以下の文章は、電子フロンティア財団の「EU Tech Regulation—Good Intentions, Unclear Consequences: 2024 in Review」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

この10年間、EUはオンラインサービスと新技術の規制において、世界を先駆けてきた。過去2期のEU委員会は、あらゆる分野を網羅する膨大な規制を打ち出してきたが、その焦点は常にビッグテックに向けられていた。世界最大のテック企業を規制しようとするEUの姿勢は、世界中の注目を集めている。画期的なデジタル市場法(DMA)とデジタルサービス法(DSA)をめぐる議論は、もはや欧州域外にも波及し、グローバルな論点となっている。

DSAの本質は、オンラインコンテンツの統制にある。これは、コンテンツモデレーションの透明性を高めると同時に、違法コンテンツの拡散に対するプラットフォームの責任を問うものである。

「非常に大規模なオンラインプラットフォーム」(VLOP)は、DSAの下で複雑な課題に直面している。それは「システミックリスク」――プラットフォームの設計思想やルールに起因するリスクと、一般ユーザの実際の利用によって生じるリスクへの対処だ。これらのリスクへの対策は、しばしば相反する方向に働く。VLOPは違法コンテンツと公共の安全性に関する懸念に対処しなければならない。それと同時に、表現の自由などの基本的人権を守り、さらには選挙プロセスや「市民の対話」といった抽象的な問題への影響にも目を配る必要がある。このバランスを取ることは至難の業であり、この過程で規制当局と市民社会がどのような役割を果たすべきかは、いまだ手探り状態だ。

DSAは今、綱渡りを強いられている。安全性への懸念市場の要請、この相反する二つの要素のバランスを取ろうとしているのだ。DSAは、個々のユーザの公正性を確保するための統一ルールをプラットフォームに課しているが、それはプラットフォームのイノベーションや成長を阻害するほどの制限ではない。

一方、DMAはよりマクロレベルにのみ焦点を当てている。個々のユーザの権利ではなく、巨大プラットフォームの義務と制限に焦点を当てているのだ。

DMAが対象とするのは、他企業のデジタル市場へのアクセスを支配する「ゲートキーパー」と呼ばれるプラットフォーム群だ。これらのゲートキーパーに対し、DMAは「競争可能性」(新興企業がゲートキーパーの支配に挑戦し、その権力を覆す可能性を確保すること)とデジタルビジネスにおける「公正性」を担保するためのルールを設けている。

DSAとDMAはいずれも、より安全で公正、そしてより開かれたデジタルエコシステムを約束している。

だが2024年が終わりに近づく中、重要な問いが投げかけられている。これらの法律は実効性のある形で執行されてきたのか? そして、本当にユーザにとって意味のある成果をもたらしたのか?

公正性の規制――野心的な取り組みと激しい対立

DMAが掲げる公正性、プライバシー、選択に関するルールは、テクノロジーのユーザにとって歓迎すべきものだ。しかし独占テック企業にとって、これらのルールは悪夢以外の何物でもない。

予想通り、DMAの施行は米国の巨大テック企業と欧州の規制当局との間の、手加減なしの泥仕合で幕を開けた

商業的監視の巨人、Metaを例に取ろう。同社のミッションは、ユーザからの同意も通知もなく、個人情報を容赦なく収集し、分析し、悪用することにある。2016年、EUは画期的なプライバシー法である一般データ保護規則(GDPR)を可決させた。GDPRは明らかに、FacebookによるEU市民の最もセンシティブな個人情報の収集に歯止めをかけることを意図していた。

これに対してFacebookは、GDPRの明白な意図を無視し、欧州市民の情報を同意なしに収集し続けた。Facebookの言い分は驚くべきものだった。彼らには契約上、この情報を収集する義務があるというのだ。利用規約で監視広告を表示することを約束しており、そのために必要な情報を収集しなければ、その約束に違反することになるという理屈である。

DMAは、プライバシー法の本質がプライバシーの保護にあるという、当たり前の事実を改めて明確にすることで、GDPRを補強している。つまり、MetaのサービスであるFacebook、Instagram、Threads、そして「メタバース」(失笑)は、もはやユーザの個人情報を好き勝手に収集することはできない。同意を得なければならないのだ。

これに対してMetaは、監視を望まないユーザ向けに新たな有料プランを設けると発表した。つまり、無料でサービスを使い続けるユーザは、監視に「同意」したとみなすという考え方だ。DMAはこうした「課金かOKか」という選択を明確に禁止しているが、そもそもGDPRの時点でMetaの監視行為は禁止されていたはずだ。ザッカーバーグと彼の幹部陣は、明らかに同じ手口が再び回避できると踏んでいるのだろう。

