以下の文章は、電子フロンティア財団の「Facebook’s Secret War on Switching Costs」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

FTCが8月中旬に提出したFacebookに対する反トラスト法違反の修正訴状を興味深く読んだ。FTCのリナ・カーン委員長はまだ法学部の学生だった頃に、同じくビッグテック企業であるAmazonの独占的な戦術について詳細に分析したことで一躍注目を浴びた。我々は今回の修正訴状で、Facebookが反トラスト法に違反しているという説得力のある主張がなされることを期待していた。

この訴状をめぐる報道の多くは、「パーソナル・ソーシャルネットワーキング」を「関連市場」と定義し、反トラスト法が禁じる行為によってFacebookが同市場を支配していると主張する新資料が注目を集めた。当初のFTCの訴状は、Facebookの独占の状態を十分に説明していないとして却下されていたため、この新資料は訴訟を継続する上で非常に重要である。市場の定義も重要ではあるものの、我々はこの訴状の別の側面に注目したい。それは、どのようなシステムが競争を促進し、どのようなシステムが競争を抑制するのかという問題に、直接答えるものだ。

反トラスト法の執行者や学者がビッグテックについて理論的に説明する場合、彼らは必然的にネットワーク効果」に注目する。「ネットワーク効果」とは、あるシステムを利用する人が増えれば増えるほど、その価値が高まるという効果だ。誰かがFacebookに参加すると、次にその人が他の人をFacebookに参加させる理由になるのである。

ネットワーク効果は現実に起こっている。それを理解せずにネットワークコンピュータの歴史を理解することはできない。有名なところでは、イーサネットネットワークの発明者であるボブ・メトカーフが「メカトーフの法則」という言葉を作った。「通信ネットワークの価値は、そのシステムの接続ユーザ数(n2)の二乗に比例する」。つまり、ネットワークに新しいユーザを追加するたびに、ユーザ同士の接続方法が2倍になるのだ。

だが、ネットワーク効果はあるサービスが大きくなるかを予測するのには適しているが、そのサービスが大きくなり続ける理由を説明できない。

安価なプリンターは、多くの人に自宅用のプリンターを購入させ、多くの小売店にインクや紙を取り扱わせ、企業や学校は自宅でプリントアウトしてくるようにと言ってくるようになるかもしれない。だが、安価なカートリッジを製造している会社がたくさんあるのに、なぜプリンターの所有者は高額なインクを購入するのだろうか。

AppleのApp Storeは信頼できるアプリを見つけるのには最適な方法かもしれないが(これがiPhoneを購入する動機となり、プログラマはiPhoneユーザのためにアプリを作る動機づけになる)、欲しいアプリを見使えたあとに、なぜApp Storeで買い物を続けるのだろうか。アプリのメーカーと直接取引すれば、メーカーはAppleに30%の手数料を支払う必要がなくなるから、割引してくれるかもしれないのに。

Facebookでは、たくさんの人が楽しい時間を過ごしている。だが、その広告監視欺瞞的な敢行モデレーションポリシーが気に入らないのであれば、Facebookをやめて、もっと良いプラットフォームを見つけ(あるいは自分で運営し)、一方でFacebookを(まだ)やめていないコミュニティ、友人、顧客からのメッセージの送受信を続けてみるというのはどうだろうか。

答えは簡単。どれもできない。

Big Printer社は、サードパーティ製のカートリッジを使用できないようにする「セキュリティアップデート」で定期的にプリンタをダウングレードしている。Apple社は、法的・技術的な対抗手段を用いて、ストアで購入しない限りアプリを実行できないようにしている。また、Facebookは総力戦欺瞞的な中傷キャンペーンを駆使して、誰にも自分のツールを自社プラットフォームに接続できないようにしている。

ソフトウェアロック、API制限、法的な脅し、強制ダウングレード――これらがビッグテックがビッグで有り続ける理由だ。

総合すると、こうしたやり口は高い「スイッチングコスト」を生み出す方法であり、高いスイッチングコストはネットワーク効果から配当を守り続けるための方法であり、大きくなり、大きくあり続けるための方法なのである。

スイッチングコストとは、製品やサービスを切り替えるために受け入れねばならない費用を指す経済学用語である。Facebookをやめることで、自分と同じ難病を患っている人たちや、死に際の友人から届いた最期のメッセージ、ビジネスの顧客、クリエイティブなオーディエンス、親戚たちへのアクセスを失うことになるかもしれない。Facebookは相互運用性を阻害することで関係性や思い出を閉じ込め、自社のポリシーに従わせているのだ。

話をFTCの修正訴状に戻そう。FTCの調査員は、不満を持つユーザがより優れたライバルサービスに乗り換えるのを難しくするために、エンジニアや幹部がスイッチングコスト増を検討していたFacebook内部のコミュニケーションを複数引用している。その例をこれから転載するが、その前に重要なポイントを押さえておこう。

