以下の文章は、2022年9月5日に公開されたOpen Rights Groupの「Can our new Prime Minister be trusted with free speech and privacy?」という記事を翻訳したものである。


明日、リズ・トラスはバルモラル城に趣き、女王から組閣の要請を受ける。彼女に表現の自由とプライバシーの権利を期待しても良いのだろうか?

危機的状況にある今、政府による表現の自由とプライバシーの保護は極めて重要性を増している。新首相は自らを表現の自由の「信奉者」だという。トラスはオンライン安全法案を表現の自由を損なわないよう修正すると公約しているものの、それが何を意味するのかは今もって不明である。表現の自由の「信奉者」を自称しながら、表現の自由の保護を確実にする欧州人権条約からの離脱を決断するというのでは、あまりに不誠実だ。本日下院で審議予定だったデータ保護の切り下げ法案についても、期待できるものではない。

トラス新政権には、家計負担、エネルギー、下水道、NHS、ストライキ、北アイルランド議定書、ドーバーのトラック渋滞(訳注:関連邦訳記事)など、山積する問題が待ち構えている。オンライン安全法案は、議会のアジェンダからは外されているようで、7月に中断された下院報告段階の完了に向けた法案リストにも含まれてはいない。

だが、問題が山積していること自体が、表現の自由をアジェンダのトップに挙げるべき理由でもある。インターネット、ソーシャルメディア、チャット、メッセージングサービスは、情報を共有し、権力者の責任を問う主要なツールである。請求書の支払い、医療の受診、必需品の購入、さらには清潔な水を必要とする多くの人が、インターネットを生命線としている。表現の自由の手段、そして我々の発言の権利の保護は極めて重要であり、その保護は政府の義務である。

リズ・トラスは、18歳未満の保護を望んではいるが、成人についてはオンラインでもオフラインと同じように自由に発言できるべきだと述べ、オンライン安全法案にもこの重要な原則を反映させるつもりだと言う。もし彼女が本当にこの原則を支持しているのであれば、彼女は欧州人権条約(ECHR)を尊重するはずであるし、それがオンラインの表現の自由をどれほど支えているかを理解しているはずである。

トラスは、行政府の決定や不当な法律が「ECHRによって覆される」ことのないよう、権利章典を通じて法制化することを公約している(訳注:保守党は、不法移民や難民を強制送還できないのは、1998年人権法や欧州人権条約・欧州人権裁判所のせいだと考えている)。彼女はスエラ・ブラヴァマンを内務大臣か法務大臣に据えるものと見られている(訳注:法務大臣に任命された)。ブラヴァマンはトラスよりもさらに踏み込み、英国のECHR離脱まで提案している。

保守党党首選で対抗馬だったリシ・スナックが「我が国は人権法に問題を抱え、この法律のせいで我々の目的の達成が阻まれている」と発言したように、こうした考えは保守党内に浸透していることがうかがえる。

オンライン安全法案の審議再開は、欧州人権条約の離脱にますます近づきつつある政府のもとで行われることになる。政府は今秋にも「英国権利章典」を優先的に立法化し、人権法の廃止を提案するものとみられている。この法案は法の支配を後退させ、とりわけ「表現の自由(freedom of expression)」を、より制限的な「言論の自由(freedom of speech)」へと格下げし、欧州条約第10条が定める保護を極小化するリスクをはらんでいる(2022年6月30日にジョアンナ・チェリー法廷弁護士下院議員が法務長官に宛てた書簡で説明しているように)。

トラスは表現の自由を損なわないようオンライン安全法案を修正する意向を示してはいるが、その修正は表現の自由やプライバシーに望ましい結果をもたらすものではない。

具体的な提案として我々が耳にしているのは、オンライン安全法案のいわゆる「適法だが有害」規定から成人のみを除外するということだけだ。一部では、これが表現の自由の勝利であるかのように謳われているが、全くもってそうではない。

子どもにとって「適法だが有害」なコンテンツの規制は依然として法案に残り続ける。現在の国務長官の発言からは、「成人に有害」と「子どもに有害」の双方に該当する重複要件が幅広く存在することが示唆されている。たとえば、自傷行為、摂食障害、自殺、健康を害する行為、オンラインいじめなどがそれにあたる。除外されるのは暴力、ポルノコンテンツだけだ。それではこの法案の支持者が喜ぶとは到底考えられず、年齢認証システム(age-gate: 生体認証の使用やAI技術でのユーザ年齢の推定)の義務づけにつながることも懸念される。

したがって、「成人に有害」だけを除外したところで、懸念にはまったく対応できていないのである。また、ソーシャルメディアプラットフォームや検索エンジン、さらには暗号化メッセージングサービスにさえ、(最近まで違法とされていた)ユーザコンテンツの一般監視の義務づけという法案の本質的な問題も残されたままだ。

同様に、今週にも第2読会が行われる予定だったデータ保護・デジタル情報法案(DPDIB)も、既存のプライバシー法(GDPR)を骨抜きにしようとする試みである。

この法案は、ドーバーのトラック渋滞と根を同じくする問題である。DPDIBによってデータ保護の水準を低下させる、あるいは(訳注:GDPR)と)相反する基準が導入されれば、英国はEUの十分性認定を失い、EUとのデータ移転が妨げられ、英国企業は官僚主義的な手続きに忙殺されることになる。実際、この生煮えで稚拙な改革案の発表を受けて、デジタル企業や投資家はすでに英国から逃げ出しつつある。

DPDIBは同時に、労働者、子ども、生徒、少数民族、社会的弱者らへのデータ差別を解禁するものともなる。デジタル経済が個人データを武器に害をなす危険性が懸念されているにもかかわらず、英国のデータ保護改革は、保護を1980年代の水準に後退させ、データ権の行使や問題が生じた場合の救済措置へのアクセスを妨げようとしている。

さらに、この法案には、政府に我々の私生活に侵入するフリーパスを与え、民主的な審査を経ずに好き勝手に法の変更を許す計画まで内包されている。プライバシーの分野における政治的リーダーシップの欠如は明白である。Aレベルの大失態(訳注:関連日本語記事)からNHSによるデータ収集(訳注:関連記事)、Google DeepmindによるNHS医療記録の違法な取得(訳注:日本語関連記事)、失敗続きの新型コロナ対策に至るまで、英国の公共部門に必要なのは、ルールを書き換えることでも、市民からの監視を避ける逃げ道を作ることではなく、過去の失敗から学び、データガバナンスと安全なデジタルソリューションを実現するための組織的能力を形成・構築していくことだ

上述したように、英国の表現の自由とプライバシーは転換期を迎えている。もしトラス首相が真に表現の自由の信奉者なのであれば、オンライン安全法案に制限への異議申立の権利や司法による救済といった強力な手続き上のセーフガードを盛り込むはずだ。あるいは、プライバシーを保護したいというのであれば、データ保護・デジタル情報法案を直ちに廃案にし、欧州人権条約を堅持すべきである。英国が国際的な人権保護基準から逸脱し、ロシアやベラルーシのような国の仲間入りを果たそうとするなど、あまりに嘆かわしいことだ。

Can our new Prime Minister be trusted with free speech and privacy? | Open Rights Group

Author: Dr Monica Horten and Mariano delli Santi / Open Rights Group (CC BY-SA 3.0)
Publication Date: September 05, 2021
Translation: heatwave_p2p
Materials of Header image: Policy Exchange (CC BY 2.0)