以下の文章は、電子フロンティア財団の「The UK Online Safety Bill Attacks Free Speech and Encryption」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation


英国政府は、オンライン安全法案(Online Safety Bill)をユーザの基本的権利を損ねないものに修正すべく1年以上を費やしてきた。だが、それが叶わないことがわかった以上、この法案は廃案にすべきだ。現在の法案は表現の自由を脅かし、すべてのユーザのセキュリティ、プライバシーに不可欠な暗号化を脆弱にするものである。

英国政府は先月にもオンライン安全法案を採決する意向であったが、これは英国の新首相が選出されるまで延期された。英国の国会議員はこれを機に、法案を完全に廃案にするよう主張すべきである。

主観的な検閲の基準

オンライン安全法案が成立すれば、英国政府はユーザの言論を直接的に封じることができるようになり、望ましくないメッセージを公表した人物を投獄することすら可能になってしまう。この法案は、不愉快なサイトに重罰を科したり、アクセスをブロックする権限を英国通信局(OFCOM)に与えている。我々は昨年にも、こうした権限が表現の自由に深刻な懸念をもたらすと指摘した。だがそれ以降、法案は修正を重ねることで、さらにこの問題を悪化させていった。

政府当局が表現を不快に感じたからといって、罰金を科されたり、刑務所に送られるなどということはあってはならない。米国であれば憲法修正第1条によって否定されるものではあるが、すでに英国市民は2003年通信法の下、裁判所が「著しく不快」と判断したオンライン表現に対して処罰されうる状況にある。オンライン安全法案が可決されれば、そのリスクはさらに高まることになるだろう。またこの法案は、ソーシャルネットワークを始めとするオンラインサービスが検閲の道具にされないように細心の注意を払ったEUのデジタルサービス法の方向性からも逆行するものと言える。

修正案第10条では、ソーシャルメディア上のメッセージが「少なくとも深刻な苦痛に相当する心理的被害」を及ぼしうる人物について、2年以下の禁錮刑を認めている。メッセージは実際に害を及ぼしたかどうかの証明は必要とせず、犯人が危害を加えようと意図し、危害の実質的な危険があったと当局が判断すれば、それだけで起訴できるようになる。また、他にも「虚偽コミュニケーション」の送信という犯罪も盛り込まれており、これには罰金または51週以下の禁固刑が科される。

問題は、その基準が極めて主観的であることだ。一般に、何を持って虚偽の表明とするかについては常に意見が分かれる。どのような発言が心理的被害を引き起こす「現実的かつ実質的な危険性」を持つか、そのような発言をする「合理的な理由」が誰にあるかという判断は、典型的な主観的問題である。英国のオンライン安全法案は、この法的確実性の明らかな欠如ゆえに、国際的な人権基準を満たしていないとして疑問が投げかけられているのである。

この条項では、大手メディアを数少ない例外として扱っているようだ。たとえば、公認されたニュースパブリッシャは、コミュニケーション犯罪に関する規定から除外されている。また、「映画用に作られた映像を市民に視聴させる」者も同様に除外されている。

この例外は実に示唆的だ。OFCOMによる検閲は、企業メディアには決して適用されないことを明確にしているのである。特別な監視とその処罰の対象になるのは、小規模なメディアクリエータ、活動家、市民ジャーナリスト、そして一般のユーザだけだ、ということになる。

また、オンラインプラットフォームは、OFCOMの指定する期限内にテロや児童虐待に関連する画像・メッセージを削除しなければ、巨額の賠償責任を負うことになる。だが、人間のレビュアーが、アクティビズム、対抗言論、過激派コンテンツを正しく見分けることは極めて難しく、アルゴリズムはしばしば間違った判断を下す。世界各国の政府が「テロリスト」とみなしたコンテンツを迅速に削除するようウェブサービスに圧力をかければ、必然的に検閲が引き起こされることになる。一般に、この種の検閲は、虐待や戦争を記録しようとする人権団体が最初の犠牲者になる。また、この法案は、オンラインサービスプロバイダに、ジャーナリズムの表現の自由の重要性を考慮するよう求めてはいるものの、その保護措置はプロバイダ側の負担が大きく、しかも有効性を欠いている。

暗号化に対するもう1つの攻撃

法案はまた、オンラインサービスに対して「認定された技術」――つまり政府公認のソフトウェア――を用いて児童虐待画像を検知するよう命じる権限をOFCOMに与えている(第104条)。この命令は、エンドツーエンド暗号化を使用する(つまり、現在ユーザのメッセージを検査する技術的手段を持ち合わせていない)オンラインサービスに対して下されることになる。この部分は、起草者たちが、企業が暗号化システムを放棄させる、または妥協させることを意図したものといえる。

残念なことに、このパターンには既視感がある。警察がオンライン上のすべてのメッセージをスキャンするというアイデアに国民的な支持を得られなかったために、自由民主主義国の一部の議員たちは回避策を講じるようになった。彼らはたとえば、児童虐待のような最悪の犯罪に関与するファイルを検査するために暗号化のバックドアが必要だと主張してきた。あるいは、クライアントサイド・スキャンなどのユーザのファイルやメッセージを検査する特定の手法は、暗号化を毀損するものではないという間違った主張を繰り返してきた。そして、米国では2020年にEARN IT法が、昨年はAppleが提案したクライアントサイドスキャンシステムが、そして今年はEUで同様のシステムが提案されている。

この種のシステムは、子供を含むすべてのユーザの権利を危険に晒す脆弱性を生み出す。セキュリティの専門家NGOはこの問題について明確に発言し、この法案の反暗号化条項を撤回するよう求めてきたが、残念ながら法案のスポンサーたちは耳を傾けることはなかった。

もしこの検閲的で反暗号化的なオンライン安全法案が通過すれば、英国に影響を及ぼすのみならず、世界中で抑圧の青写真となることだろう。次期英国首相は、この法案を全面的に破棄すべきである。それが望めないなら、議会は法案を否決しなければならない。

The UK Online Safety Bill Attacks Free Speech and Encryption | Electronic Frontier Foundation

Author: Joe Mullin / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: August 5, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Luke Stackpoole