学術出版社のエルゼビアは、科学版「パイレート・ベイ」とも呼ばれるSci-hubとの戦いを繰り返し、ニュースを賑わせている。エルゼビアは自身のビジネスを守るべく著作権を主張しているものの、研究者から同社の「反競争的」商慣行を批判する声が上がっている。
TorrentFreakは学術界を取り上げるメディアではないが、これまで何年にも渡ってエルゼビアに関するニュースをお伝えしてきた。
エルゼビアは、純利益がおよそ30億ドル、営業利益が10億ドルを超える世界最大規模の学術出版社である。同社は自らのビジネスを守るべく精力的に活動してきた。
たとえば、エルゼビアは数百万本の科学論文を無断配布しているとして、『海賊版』サイトの「Sci-hub」や「LibGen」を提訴している。
この訴訟により、エルゼビアは海賊版サイトへの100万ドルに及ぶ損害賠償命令や、ドメイン名を押収する権限を得た。Sci-hubとLibGenは現在も運営が続けられているが、エルゼビアは先日、これらサイトへのISPブロッキング命令を勝ち取り、包囲網を狭めている。
これまでのところ、こうした取り組みは、メディアの著作権侵害と同様の問題として捉えられている。たとえば、パイレート・ベイを始めとするトレントサイトは、世界各地でブロッキングの対象となっている
しかし、ここには大きな違いがある。海賊版サイトを訴える大手映画会社は業界内で高い評判を得ている一方、エルゼビアは大学や研究者から強く批判されているのだ。
こうした批判は以前から繰り返されてきた。この戦いは新聞の論説記事やソーシャルメディアで繰り広げられてきたが、いまや欧州連合のアジェンダの1つとなった。圧力は確実に高まってきているのだ。
研究者のジョナサン・テナント博士と大学教授のビョルン・ブレンブス博士は先月、EU反競争当局にエルゼビアの親会社「RELXグループ」について申立てを行った。
重要な申立てではあったが、それは始まりに過ぎなかった。
今週、欧州47カ国、800以上の高等教育機関を代表する欧州大学協会(EUA)が、当局に同様の要請をしたのだ。
EUAは欧州委員会に提出された書簡のなかで、エルゼビアを始めとする欧州学術出版セクターにおける透明性と競争の欠如への懸念を報告している。
最も不満をつのらせているのは、研究者や大学がこうした出版社にマンパワーや論文を提供し、更にその論文がしばしば公的助成を受けているにもかかわらず、大学や研究者は出版社から高額で買い戻しさせられているためだ。
EUAはこのように説明する。
「有名な喩えとして『牛を飼い、餌を与え、絞ったミルクを乳製品企業にタダでやり、牛乳パックを高額で買い戻す酪農家を想像してみてください』というものがあります。これが、大手学術出版社のビジネスモデルです」
エルゼビアなどの出版社は論文を保護し、利益を上げるために著作権を行使しているが、それが「競争」のあり方に及ぼす影響は非常に複雑だ。
EU反競争当局に最初に申し立てを行ったジョナサン・テナントは、学術論文はそれぞれに独自かつ価値あるものなので競争が生じにくい、とTorrentFreakに語る。各論文は(他の論文で)代用が効くものではなく、その論文でなくてはならないのだ。
もう1つの問題は、エルゼビアを始めとする出版社が、秘密保持契約を利用して価格を秘匿していることである。こうした慣習は、しばしば反競争的行為として広く認識されている。
「これら2つの問題は、著作権や『市場』集中、極端な利益追求、ベンダーロックインと相まって、学術出版の不適切な『市場』を作り出し、研究セクター全体に悪影響をもたらしています」とテナントは言う。
テナントとブレンブスの報告書には、具体的な提言は含まれておらず、何を適切とするかは欧州委員会に委ねられている。しかし彼ら自身は、秘密保持条項を禁止し、透明性を高めることが解決の糸口となると考えているようだ。
理想的には、すべての学術研究は自由にアクセス可能であるべきである。しかし現在のシステムでは、多くの研究者が経済的な理由により、自らの分野の研究にアクセスできないでいる。つまり、科学の進歩が妨げられているのだ。
数年前、アレクサンドラ・エルバキアンがSci-hubを立ち上げたのも、そうした問題意識からであった。現在、多くの研究者がSci-hubを情報源として頼っているが、テナントはこの論争を巻き起こしている海賊版ライブラリについて複雑な胸中を明かす。
「アレクサンドラとSci-hubがしていることは、強欲な企業出版セクターが引き起こす研究アクセスの機能不全を浮き彫りにしたという点で、驚異的なものだと思っています。Sci-hubは、知へのアクセスが極めて容易に提供できることを実証しているのです」
