以下の文章は、TorrentFreakの「“You Wouldn’t Steal…” Research Shows Why Many Anti-Piracy Messages Fail」という記事を翻訳したものである。

TorrentFreak

車は盗まないでしょ? なら、どうして海賊版を? 2004年、映画業界はこのメッセージを訴えて、違法ダウンローダーを消費者に変えようとした。だが、このキャンペーンは結果的にミームとなって盛り上がっただけだった。的はずれな海賊版対策広告はこれだけではない。新たに公表された研究論文は、こうしたキャンペーンが犯しがちな失敗を行動科学的に説明している。

過去数十年にわたり、エンターテイメント業界は数々の海賊版対策メッセージを試みてきた。

最も象徴的なのは、間違いなく「You Wouldn’t Steal a Car」ビデオキャンペーンだろう。これはミームとなり、数々の風刺、嘲笑をもたらした。

「You Wouldn’t」ビデオは極端な例かもしれないが、総じて海賊版対策メッセージは的はずれなものが多い。こうしたメッセージは、損害を誇張したり、マルウェアなどの外部の脅威を強調したり、映画館が閉館して役者が仕事を失うというディストピアな未来を描いたりする傾向が見られる。

こうしたメッセージは、ハリウッドの経営陣にはウケが良いのかもしれないが、多数のカジュアルな海賊版ユーザの行動を変えるほどのインパクトはない。アンジェ高等商業科学大学(ESSCA)スクール・オブ・マネジメントが発表した新たな論文は、海賊版対策キャンペーンにおけるよくある間違いを行動科学的に説明している。

「Doing more with less:海賊版対策メッセージの行動科学的インサイト」と題されたこの論文では、よくある3つの間違いを挙げている。その1つに、キャンペーン作成者が1つのキャンペーンに強い主張と弱い主張を組み合わせてしまう傾向がある。

多ければ良いというものではない

一般に、論点を増やせばメッセージの説得力が増すと思われがちだ。これは「多ければ多いほどよい」ヒューリスティクス的な考え方に基づいているが、行動科学の研究ではその逆であることが多い。

多くの論拠が一度に提示されると、強い論拠が弱い論拠に希釈されてしまうことがあるという。つまり、マルウェア、罰金、低品質、インターネットの遮断、業界の損失などに言及し、さらに海賊版と組織犯罪を関連づけるメッセージまで盛り込んでしまうようでは、最善のキャンペーンとは言えないのである。

研究者は、「You Wouldn’t Steal a Car」キャンペーンが意図したとおりに響かなかった理由として、強い論拠と弱い論拠の併記によるインパクトの低下を指摘している。

「最も顕著な例は、2000年代に世界中の映画館やDVDで流れた『You would not steal a car』啓発ビデオであろう。このビデオは、映画のダウンロードを合理的に関連するもの(店舗でのDVDの万引き)や、ともすればバカげたもの(ハンドバック、テレビ、車の窃盗)を含むさまざまな窃盗と比較することで、メッセージを希釈してしまった」

数字と被害者

海賊版対策キャンペーンは、文脈を抜きに、見無乾燥な数字を過度に強調するきらいがある。そうした統計は業界的には重要なのかもしれないが、平均的な海賊版ユーザたちは単に流し見するだけに終わる。

この『間違い』は、行動心理学からも説明できる。行動心理学では、人は何らかの個人的なつながりを感じることで、問題や被害者に共感するようになることがわかっている。だが、海賊版対策メッセージには、そのような要素が欠けていることが少なくない。

研究者は、英国の「正規サイトから購入しよう」キャンペーンを例示する。このキャンペーンでは、人間味を排除し、ドライな統計を強調して、次のようなメッセージを提示した。

「映画、音楽、テレビ、コンピュータ・ソフトウェアなどの知的財産産業は、英国経済の健全性と安定性の中心的な役割を担っています。英国クリエイティブ産業は、毎年約280万人の英国の雇用を支え、約180億ポンドを輸出し、英国経済に1時間あたり約1000万ポンドの貢献をしています」

一方、パーソナルなメッセージであっても効果的とは限らない、というのも興味深い。この論文では、インドの海賊版対策キャンペーンに触れている。このキャンペーンでは、著名なボリウッド俳優が映画を違法にダウンロードしないよう呼びかけ、海賊版の入手は泥棒と同じだと訴えた。

だがおそらく、インド国民は億万長者の俳優が被った潜在的な「損失」に同情することはなかっただろう。それどころか、この海賊版対策キャンペーンは、海賊版の入手を焚きつけることになったかもしれない。

「こうしたビデオに出演する著名俳優の純資産は、2200万~4億ドル、一方で同国の一人あたりの年間所得は2000ドルを下回っている」

「このことは、『貧しきを助く』ために金持ちから盗んでいるだけなのだという、道徳的正当化を与えるものにもなりうる。これは『ロビン・フッド効果』の一形態で、文化・スポーツに関連する商品では、そのように感じやすい」と研究者は述べている。

海賊版の人気を強調してはいけない

海賊版は蔓延し、世界的な現象である。それゆえ、著作権者にとって頭の痛い問題ではあるのだが、これを海賊版対策メッセージの中で強調するのはスマートとはいえない。

これこそが、論文で強調されている3つ目の間違いである。正規コンテンツを購入すべきだと訴えながら、同時に多数の人がそうしていないことを伝えてしまえば、むしろ海賊版を促進してしまう可能性すらある。

行動科学の研究によれば、人はしばしば禁止的規範(法律が規定するもの)よりも記述的規範(人びとがしていること)に従いたがることがわかっている。

「多くの人が海賊版を入手していることを直接的・間接的に知らせるのはむしろ逆効果であり、対象となる個人に(訳注:他者と)同様の行動をとるよう仕向け、海賊行為を助長することになる。このようなメッセージは、海賊予備軍に『みんながやっている』ことを強調し、正当化を与えることになる」と研究者は述べている。

思考の糧

全体として、この論文は海賊版対策キャンペーンの担当者にさまざまな示唆を与えている。つまり、海賊版対策メッセージが実際に機能するかを確認するために、行動科学的インサイトにもっと注意を払えということである。

キャンペーン担当者は、意図してか意図せずかはともかく、すでにこうした知識を取り入れているのかもしれない。以前に紹介した公共広告のように(訳注:翻訳記事)、わずかながらでも説得力のあるメッセージも見られている。一方、以下のビデオは……ほとんど役に立たないだろうね。

論文: Gilles Grolleau & Luc Meunier (2022) Doing more with less: Behavioral insights for anti-piracy messages, The Information Society, DOI: 10.1080/01972243.2022.2095683

“You Wouldn’t Steal…” Research Shows Why Many Anti-Piracy Messages Fail * TorrentFreak

Author: Ernesto Van der Sar / TorrentFreak (CC BY-NC 3.0)
Publication Date: July 31, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Keiron Crasktellanos / patrickhajduch (CC BY-NC-SA 2.0) | Modified