著作権ブロッキング法制化が失敗に終わったことで昨年10月に急遽持ち上がった違法ダウンロードの対象拡大は、十分な議論が尽くされぬまま、「違法アップロードされたあらゆる著作物について、著作権を侵害されていることを知りながら(著作権侵害かどうかを第三者は判別できないため、厳密に言えば著作権侵害であると思われる状況において、ということになると思われる)ダウンロードする行為(デジタル方式の複製)を全面的に違法とする」方針を文化庁が強行に取りまとめた。2月22日には自民党部会が文化庁の説明を鵜呑みする形で了承、現在の政治情勢を考えれば、生煮えのまま立法される可能性もある。
日経新聞では、「刑事罰は、被害者の告訴がないと起訴できない『親告罪』にとどめ」「漫画家らが自身の著作物を侵害されたと捜査当局に訴えた場合のみ、刑事罰に問える」と伝えているが、現状著作権者が違法ダウンロード行為を直接確認する術がないことを考えれば、映画盗撮防止法と同じく、警察の捜査の過程で発覚した違法ダウンロード行為を権利者に照会し、告訴してもらうという運用になるだろう。海賊版捜査を警察にお願いする立場にある権利者側が、断固拒否し続けるのは難しいかもしれない。
違法ダウンロードの対象拡大はさまざまな問題をはらんでいる一方で、その効果が期待できるかというと、大変に心もとない。ここまで大事になったきっかけの「漫画村」には何の効果もないことは文化庁ですら認めているわけで、さらに強力な海賊版対策が権利者側(正確に言えばパブリッシャ側)から要望されることは避けられないだろう。実際、違法ダウンロード対象拡大に関するパブリックコメントを眺めても、権利者側がこれで満足するとは思い難く、次の対策を求めてくるのは時間の問題でしかない。
もちろん、海賊版サイトをテイクダウン、クラックダウンするのが最も効果的なのだが、権利者側は海の向こうでの訴訟や手続きをハナから諦めているだろうし、政府にもそれを可能にする国際協調をはかるだけの熱意も能力ないだろうしで、海賊版サイトそのものを取り除くための取り組みが進むことは期待できない(かつて日本政府が提唱したACTAという国際条約がそれだったはずなのだが、米国にのせられ、米国ばかりに都合のいい項目ばかりをねじ込んだ結果、日本以外はどこも批准せず未だ発効すらしていない)。
海賊版サイトそのものをテイクダウン、クラックダウンするための取り組みは残念ながら進みそうにはないが、それ以外のものがいくつか要望されることになるだろう。違法ダウンロード対象拡大も決着していないのに気が早いと言われるかもしれないが、今回は「今後要望されそうな海賊版対策」について考えてみたい。
ストリーミング違法化
ダウンロードを違法化しても漫画村に大して抑止効果がないなら、「ストリーミングも違法化してしまえばいいじゃない」というのは誰にでも思いつく。
もちろん、インターネットアクセスそのものを対象とするため、その影響は計りしれないのだが、今回の違法ダウンロード対象拡大で「『著作権侵害であることを知りながら』などの限定要件を盛り込めば問題はない」「違法アップロードされた著作物の視聴・閲覧はいかなる理由であれ保護するに値しない」という論理で強行できることを文化庁は証明している。もちろん、映像・音楽業界も諸手で賛成してくれるだろう。
閲覧権のようなむちゃくちゃな権利を作らずとも、現在適法とされているキャッシングを一定の条件で、違法な(私的複製には含まれない)デジタル方式の複製行為とすれば、ストリーミング違法化は実現は可能だろう。キャッシュの違法化となれば、違法ダウンロードの対象拡大とは違ってデジタル産業界にも不都合が生じうるので、今回ほど反対の声がないがしろにされることはないだろうが、産業界の懸念さえ払拭できればあとは今回と同様に進められるだろう。
リンク違法化
ブロッキングの騒動や違法ダウンロード対象拡大の陰に隠れてあまり注目されてはいないが、リーチサイト規制も次の改正著作権法案に盛り込まれることになる。これもまた拡張されていくだろう。
