以下の文章は、電子フロンティア財団の「‘IBM PC Compatible’: How Adversarial Interoperability Saved PCs From Monopolization」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

敵対的相互運用性は、市場支配的企業の意に反して、支配的製品やサービスと連携する新製品や新サービスを作り出したときに生まれる。

黎明期のレコードをはじめ、古くから敵対的相互運用性の事例は数多く存在しているが、コンピュータ業界は常に競争と革新性を維持するために敵対的相互運用性に頼ってきた。これはまさにパーソナル・コンピュータもそうであった。

1969年から1982年にかけて、IBMはメインフレーム・コンピュータの独占をめぐり米司法省と争っていた。司法省は1982年に訴訟を取り下げたが、そのころにはすでにメインフレームの重要性は低下し、代わりにパーソナルコンピュータが台頭するなどコンピューティング市場は変化していた。

PC革命はIntel 8080チップに負うところが大きい。この安価なプロセッサは、当初は組み込みコントローラ市場を開拓したが、やがて初期の(もっぱら趣味人たちが組み上げていた)パーソナルコンピュータ市場の基盤を築いていった。Intel 8086や8088のような16ビットチップへと進化するなか、IBMは自社パーソナルコンピュータ製品を引っさげてPC市場に参入し、たちまちPCハードウェアのデファクトスタンダードとなった。IBMは、(「IBMを買ってクビになったも者はいない」と言われたほどの)知名度や製造経験を基盤とした信頼性をもとに、断片化したPC市場を席巻した。

IBMの成功を受けて複数のメーカーがPC市場に参入すると、Intelベースのパーソナルコンピュータのエコシステム全体がIBMと競合することになった。

理論上は、いずれのコンピュータでもマイクロソフトのオペレーティングシステム「MS-DOS」(シャトル・コンピュータ・プロダクツ社から購入した86-DOSをベースにしていた)を実行することはできた。だが実際には、コントローラやその他コンポーネントの異同により、任意のコンピュータ上でMS-DOSを実行するにはかなりの調整(tweak)が必要だった。

あるコンピュータ会社が新たなシステムを構築してMS-DOSを実行しようとすると、マイクロソフトはその製造業者にフェニックス・ソフトウェア社(現フェニックス・テクノロジーズ社)を紹介することになっていた。同社はマイクロソフト推奨の統合パートナーで、若きソフトウェア/ハードウェア・ウィザードのトム・ジェニングス(先駆的なBBSネットワークソフトウェア「FidoNet」の開発者でもある)が新たなシステム上で走るMS-DOSのカスタム・ビルドを作成するというかたちをとっていた。

これは確かに機能はしたが、VisicalcやLotus 1-2-3のような主要ソフトウェアパッケージは、メーカーのシステムごとに異なる「PC互換」バージョンをリリースしなくてならないということも意味していた。あらゆる面で、面倒で、エラーを起こしやすく、金がかかった。たとえば小売業者は、主要なソフトウェアプログラムごとに、わずかな違いしかない複数のバージョンの在庫を揃えなければならなかった(ソフトウェアが実店舗で、ビニール袋やシュリックパック包装された箱に入ったフロッピーディスクで販売されていた時代のことだ)。

PCの登場により、IBMはシステム全体からサブコンポーネントまでを製造することで優位性を追求するというそれまでのビジネスからの脱却を迫られることになった。だがむしろIBMは、MS-DOSやIntel 8086チップなど、既存のPCベンダーが使用していたのと同じ汎用部品を組み込んだ「オープンな」設計を採用した。このオープンなハードウェアに対応するため、IBMは、すべてのピン、すべてのチップ、プログラマがIBMファームウェアと対話するためのあらゆる方法(今でいう「API」のようなもの)、そしてプロプライエタリなROMチップの非標準仕様(たとえばシステムにバンドルされたフォントの保存先のアドレスなど)を網羅した些細な技術仕様書を公開した。

IBMがPCの標準となったことで、競合ハードウェアメーカーはIBMのシステムと互換性のあるシステムを開発しなければならなくなった。ソフトウェアベンダーは各社独自のハードウェア構成のサポートにほとほと疲れ切っていたし、ITマネージャーも同じソフトウェアなのに複数のバージョンを使い分けなければならないことにうんざりしていた。非IBM PCがIBMのシステムに最適化されたソフトウェアを実行できなければ、これらシステムの市場は縮小と衰退の道を歩むことになっていただろう。

