナダのソフトウェア開発者だけに限定する必要もない。世界中の開発者に5%という手数料で販売機会を提供し、米国のビッグテック企業に搾取されないカナダのアプリストアを世界中のユーザが利用できるようにするジェイルブレイクキットを提供できる。
Honeybeeのようなカナダ企業はすでにJohn Deereトラクター用の「フロントエンド」――トラクターを耕運機や脱穀機、その他の重農機具に変換するコンポーネント――を製造している。しかし、DeereはデジタルロックでHoneybeeの製品との接続を阻んでおり、同社は常に苦境に立たされている。
カナダはJohn Deereトラクター用のジェイルブレイクキットも製造できる――しかもHoneybee向けだけではない。商業的に利用可能で専門的なサポートを受けられるJohn Deereのジェイルブレイクキットは、世界中のアグリテック企業にとって福音となるだろう。トラクターを自分で修理する権利を取り戻せる農家にとっても同様だ。
https://pluralistic.net/2022/05/08/about-those-kill-switched-ukrainian-tractors/
修理といえば、カナダ企業はあらゆるメーカーとモデルの米国製自動車のジェイルブレイクを手がけ、世界中の整備士が数百ドルで購入できる独自の、常時更新される診断ツールを開発することもできる。自動車メーカーが機能の劣る粗悪なツールに数万ドルもの法外な金額を要求することもなくなる。
車のジェイルブレイクは修理だけにとどまらない。例えばTeslaは、まさに巨大なレント抽出装置と化している。Teslaに搭載された「機能」――バッテリーのフル充電へのアクセスなど――をすべて使おうとすれば、車の寿命期間中に数万ドルものサブスクリプション料金を支払わなければならない。しかも車を売却する際には、「ダウンロードコンテンツ」は丸ごと没収されてしまう。メーカーのアップグレードに数千ドルを費やしても、中古のTeslaに上乗せして支払おうとする買い手はいない。所有権証書を譲渡した時点で、すべてがダウングレードされてしまうからだ。
しかし、カナダ企業なら1回の手頃な料金で車のすべての機能をアンロックするTeslaのジェイルブレイクキットを作れる――そして世界中のTeslaオーナーに販売できるのだ。
イーロン・マスクは何一つ発明していない。彼は単に他人のアイデアの手柄を横取りしているだけだ。れは悪しきアイデアについても然り。マスクはTeslaの搾取的な手口を自ら発明したわけではない。その手口は、HPなどのインクジェットプリンターメーカーから盗んだものだ。これらの企業は、ジェイルブレイクが違法であることを利用して、プリンターインクを1ガロン1万ドル以上という世界で最も高価な液体の1つに仕立て上げた。
カナダ企業は、「サブスクリプション」サービスから切り離し、サードパーティ製インクを検知して拒否する迷惑機能を無効化するインクジェットプリンター用のジェイルブレイクキットを販売できる。間違いなく、世界中で飛ぶように売れるだろう。
では、サードパーティ製のアドオン、改造、ジェイルブレイクで米国の独占企業の法外な利益を奪うことに焦点を当てたカナダの産業政策の妨げになっているものは何か?
それは、米国市場への無関税アクセスと引き換えにカナダが受け入れたIP法だけである。そう、トランプが1週間以内に終わらせると約束した、あの無関税のためのIP法だけである。
カナダはこれらの法律を破棄すべきだ――ただし、米国製品への関税は課すべきではない。そうすれば、カナダ人は引き続き安価な米国製品を購入でき、その上、それらの商品の消耗品、部品、ソフトウェア、サービスにかかる費用を年間数十億ドル単位で節約できる。
これは米国の大企業を最も痛めつける手段となる――法案C-11(ジェイルブレイクを禁止する法律)のようなIP法を通じて、カナダ人から絞り取っている利益を直撃してやればいい。カナダは世界的なハイテク輸出大国となり、自動車部品からインスリンポンプまで、米国のテック独占企業の最悪の慣行を脱メタクソ化する「補完的な」製品を売り出すことができる。
これこそが、カナダの政治家が米国に対して勝利を収められる唯一の貿易戦争の形だ。関税によってカナダ人の物価は上がらず、アプリ、修理、部品、アップグレードの価格は劇的に下がる。新たなハイテク製造部門が世界中の顧客から巨額の資金を引き寄せることにもなる。
カナダは米国のような大国相手でも、この種の戦いなら勝てる。実際、我々はかつて、それをやってのけたのだから。
https://www.youtube.com/watch?v=5CK3EDncjGI
Pluralistic: Canada shouldn’t retaliate with US tariffs; Picks and Shovels Chapter One (Part 6 – CONCLUSION) (15 Jan 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: Posted on January 15, 2025
Translation: heatwave_p2p