リーチサイトというのは、サイバーロッカー等のストレージにアップロードされた海賊版コンテンツへのリンクを提供するサイトで、摘発された「はるか夢の址」などがそれにあたる。大抵の場合はリーチサイトの運営者自身やその取り巻きが、サイバーロッカーに海賊版をアップロードしているので、アップロード者を摘発していけば、組織としては瓦解しそうなものなのだが、リーチサイトそのものを取り締まるために、主に海賊版コンテンツへのリンクを掲載するサイト運営者をみなし侵害で取り締まれるようにする、というのが今回のリーチサイト規制である。
とはいえ、海外で運営されていれば手も足もでないのは、漫画村で身に滲みてわかっているはずで、結局のところ大した効果は期待できないようにも思える。そうなると次は、これを個人にも適用した上でリーチサイトにリンクする行為を禁止しよう、海賊版コンテンツにリンクする行為自体を制限しようという方向に進むことになる。これも「『著作権侵害であることを知りながら』などの限定要件を盛り込めば問題はない」という論理で進められるだろう。
これに関連するところでは、米地裁が、著作権を侵害する画像を含むツイートを第三者がエンベッドした場合には(どこに蔵置されているかとは無関係に)著作権(展示権)侵害にあたりうるとの判断を示しており、これを「世界的な流れ」として日本に持ち込もうとする動きもあるかもしれない。
ブロッキング・リバイバル
今年はじめ、政府は反対の強かったブロッキングの今期国会での法制化を断念したが、報道にあるように「時期尚早」(産経新聞)、「来年以降」(日経新聞)と判断であり、完全に諦めたわけではない。
違法ダウンロードであれ、ストリーミング違法化であれ、リンク違法化であれ、おそらく「親告罪」であり、(いずれ警察からの照会を受けて告訴を余儀なくされるにしても)権利者が積極的に民事・刑事で訴えるということはそれほど考えにくい。行使する予定はないが、とりあえず違法状態に置いておけば啓蒙しやすいという程度のことである。だからこそ、とにかく範囲を広げたがる。
だが摘発がなければ抑止効果は働かず、法への信頼が損ねられるだけで海賊版サイトへのアクセスが収まることはないだろう。そうなれば、再びブロッキングを要望する声が高まっていくことは想像に難くない。なにより、直接に訴えるよりも間接的に制限するほうが楽であるし、個々の企業としてはいらぬ反発を受けずに済む。
違法ダウンロードの対象拡大への懸念を逆手に取って、「海賊版サイトが野放しになっていることで、国民が広く違法状態に置かれかねず、情報収集を懸念する事態にある。不安を払拭する意味でも海賊版コンテンツへのアクセスを遮断すべきである」と口実することもできるだろう。
先日、すでに著作権をはじめ、ギャンブル、ポルノなどを対象にしたブロッキングを実施する韓国が、抜け道を塞ぐ強力な措置を実施して話題になったが、それでも塞ぐことのできないVPNの経由のアクセスに対処するために「VPNアクセスまで元から遮断する方式を導入しよう」という意見まで出てきているそうだ。ブロッキングを一度はじめてしまうと、それを阻害するあらゆる技術が制限されていくのだろう。1枚1枚、玉ねぎの皮を剥くように。
ブロッキングの先にあるのは個々人の通信の監視であり、そのさらに先にあるのは、一般ユーザは政府や捜査機関の前では完全に裸であれ、という状態であろう。
著作権フィルターの義務化
EUの著作権指令改正案(DSM著作権指令案)が今春、欧州議会で最終投票を迎えることになっているが、その中にいわゆる「著作権フィルター」の(事実上の)義務化というものがある。著作権フィルターというのは、ユーザが投稿可能なプラットフォーム、ウェブサービスに、著作権者がアップロードしてくれるなという作品をあらかじめ登録し、それにマッチする投稿を禁止するというもので、世界的にもこの10年ほどコンテンツ業界が要望し続けてきたものだ(他にはスリーストライク法とブロッキング)。