  1. スイッチングコストをエンジニアリングによって調整する行為が反競争的であり、反トラストの監視対象であるとFTCが考えていることが示されている。
  2. Facebookは、その成功が強力なネットワーク効果と高いスイッチングコストの双方によるものであることを理解しており、後者を失うと前者が機能しなくなる可能性があることを示している。
  3. スイッチングコストを下げ、そのコストを低く保つことのできる相互運用性は、法制化であろうが、訴訟での和解の一部であろうが、反トラスト法執行のツールボックス内の重要なツールとみなされるべきことが示されている。

それでは、FTCの修正訴状から、スイッチングコストについて議論するFacebookの中の人の事例を紹介しよう。

パラグラフ87:FacebookのM&A部門は、マーク・ザッカーバーグにモバイル。ソーシャルメディア戦略で成功している企業を買収するケースをメールで伝えている。「写真は包括的/スマート・コンタクトや統合されたメッセージングと並んで、ユーザのスイッチングコストを非常に高める最も重要な方法の1つだと考えています。モバイルやウェブでのアップロード、編集、整理、共有の機能がクラス最高レベルであれば、すべてのユーザの写真がそこに集まり、その写真と関連するデータやコメントを持ち出すことができなければ、ユーザが乗り換えることは非常に難しくなるでしょう」。[強調は引用者による]

ここでザッカーバーグの幹部たちが提案しているのは、もしFacebookが家族の写真をFacebookのサイトの中に閉じ込めるように人々を誘い出すことができれば、Facebookはプラットフォームを乗り換えた不誠実なユーザに、それらの写真を没収する罰を科すことができるということだ。

パラグラフ144/145:Facebookアプリの開発者が、そのプロジェクトにライバルサービスを使う人を手助けするかどうかに基づいて、選択的に相互運用性を低下させる計画について、Facebookのエンジニアが議論している。「したがって、我々は文字通り、アプリの脅威度に応じてバケツに分類して、異なるAPIを与えようとしている。これをどうやってドキュメント化するか。ページの一番上に『メッセンジャーアプリを作ろうとしている方はこちらをクリックして、我々があなたに使わせたくないAPIをフィルタリングしてください!』というリンクを置く。また、アプリの機能追加で2から1になった場合にどうするか? どうすりゃいいんだ? メッセージングアプリにFacebookログインを使えなくする? つまり『我々と競争するつもりなら、Facebookとの統合は一切ゆるさない』と伝えろと? ただただ唖然としている。何か倫理的でないように思えるが、その理由をどう説明したものか。ただ、悪者の側にいるんだなってことは感じている」。

パラグラフ187。Facebookの幹部が、スイッチングコストがGoogleの「Google+」のユーザ獲得の妨げになっていることを説明している。「G+の熱心なファンたちは、友人に参加してくれるよう説得するのに苦労している。なぜなら、1) Facebookとのはっきりした差別化要素がまだないこと、2)Facebookのフレンド密度によってスイッチングコストが高くつくため。[強調は引用者による]

最後に、FTCはパラグラフ212で、スイッチングコストがFacebookの支配力維持のための違法な手段を構成していることをまとめている。「パーソナル・ソーシャルネットワーキング・サービスの潜在的参入者は、こうしたネットワーク効果に加え、ユーザが直面する高いスイッチングコストを克服しなければならない。Facebookを始めとするパーソナル・ソーシャルネットワークのユーザは、時間の経過とともにより多くのつながりを築き、投稿や共有体験の履歴を蓄積していく。これを他のパーソナル・ソーシャルネットワーク・プロバイダに簡単に移行することはできない。さらに、これらのスイッチング・コストは時間の経過とともに増大する可能性がある。これは「ラチェット効果]と呼ばれ、各ユーザのコンテンツやつながりの収集、及びそれぞれを構築するための労力と投資が、サービスの利用とともに継続的に増加するためである」。[強調は引用者による]

さらに、FTCはFacebookもそれは理解しているという。

Facebookはユーザがソーシャル・ネットワーキング・サービスにより長い時間を費やし、より多くの投稿をするほど、ユーザのスイッチングコストが増大することを以前より認識していた。たとえば2012年1月、Facebookの幹部はザッカーバーグ氏に次のように書いている、「ユーザのスイッチングコストを非常に高くする最も重要な方法の1つは、すべてのユーザの写真を保管することです。写真とそれに関連するデータ/コメントを持ち出せなければ、ユーザが乗り換えるのは難しいはずです」。Facebookではユーザあたりの写真、ビデオのコンテンツが増えており、Facebookの独占力を守るスイッチングコストは依然として大きいことが示されている。[強調は引用者による]

ネットワーク効果は、ユーザを獲得する方法である。スイッチングコストは、ユーザを人質にする方法である。FTCの訴状を見る限り、反トラスト規制当局がこの現象に(ギリギリではあるが)気づいたことは明らかだ。

Facebook’s Secret War on Switching Costs | Electronic Frontier Foundation

Author: Cory Doctorow (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: August 27, 2021
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Nathan McDine