以下の文章は、電子フロンティア財団の「Big Tech to EU: “Drop Dead”」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

欧州連合の新しいデジタル市場法(DMA)は複雑で多面的な規制だが、その本質は、一般市民がテクノロジーをコントロールしやすくすることにある。

DMAは、大手の「ゲートキーパー」テック企業に対し、サードパーティのアプリストアを認めるよう義務づけている。つまり、端末の所有者であるユーザは、端末にインストールするソフトウェアの提供者を自分で決められるようになるのだ。

別のルールでは、テックゲートキーパーが他のプラットフォームと相互運用可能なゲートウェイを提供することを義務づけている。これにより、あるチャットサービスの利用を止めて競合サービスに乗り換えても、以前のサービス上の人々とのつながりを維持できる(将来的にはソーシャルメディアにも同様の措置が取られると思われる)。

また、プラットフォームが品質の劣る自社製品を押し付け、競合他社の優れた製品を隠蔽する「自社優遇」を禁止するルールもある。

そして、おそらく最も重要なのがプライバシーに関するルールだ。8年前に制定された一般データ保護規則(GDPR)を強化するもので、特に大手テック企業に長年無視され続けてきた強力なプライバシー法の実効性を高めるものである。

つまりDMAは、ユーザが自分の端末で動作するソフトウェアを自分で決め、最高の製品やサービスを簡単に見つけられ、プラットフォームを乗り換えても社会的つながりを失わず、しかもそのすべてを監視されずに行えるような世界を目指している。

もしこれが機能すれば、我々が過去30年間にわたって戦ってきたより良い未来に最も近づくことになる。

ただし1つ問題がある。ビッグテック企業はそのような未来を望んでおらず、生まれたばかりのDMAを殺そうと躍起になっている。

当初から、テック大手がDMAとそれがユーザにもたらす自由に戦いを挑むことは明白だった。例えばAppleは、ユーザがインストールできるソフトウェアを厳しくコントロールしており、DMA制定の当初から大きな懸念材料となっていた。

Appleが「製造元の承認を得たソフトウェアしか動作しないコンピュータ」という概念を生み出したわけではないが、確かにそれを完成させた。iOSデバイスは、Apple自身のApp Storeから提供されるソフトウェアでない限り動作を拒否する。このAppleのユーザへの支配力は、アプリ開発者にも絶大な影響力を及ぼしている。

Appleはアプリ開発者に、アプリの初期価格とその後のアプリ内課金を含むほとんどすべての取引に、法外な30%の手数料を課している。これは驚くほど高い取引手数料で、高額な手数料で批判されているクレジットカード業界の3〜5%と比べてみるとよくわかる。この高い手数料を維持するために、Appleはアプリ開発者に、他の支払い方法(例えば自社のウェブサイト経由での決済)の存在をユーザに知らせることを制限し、ある時期にはアプリを使わずに購入を完了したユーザへの割引さえも禁じていた。

Appleは、ユーザの安全を守るためにこのコントロールが必要だと主張するが、理論的にも実践的にも、Appleはこれほどのコントロールを維持せずともユーザを保護できることを示しており、自社の利益のためにはユーザのセキュリティを犠牲にすることすらある

Appleの企業価値は2〜3兆ドルに上る。投資家がApple株を高く評価しているのは、主にAppleがAppleデバイスのユーザにアクセスしたい他社から数百億ドルもの利益を搾取しているからだ。

DMAはこうした慣行を正面から標的にしている。最大手のアプリストア企業に、ユーザが他のアプリストアを選択する自由を認めるよう義務づけているのだ。Appleなどの企業には、DMAへの対応に1年以上の猶予が与えられ、今年3月までにコンプライアンス計画を作成するよう求められていた。

しかし、Appleのコンプライアンス計画はDMAの要求水準を大幅に下回っている。脱法的な無数の手数料(人気アプリが競合アプリストアで販売されても1回の利用につき0.5ユーロの「コア・テクノロジー手数料」をAppleに支払わなければならないなど)や、厄介な条件(競合アプリストアでの販売を試みたアプリメーカーはAppleのストアから製品を削除され、永久追放される)など、到底EUのアプリストア競争促進という目標を満たすものではなかった。