条文の最終案では、具体的な手段は指定されていないものの、とにかくプラットフォーム、ウェブサービスは著作権侵害を未然に防がねばならないとされている。この条項をコンテンツ業界が猛烈にプッシュしてきたことを考えれば、事実上の著作権フィルターの義務化になるのは間違いない(裁判所の解釈によって覆る可能性もないではないが)。
YouTubeのコンテンツIDのように、資金力のあるユーザ投稿型のサービスは既に自主的に著作権フィルターを導入しているものの、開発・実装・運用には莫大なコストが掛かり、誤検知(フォールスネガティブ)も多い上、フェアユースや引用などの適法な著作物の利用を区別できない、という致命的な問題を抱えている。コンテンツIDの場合は、多くの権利者が選択するマネタイズ・オプション(許諾を得ていない投稿であっても削除せず、その代りに著作権者が広告収入を得られるようにする消極的許諾)が緩衝装置になっているところもあるが、それもGoogleだからこそ実現できているものである。
さらに、プラットフォーム、ウェブサービスに対し、ユーザがアップロードする可能性のあるコンテンツ(つまりありとあらゆる著作物)について事前にライセンスを交わすよう最大限努力することが求められており、これもまた権利者には魅力的に映るだろう。
EUの著作権指令が実際にどういうものになるのか、発効したとして各加盟国がどう法整備するのか、実際にどのような影響が生ずるのかはまだまだ不透明ではあるのだが、「この著作権フィルター(と事前ライセンシング)という欧州の先進的な取り組みをわが国にも」という声がいずれ上がってきそうではある。
ユーザ投稿型サービス以外にも、検索結果から海賊版サイト全体の除外を可能にするような仕組みづくりも進むかもしれない。当面は民間の自主的な取り決めとして交渉することになるのだろうが、ロシアのように政府が介入し、国内展開するサービスに政府ブラックリストの順守を義務づけるというのもないではない。
かけちがったままのボタン
方向性としては、海賊版サイトを取り締まれないことを前提に、国内のユーザを可能な限り広く違法状態に置いて怖がらせつつ、個別の対処を必要としないブロッキングやフィルタリングを導入していくというものになるのではないかなと思っている。権利者側としても、本当は海賊版サイトのテイクダウン、クラックダウンを望んでいるのだろうが、あまり強く要望しすぎて政府にヘソを曲げられても困るという事情もあろう。
ブロッキングや違法ダウンロードの対象拡大の際に、権利者側の意見を見ていて思ったのは、「自分たちはこれを悪用するつもりなんてまったくないのに、なんでこんなに過剰反応しているのか」と考えているんじゃないかなということ。と同時に、それが悪影響をもたらしたり、権力者に悪用されかねないとしても「権利保護を望んでいるだけで、自分たちには関係ない」と考えているんじゃないか、と。
権利者が「児童ポルノでも既に実施されているのだから、著作権にも許されてよいはずだ」と考えたのと同じように、権力者は当然のように「著作権程度のものに許されていることが、治安維持や安全保障上の脅威に際して許されないはずはない」と考える。だが、それは「関係がない」と考えているようなフシがある。
朝日新聞が出版社幹部の「こんなことまで望んでなかった」という発言を伝えているが、これも予想以上にメディアを含め世論の反発が強く、さらには身内でいてくれなくては困る漫画家からも懸念の声が上がったことへの焦りでしかない。かけちがったボタンは未だにかけちがったままであり、それゆえに、また新たなオモチャが要望されることになるのだろう。
もちろん、上記の予想が私の考えすぎだと思うのであれば、どうぞ嘲笑していただきたい。コンテンツビジネスがデジタル時代にうまく適応できれば、こうした予想はただの杞憂に終わる可能性もある。だがもし、考えすぎだと思っていた要望が実際に出てきたとしたら、私と共に反対の声を上げて欲しい。
20年後、30年後に読み返して、「ずいぶんと馬鹿げたことを書いていたのだな」と思いたいものである。