「さらに、エリート主義/経済状況に基づく知の差別を基盤としたビジネスモデルに依存する業界の不均衡を是正する後押しにもなるでしょう。こうした点や、業界そのものの歪みを考えれば、非常に素晴らしいことだと思います」
しかし、その一方でテナントはSci-hubがもたらすネガティブな結果も指摘する。Open Science MOOCの創設者として、ペイウォールなしで公開されるオープンアクセス研究の強力な支持者である彼は、Sci-hubがこのムーブメントの発展を妨げる可能性があると考えている。
「Sci-hubは(オープンアクセスとは異なり)無料アクセスの簡単なショートカットを提供しているだけなので、研究者が持続可能なかたち(たとえば研究者自身が論文をセルフアーカイブするなど)でオープンアクセスに取り組むインセンティブを削いでしまっています」と彼は指摘する。
いずれにしても、テナントは「海賊」や「泥棒」といった言葉は、Sci-hubを表現するのに妥当な言葉だとは考えていない。むしろ、その言葉が当てはまるのは大手出版社だと考えているようだ。
「時々、研究者からコンテンツや著作権を盗み、脅し、自らのビジネスモデルのための論文へのアクセスを妨げているのは、学術出版業界自身ではないかと思うのです。倫理的な境界のどちら側にいるかによって、私益か公益かが変わるのです」
テナントは、欧州委員会が権力と著作権の濫用に終止符を打つことを期待している。Sci-hubが力づくで「ペイウォールを引き剥がそう」としているものの、彼は最終的には出版システムそのものが持続可能なかたちに変わっていくことを望んでいる。
今週、ブロックチェーンに関する科学会議に出席したテナントは、彼自身のアイディアを語ってくれた。学術出版の未来は、オープンで、柔軟性をもち、現代のテクノロジーを活用するものであるべきだという。
「GitHubとStack Exchange、Wikipediaを組み合わせたような、粒度が高く軽量な、間断ない編集・査読システムが理想でしょう」と彼は言う。
「コミュニティ自身による、低コストで、オープンソースで、あらゆる面でオープンで、持続可能で、本質的な再現性があって、バイアスが少なくて、非営利で、協働的で、絶え間なく続く、公正で、公平なものであるべきなのです」
「そうしたものは本当は簡単に作り上げられます。私たちはそれを今、ゼロから作り直さなくてはなりません」と彼は結んだ。
Researchers Report Elsevier to EU Anti-Competition Authority – TorrentFreak
Publication Date: November 10, 2018
Translation: heatwave_p2p
Material of Header Image: Loughborough University Library (CC BY 2.0)
大手学術出版に関する問題は、彼ら自身の寡占的優位性を利用した反競争的商習慣にこそあると考えているので、こうした動きは歓迎したい。
Sci-hubはしばしば海賊版論文サイトと見られているが、論文の著者である多くの研究者たちからは積極的・消極的支持を集めている。研究者にとって守られるべきは自身の研究成果の共有であり、著作権が保護する「表現」ではないからだ。むしろ、困った存在なのは、Sci-hubを海賊版サイトと糾弾するエルゼビアら大手学術出版社である。
大手出版社は、著者である研究者に高額な掲載料を要求した上で著作権の譲渡を強要し、論文査読者には無償奉仕させる一方で、論文購読料の釣り上げやセット販売により研究機関や研究者個人に重い負担を強い、研究者が広めたいはずの研究成果をペイウォールの中に押し込め、米研究成果法案によってオープンアクセスを潰そうとし、研究者間の論文の共有を研究者から奪い取った「著作権」を口実に禁じようとしている。
もはや学術出版社がもたらしている知識の代償は、研究者にとって看過し得ないものとなっている。だからこそ、エルゼビアは研究者や学術機関から何度もボイコット運動を起こされているし、オープンアクセス運動が盛り上がっているし、Sci-hubが支持されているのである。
私自身はSci-hubを積極的に支持するが、テナント氏が言うように、Sci-hubはソリューションにはなりえない。対症療法とはなりえても、その存在が既存の学術出版社に依存したものであることは否定できない。やはり、研究者コミュニティが主導するオープンアクセスが主流とならない限りは、この状況を改善することはできないのだ。まさしく新しい知の共有のかたちを「新たに作り直す」ことが求められているのである。