上記はAppleの非合理的な提案のほんの一部に過ぎない。しかもAppleのユーザが他のアプリストアを試すためには、奥底に埋もれた設定のメニューを何とかたどり着かなければならず(そこにはかなりクールなアプリストアが控えている!)、EU域外で30日以上携帯電話を使用すると、Appleはすべてのサードパーティ製アプリを無効にしてしまうのだ。

Appleは、EU当局との間で瀬戸際の駆け引きを行っているように見える。事実上、「EUには5億人の市民がいるかもしれないが、我々は3兆ドル企業だ。だからEUの言うことを聞く必要なんてあるのか?」と言っているのだ。実際Appleは、EUがサードパーティのアプリストアを義務づける決定に最も深く関与したEpic社のアプリストア運営を禁止し、開発者アカウントを停止することで、この反コンプライアンスのパフォーマンスの幕を開けた(EUが不満を表明したことで、後にEpicのアカウントは復活した)。

もちろん、問題はAppleだけではない。

DMAには、8年前に制定された画期的なプライバシー法であるGDPRを、ようやく米国のテック大手にも適用するための新たな法執行ツールが含まれている。しかし、その制定以来、欧州はGDPRを利用して大手テック企業の悪質なプライバシー慣行を改革することに苦労してきた。

プライバシーの面で最悪なのはMetaだ。それもそのはず、Metaのビジネスは、世界中の何十億人もの人々から、同意なしに何十億ドルもの価値のある個人情報を抽出・分析することを基盤としているのだから。GDPRは、Metaに対し、ユーザから十分な説明を受けた上での自発的な(そして撤回可能な)同意を得て、初めてこの監視を認めることを義務づけるはずだった。そして、もしユーザが選択できるなら、95%以上がFacebookの監視をブロックするだろうという実績もある。

これに対するMetaの答えは、「Pay or Okay」(払うか、OKするか)システムだった。Metaの監視に同意しないユーザは、サービスの利用料を支払うか、アクセスを遮断されるかのどちらかを選ばなければならない。Metaにとっては残念だろうが、これはもう禁止される(プライバシーは富裕層だけに与えられる贅沢品ではない)。

Appleと同様に、MetaもDMAが最悪の行動を少し化粧直しするだけで継続することを認めるかのように振る舞っている。Appleと同様に、MetaもEUに対し、民主的に制定された法律を執行するよう挑発し、我々を監視する権利を守るために自社の何十億ドルもの資金をヨーロッパの制度に投じることを暗に約束しているのだ。

これらは極めて重要な対立だ。テック業界の寡占化が進むにつれ、説明責任は後退し、優れた製品を作ったりユーザの味方になるのではなく、囲い込みと規制の虜を強固なものとしてきた。テック企業は、我々のプライバシー権労働者の権利消費者の権利を大規模に侵害する新たな方法を見出してきたのだ。

何十年にもわたってテック企業の独占を放置してきた規制当局だが、今や世界中の競争当局がビッグテックに立ち向かっている。DMAは、これまでに見た中で最も強力で野心的な規制の試みだ。

そのように考えると、ビッグテックがルールに従うことを拒否しているのも驚くに値しない。EUがテック企業に公正な競争を強いることに成功すれば、それは世界的な競争の始まりを告げる号砲となり、テック企業が不当に得てきた利益(データ、権力、金)は、それらが本来属するユーザと労働者の手に戻されることになるだろう。

もちろん、DMAとDSAの設計者たちはこれを予見していた。彼らはApple、Google、Metaを調査すると発表し企業の全世界収益の10%の罰金を科し、企業が従わない場合はさらに20%に倍増すると脅しているのだ。

すべてを賭けているのはビッグテックだけではない。民主的なコントロールと説明責任のシステムもまた、すべてを賭けているのだ。もしユーザのソフトウェア選択に対する拒否権を取り上げるというDMAの要求をAppleが骨抜きにすることができれば、それは同じ問題を巡る米国司法省の訴訟や、日本韓国の訴訟、英国での係争中の法執行にも影響を及ぼすことになるだろう。

Big Tech to EU: “Drop Dead” | Electronic Frontier Foundation

Author: Cory Doctorow / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: May 13, 2024
Translation: heatwave_p2p