以下の文章は、電子フロンティア財団の「An Urgent Year for Interoperability: 2022 in Review」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

囲われた庭(walled garden)は素晴らしいものになり得る。たった1つの企業にすべてを委ねて、あらゆることがうまく運ぶなら、我々はそれを受け入れられるのだろう。

囲われた庭は恐ろしいものになりうる。我々のデータ、社会関係、教育、恋愛、仕事、家族のつながりすべてが企業のサイロに閉じ込められてしまうと、我々が企業の意に反することをしようものなら、庭の壁はたちまち牢獄の壁へと変貌する。

FacebookやTwitter、Amazon、Googleからの離脱は、メディア、データ、社会的なつながりに至るまで、さまざまな重要かつ価値あるものを置き去りにすることを意味する。ビッグテックはそれを重々承知している。彼らは我々が離脱できないことを知っているからこそ、自社の利益のために我々の幸福を犠牲にする誘惑に駆られてしまう。そして、往々にしてその誘惑に屈してしまうのである。

そこで相互運用性の出番だ。連合型ソーシャルメディア代替アプリストア代替クライアントマルチプロトコル・クライアント追跡ブロッカーなどの相互運用的なツールは、自分が使うテクノロジーを自分でコントロールできるようにする。アルゴリズムによるフィード、ダメなモデレーション、プライバシー侵害など、気に入らない部分をブロックしつつ、友人、同僚、顧客とのつながり、自分のデータへのアクセス、購入したメディアやアプリなどの気に入った部分を維持できる。

2022年は相互運用性にとって飛躍の一年だった。グローバルな「修理する権利」キャンペーンはさらに勢いを増し、コロラド州の車いすを修理する権利法や、NY州の電子デバイスを修理する権利法案(未だ州知事は署名していない)が可決され、新たな突破口が開かれた。

だが米国で残念だったのは、ACCESS法アプリ市場開放法(Open App Markets Act)を議会が(現時点では)可決しなかったことだ。とはいえ、反相互運用性連合は強力ではあるが、一枚岩ではない。MetaとAppleは共にテック業界の反相互運用性ロビーに資金提供する一方、そのMetaは、Appleのモバイルデバイスに自社製品との相互運用性を求めるロビー活動を独自に展開している。このモノポリスト対モノポリストの仁義なき戦いは、反相互運用勢力の深い溝を露わにしている。

一方、ユーザは自らを管理するデバイスにますますウンザリさせられている。そしてプリンタから高級車オートバイに至るまで、自ら所有しているデバイスや製品の価値を最大限に引き出してくれるサードパーティ製ツールを求めている。

この反ボッタクリ連合は、イデオロギーすら超越している。規制論者は、このような悪用の事例を企業による自主規制だけでは解決できない証拠だと考える。一方規制反対派は、この悪用は競争の欠如と市場による抑止力の欠如によって生じると考える。だが両者とも、支配的企業による競争の抑圧は間違いであり、正さなければならないという考えは一致しているのである。

欧州の規制当局は米国のはるか先を行く勢いだ。EUはデジタル市場法(DMA)の施行により、テック・プラットフォームに中小企業、組合、イジリ屋などの新規市場参入者との相互運用性の義務を突きつけている。

我々はEUの画期的な前進――特にDMAの最終テキストに、我々が提唱した「敵対的相互運用性」(またの名を「競争的互換性」)が反映されたこと――を歓迎したい。たとえば、広告ブロッカーをインストールした状態でウェブに接続する、あるいはプリンタに他社製インクを使用するなど、メーカーから許可を得ることなく既存製品・サービスに接続する行為が保護されることになる。

DMAの施行は喜ばしいが、その実施には大きな懸念がある。EUが最初に相互運用性を義務づけたのは、メッセージングサービスだった。そこにはもちろん、エンドツーエンド暗号化を実装するWhatsAppやiMessageなども含まれる。世界中の数十億の市民が、これらサービスの完全性に依存している。それを無視して性急にメッセンジャーの相互運用性の義務化を推し進めれば、あらゆる地域で、あらゆる人々を危険に晒すことになるだろう

むしろDMAの相互運用性の取り組みは、ソーシャルメディアこそ最初の対象とすべきであった。ソーシャルメディアサービスは連合(さまざまなコミュニティによって運営される、より小規模で自律的で相互接続されたサーバ群)が極めて容易であり、それによって集中化しやすいソーシャルメディアプラットフォームが抱えるさまざまな問題に対処できる。

相互運用可能な連合型ソーシャルメディアの世界では、個人的にもビジネス的にも離脱コストは低いため、ハラスメントを我慢させられることもない。連合型の世界では、あなたの懸念に対処してくれないサーバを見限り、より良いモデレーションポリシーを定めるサーバに簡単に移行できる。それでも、あなたの重要な人々やコミュニティとのつながりが失われることはない。

だが、大規模な連合型ソーシャルメディアが姿を消して以来、すでに一世代以上の時間が経過した。現代の人々は、もはやUsenetFidonetといった分散型連合システムのことなど覚えてすらいないだろう。

そこで我々は、「友人を失うことなくFacebookを離脱する方法」というプレゼンテーションを作ることにした。このアニメーション・スライドショーとエッセイは、連合型・分散型のソーシャルメディアサービスが、プライバシー侵害やハラスメントを受忍することなく、今日の巨大企業と相互運用する方法を説明している。

このプレゼンは、これ以上ないほどにタイムリーなものとなった。Twitterの新オーナーがカオスを生み出したことで、統合型ソーシャルメディアへの関心は爆発的に高まっている。さらに、MetaがFacebookからMetaverseへのユーザを誘い出そうとしたことでFacebookの衰退が加速する一方、Metaの技術スタッフですら、足のない残念アバターに賭けようとする同社の先行きにほとほとゲンナリさせられている

世界は今、無責任なテック企業の一方的な決定に我々の社会的自己を委ねてよいのかと自問し始めている。相互運用性はその間隙に入り込み、牢獄となることが約束された囲われた庭から我々を救い出す機会をもたらしているのだ。

本稿は、「Year in Review」シリーズの一部である。2022年のデジタルライツの戦いに関する他の記事もご覧いただきたい。

An Urgent Year for Interoperability: 2022 in Review | Electronic Frontier Foundation

Author: Cory Doctorow / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: December 28, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Michael Jasmund