そこに答えを出したのがフェニックス社だった。フェニックス社はジェニングスに、IBMのROMに含まれるあらゆる機能(IBMが文書化した、将来的なサポートが保障されていない非標準機能も含む)を網羅した詳細な仕様書を作成するよう依頼した。フェニックス社はその後、Intelのコードを書いたこともなければIBM PCを操作したこともないプログラマを集めた「クリーンルーム・チーム」(訳註:リバースエンジニアリング・チームとは完全に独立した再実装チーム。クリーンルーム設計についてはWikipediaの項目を参照のこと)を雇った。プログラマたちはジェニングスの仕様をもとに新たなIBM PC互換ROMを作り上げ、フェニックス社はIBMのライバルに販売した(訳註:フェニックス社のIBM互換ROMの開発についてはこちらの日本語記事にも詳述されている)。

フェニックス社のROMのおかげで、ライバル企業はIBMと同じコモディティコンポーネントでシステムを構成できるようになり、IBM PCで動作するのと同じMS-DOSやアプリケーションプログラムをサポートできるようになった。

そのようなわけで、コンピューティング市場を席巻、支配してきたIBMという企業が、PCを独占できなかったのである。むしろPC市場は数十のメーカーがしのぎを削り、IBMの基本アーキテクチャを斬新かつ革新的な手法で拡張し、価格競争を繰り広げ、最終的に現代のコンピューティング環境を作りあげていった。

フェニックス社の敵対的相互運用性は、IBMがどのライバル社よりも資本、知名度、流通の面で勝っていたにもかかわらず、市場から競合他社を排除できない状況を生み出した。その結果、IBMはライバル社から追い上げられ、ときに追い抜かされながら、常に挑戦され、鍛えられていったのである。

だが今日、コンピューティングは一握りのプレイヤーに支配されており、各種デバイスに互換性のあるシステムを作れるのは1つのベンダーに限られている。iPhoneアプリを実行したければ、かつてのIBMよりも強大・強力なアップル社からデバイスを購入しなければならないのだ。

なぜ我々はこうした支配的プレイヤーの市場に敵対的相互運用性の侵入を見ることができなかったのか。なぜAppleのAPIを再現し、コードを実行するiPhone互換デバイスが存在しないのか。

PC戦争以降、敵対的相互運用性が絶えず損ねられてきたためだ。

  • 1986年、議会は包括的な「ハッキング禁止」法としてコンピュータ詐欺および濫用に関する法律(Computer Fraud and Abuse Act)を可決した。この法律は、Facebookをはじめとする企業によって悪用され、利用規約違反だけを根拠とした多大な損害賠償請求の主張を許している。
  • 1998年、議会はデジタルミレニアム著作権法を採決した。同法1201条は、著作権で保護された(ソフトウェア含む)作品の「アクセス制御」を回避する者に対して、刑事および民事上の制裁を科している。この規定は、ケーブルボックスから携帯電話に至るまで、ロックされたデバイスの機能を拡張しようとする者を脅すための法制度として利用されている。
  • 1980年代にはほとんど耳にすることのなかったソフトウェア特許は近年、米特許商標庁の放任主義的な態度により、技術革新において全く取るに足らないようなものを中心とした特許の壁を作ることを許している。

さらに「契約への不法行為的干渉」のようなドクトリン(これは支配的企業が、厄介な制約や利用規約から逃れるための新製品を生み出した競合他社を脅すことを可能にしている)なども相まって、フェニックス社のような企業が今日、互換ROMを生み出すことはきわめて難しい状況にある。

そのような挑戦に乗り出そうとすれば、クリックスルー契約、暗号化されたソフトウェアを逆コンパイルする際のDMCA1201条のリスク、程度の低い(が、莫大な訴訟費用がかかる)大量のソフトウェア特許、投資家やパートナーを震え上がらせるその他の脅威との戦いを覚悟しなくてはならない。

状況はさらに悪化に一途をたどっており、好転の兆しすら見られていない。オラクルが控訴審にAPIの再実装を禁止させたことで、フェニックス社のROMプロジェクトのような取り組みは、凍結せざるを得ない状況に追い込まれている。

テクノロジーセクターにおける集中は、本来認めるべきでない合併など多様な要因の結果ではある。だが、テクノロジーの世界を再び分散化させようと望むのであれば、敵対的相互運用性の存在を忘れてはならない。歴史的に見ても、敵対的相互運用性は独占に抗うための強力なツールの1つなのだ。未来のフェニックス社とトム・ジェニングスへの道を開くための法改正さえ行われれば、再びその役割を取り戻すだろう。

更新:記事を修正し、IBM PCのローンチに関する不正確な年代表記箇所を削除した。

下記の画像:「IBM PC Technical Reference」は、トム・ジェニングスの厚意によりCC0ライセンスで公開する。

‘IBM PC Compatible’: How Adversarial Interoperability Saved PCs From Monopolization | Electronic Frontier Foundation

Author: Cory Doctrow (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: August 05, 2019
Translation: heatwave_p2p
Materials of Header Image: Boffy b (CC BY-SA 3.0) / Alex Rodríguez Santibáñez