Appleもまた、EUに挑戦的な姿勢を示している。同社のiOSデバイス(iPhone、iPad、その他のモバイルデバイス)をサードパーティのアプリストアに開放するよう命じられたAppleは、不条理な手数料、懲罰的な契約条項、非現実的な条件を巧妙に組み合わせ、DMAに準拠していると言い張った。

その挑発的な姿勢にもかかわらず、Appleは驚くほど丁重な扱いを受けている。奇妙なことに、AppleのiMessageシステムはDMAの相互運用性要件(AppleにiMessageと他のメッセージングシステムの相互接続を義務づけるもの)から除外された。同社CEOが公然とロックイン効果の源泉であると自慢する支配的プラットフォームであるiMessageを、EU委員会は「ゲートキーパープラットフォーム」とは認定しなかったのである。

プラットフォーム規制――繊細な均衡点を探って

規制当局と市民社会は、オンラインプラットフォームの増大する影響力に警鐘を鳴らしている。有害コンテンツに対処しながら、同時に過度の検閲へとプラットフォームを追い込まず、表現の自由を守る――この微妙なバランスをどう実現すればよいのか。

EFFは「透明性」「開放性」「技術的自己決定」といった基本原則を掲げてきた。欧州での活動において、我々は常に新しい法律がインターネットを支えてきた保護を損なうのではなく、継承すべきだと主張している。機能しているものは残し、問題のある部分を修正するのだ。。

DSAにおいて、EUは正しい方向性を示した。発言の管理ではなく、プラットフォームのプロセスに焦点を当てたのだ。DSAには、問題のあるコンテンツの報告の仕組み、利用規約の構成、誤ったコンテンツ削除への対応など、具体的なルールが含まれている。これこそが、プラットフォーム統制の理想的なアプローチと言える!

しかし、違法コンテンツとシステミックリスクに対処するというDSAの新たな義務には、懸念がないわけではない。これほど広範な目標は、容易に過剰な執行や検閲につながりかねない。

2024年、我々の懸念は現実のものとなった。システミックリスクの緩和についてのDSAの曖昧さが、新たな政治的な執行問題を生み出したのだ。当時の(デジタル市場担当)委員、ティエリー・ブルトンは、英国での極右排外主義的暴動に関するコンテンツと、ドナルド・トランプとイーロン・マスクの予定された会合に関するコンテンツの削除を、DSAの下でプラットフォームに義務づける書簡をTwitterに送った。この書簡は、DSAが官僚にオンライン上の政治的発言の可否を決定する権限を与える道具になっているのではないかという広範な懸念を引き起こした。ブルトンの書簡はDSAの重要なセーフガードを軽視していた。ブルトンは「システミックリスク」への対処の問題としてではなく、個別のコンテンツに焦点を当て、さらにDSAの根幹をなす「違法」と「有害」の区別を曖昧にしたのだ。ブルトンの書簡はまた、DSAの地域的制限を無視し、EU域外にまで及ぶコンテンツの削除を要求した。

たしかに、オンラインの選挙に関する偽情報や誤情報は、米国でもグローバルでも、現実世界に深刻な影響をもたらすおそれがある。だからこそEFFは、偽情報と選挙プロセスに関連するリスクを緩和するためにプラットフォームが取るべき措置について、意見を集めるというEU委員会のイニシアチブを支持したのだ。ARTICLE 19とともに、我々は将来のプラットフォームガイドラインについてEU委員会にコメントを提出した。そこでは、ガイドラインが発言の取り締まりではなく、ベストプラクティスを重視することを提言した。さらに、DSAのリスク評価と緩和措置のコンプライアンス評価において、基本的人権の尊重を最優先すべきだと主張した。

一般に、多くのプラットフォームが、組織的または有害な偽情報に対処するために、コミュニティガイドラインに違反するコンテンツの削除を行っている。これは何百万ものEUユーザの信頼を得ている措置である。しかし、EFFや他の市民社会団体が警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、EUが新たに制定した欧州メディア自由法は、メディアに対する24時間のコンテンツモデレーション免除を強制し、事実上プラットフォームに強制的にコンテンツをホストさせるようにした(訳注:あるニュースがガイドラインに違反するとプラットフォームが判断した場合でも、プラットフォーム側はそれを即時削除することはできず、それを投稿した報道機関に24時間の猶予を与えなければならない)。EFFは重要な修正とより強力な保護措置を盛り込むことはできたが、執行における現実的な課題については依然として懸念している。

本稿は、我々EFFの「Year in Review」シリーズの一部である。2024年のデジタルライツをめぐる戦いに関する他の記事はこちら

EU Tech Regulation—Good Intentions, Unclear Consequences: 2024 in Review | Electronic Frontier Foundation

Author: Christoph Schmon and Cory Doctorow / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: April 5, 2024
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Alexandre-Louis-Marie Charpentier