以下の文章は、電子フロンティア財団の「Party Like It’s 1979: The OG Antitrust Is Back, Baby!」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

バイデン大統領が7月9日に発表した「米国経済における競争促進に関する大統領令」は、市場の集中が労働者、市民、消費者など私たちの生活に及ぼす悪影響に対処する方法について、72項目からなる非常に専門的かつ詳細な覚書(メモ)となっている。

一見すると簡潔な産業政策のように見えるかもしれないが、この新たな命令の中には、反トラスト法の世界を根底から揺るがす革新的なアイデアが織り込まれている。

反トラストのパラドックス

現在の反トラスト法は、シャーマン法(1890年)、クレイトン法(1914年)、FTC法(1914年)の3つの柱で構成されている。これらの法律には、その条文のみならず、法案提出者が参加した討論会の記録など、法案が策定された経緯を説明する豊富な文脈がある。これらの法律は、金ぴか時代の産業コングロマリットや、経済の大部分を寡占支配した『泥棒男爵』と呼ばれた資本家たちへの対抗策として生まれた。

このような明確な意図があるにも関わらず、反トラスト法の真の目的は、米国の歴史の中で大きな論争を巻き起こしてきた。1911年にジョン・D・ロックフェラーのスタンダード・オイルが解体されたのを皮切りに、その歴史の大部分において反トラスト法の定説は「有害支配」説であった。業界を支配する企業は、支配しているというだけで潜在的に危険であるという考え方である。優位性を持つ企業は、労働者、サプライヤー、他の産業、工場周辺の住民、さらには政治家や規制当局にまで企業の意思を押し付けることができるためだ。

1980年にロナルド・レーガンが当選すると、「消費者福祉」説に基づく新たな反トラスト理論が登場する。消費者福祉論者は、独占企業は効率的で、より良い製品を低価格で消費者に提供できるため、政府が無差別に独占企業を取り締まれば、我々全員が不利益を被ると主張した。

消費者福祉説の旗手となったのは、ニクソン政権で法務長官を務めたロバート・ボーク判事だった。ボークは保守的なシカゴ学派の経済学者で、『反トラストのパラドックス(The Antitrust Paradox)』という重要な著作を残している。

『反トラストのパラドックス』は、消費者福祉説のほうが有害支配説よりも反トラスト法の方法論として優れていると主張するにとどまらず、米国反トラスト法の隠された歴史のようなものを提示し、消費者福祉こそが常に米国の反トラスト法の意図であり、我々はこれら法律の文面や通過をめぐる議論、そして議会の意図を解釈するさまざまな方法に惑わされてきたのだと主張した。

ボークは反トラスト法の真意を、市民、労働者、人間としてではなく、消費者としての私たちを守ることであると主張した。消費者はより良いものをより安く手に入れたいと考えている。したがって、企業が市場の支配力を利用してより良い製品をより安く作るのであれば、政府は関与すべきではないというのがボークの理論である。

これがその後40年間続いた定説である。この流れは経済界から政府、司法へと広がっていった。追い風になったのは、資金力を背景にしたキャンペーンで、夏のセミナーには連邦判事の4割が参加するほどの成功を収め、判決にも大きな影響を及ぼした

アメリカの朝

誰もがより安く、より良い製品を求めている。だが我々は皆、目の前の消費者問題だけに関心を持っているわけではない。我々は買い物をするだけでなく、親として、配偶者として、友人として、日々を過ごしている。我々は環境や正義や公平性に関心を持っている。そして我々は、この世界がどのように機能するかについて発言権を求めている。

競争が重要なのは、価格を下げたり、製品を良くしたりするためだけではない。競争が重要なのは、それによって我々が自己決定権を行使できるからだ。市場の集中は、我々の文化、建築環境、職場、気候についての選択肢が、ますます少数の手に集約されることを意味する。何十億ものユーザと莫大な資金を抱える企業が、我々の生活について一方的に決定できるようになるということだ。我々の生活の入り込むビジネスが大きくなればなるほど、我々への悪影響もますます増えていく

政府が「消費者福祉」という狭い範囲を超えて企業を規制しなければならないという考えは決して死滅することなく、40年を経た今、唸りを上げて帰ってきた。

FTCの新委員長であるリナ・カーンは、2017年に反トラスト法の分野に登場した。彼女はイェール大学法学部の学生として『アマゾンの反トラストのパラドックス』を出版し、ボークの『反トラストのパラドックス』に徹底的に反論し、消費者福祉に焦点を当てても、それ自体ではうまくいかないことを実証した。カーンは現在、ジョナサン・カンター(現司法省反トラスト局)やティム・ウー(ホワイトハウス技術・競争政策担当大統領特別補佐官)といった「消費者福祉」懐疑論者たちとともに、米国の反トラスト執行をリードしている。

細部に潜む爆弾

バイデンの反トラスト大統領令は細部にまでこだわっており、大統領のアドバイザーたちがさまざまな分野の公益団体と競争問題について深く掘り下げてきたことが伺える。我々は競争法の難解な点について調べるのが大好きなので、この覚書に書かれている技術と競争に関するさまざまな内容を気に入っているが、それ以上に刺激的なのは、そこで示された大局的な視座である。

この覚書がFTCに「消費者の自主性および消費者のプライバシー」の侵害を防ぐために企業集中の取り締まりを求めているのは、この政権が我々の最優先事項のいくつかに注意を払っているという安心感を与えるだけにとどまらない。なぜなら、反トラスト法を、価格の維持だけに限定されない懸念事項と結びつけているためだ。

何十年にも渡る消費者福祉主義の結果、電子フロンティアは「それぞれが他の4つのウェブサイトのテキストのスクショで構成された5つのウェブサイトのグループ」が支配するモノカルチャーに変貌してしまった。これは我々が望んでいたインターネットではない。それがようやく変わりつつあるのだ。

確かに難解でテクニカルな話ではある。だが、我々がより良いデジタルの未来のために戦ってきた30年から学んだことがあるとすれば、重要なことはすべて、退屈でテクニカルな難解さから始まるということだ。DRMからデジタルプライバシー、ボスウェアからブロードバンドに至るまで、我々が関わる問題は、誰もが注意を払わねばならないほど有害になってから、広く注目を集めることが多いのである。

今、我々はどのような企業が存在できるのか、何が許されるかを決定する枠組みが大きく変化する最中に生きている。これは良い方向への変化だ。もちろん、確実なものなど何もない。未来の不確実性もよくわかっている。だが、これは間違いなくチャンスだ。我々は喜んでこのチャンスに飛びつこうと思う。

Party Like It’s 1979: The OG Antitrust Is Back, Baby! | Electronic Frontier Foundation

Author: Cory Doctorow (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: August 12, 2021
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Greyson Joralemon / Jason Leung