以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「All bets are off」という記事を翻訳したものである。米国における全米労働関係委員会(NLRB)や労働運動の仕組み・現状・背景については、先に翻訳したNiemanLabの記事に詳しく書かれているので、そちらも読んでおくと本稿の理解がより深まると思う。

Pluralistic

労働組合を違法とするなら、労働組合は法の外で生まれる。労働組合は、組合活動を保護する労働法があるから存在するわけではない。むしろ逆だ。かつて違法だった労働組合が、暴力的な弾圧に抗って結成され、要求を掲げ、そして勝ち取った結果として労働法は存在している。

経営者は昔から労働組合を嫌悪してきた。そして労働者を守る法律をとりわけ憎悪してきた。「契約の自由」や「実力主義」といった自己正当化の理屈で取り繕おうとしても、彼らの本音は「労働者が団結して交渉すれば、投資家と幹部が手にするはずの価値が労働者に流れてしまうじゃないか」だ。

ここで言う価値とは賃金だけの話ではない。経営者が、労働組合によって、あるいは労働組合の闘いがもたらした労働法によって、安全な職場運営を義務づけられれば、消火設備や個人用保護具、反復性の怪我を防ぐための有給休憩といったものにお金をかけざるを得なくなる。こうした安全対策を強制する力がなければ、経営者はそのお金を自分のポケットに入れ、労働災害のコストを労働者に押し付けることができる。

商品やサービスのコストと価格は、権力が具体化したものである。これは経済の問題ではなく、政治の問題だ。消費者保護機関が企業に対して品質の良い安全な商品の提供を要求し、価格操作や暴利を禁じれば、価値は企業から消費者に移転する。

しかし消費者の権利が強くても労働者の権利が弱ければ、経営者は消費者側で被った損失を労働者に転嫁できる。これがウォルマートやアマゾンの物語だ。低賃金と危険な労働条件の上に安さを実現している。逆に、消費者の権利が弱く、労働者の権利が強ければ、経営者は商品価格を上げることで高利益を維持し続けられる。これがNYCのような地域のギグワーク条例の物語だ。デリバリードライバーに最低賃金を保証すると、飲食店経営者は請求書に付加料金を追加する権利を要求した。

https://table.skift.com/2018/06/22/nyc-surcharge-debate/

だが、労働者と消費者が連帯して立ち上がれば、一つの勢力として機能し、経営者と投資家に立ち向かえる。2017年、アメリカン航空のパイロット組合は経営陣から賃上げを勝ち取った。ウォール街は狼狽し、アメリカン航空の株価は暴落した。大手銀行のアナリストたちは激怒した。シティバンクのケビン・クリッシーは憤慨しながら、状況を端的に言い表している。「じつに不愉快だ。またしても労働者が先に取り分を得る。株主には残り物しか回ってこない」。

https://www.vox.com/new-money/2017/4/29/15471634/american-airlines-raise

投資家階級の富を制限すると、彼らの権力も制限される。金は政治権力にほぼ直接的に変換されるからだ。この制限は好循環を生む。投資家階級が政治工作に費やせる金が減れば、消費者保護法と労働保護法の制定と執行の余地が広がる。労働法と消費者法が厳格になればなるほど、国民所得における、モノを作る人々とそれを使う人々の取り分は増え、モノを所有する人々の取り分は減っていくのだ。

このように見れば、価格と賃金は「経済」の問題ではなく、政治の問題であることは明白だ。正統派の経済学者たちは、あたかもお金の物理学でも扱うかのように装い、価格と賃金の「自然な」「実証的な」動きを発見したと主張する。「効率的市場仮説」「価格発見」「公共選択」、そしてお馴染みの「トリクルダウン理論」といったジャーゴンで着飾っていても、このダブルスピークを剥がしてしまえば、彼らは常にこう言っているに過ぎない。「実のところ、あなたのボスは正しい。彼は確かにあなたよりも多くの価値に値するのだ」。

https://pluralistic.net/2024/09/09/low-wage-100/#executive-excess邦訳記事

たとえ経営者には株主利益を最大化する「受託者責任」があるという嘘を信じ込まされていたとしても(これは神話に過ぎず、そんな法律は存在しない)、消費者や労働者がその受託者責任を共有するということにはならない。消費者として、不動産会社の投資家や取引先の配当を最大化するように自分の行動を調整する法的義務などない。労働者として、賃金や福利厚生、労働条件について交渉する際に株主の利益に配慮する法的義務など、どこにもないのだ。

「受託者責任」という嘘は、経済学を装った政治のもうひとつの例だ。たとえ経営者がパイの一切れを大きくしようとどれほど躍起になっても、その一切れの大きさは経営者、顧客、労働者の力関係によって決まる。

これこそが経営者が労働組合を嫌う理由だ。そしてこれが、卑劣漢[scab1訳注:スト破りを意味する言葉]のトランプ大統領が労働組合に全面戦争を仕掛けた理由でもある。トランプは全国労働関係委員会を事実上の閉鎖に追い込み、その執行活動と調査を一方的に停止させた。さらに民主党のNLRB委員を違法に解雇し、新たな行動を取るための委員定足数を割らせた。つまり、労働組合は認められず――実際、NLRBは何もできない――この状況は当面続くことになるだろう。

https://www.npr.org/2025/01/28/nx-s1-5277103/nlrb-trump-wilcox-abruzzo-democrats-labor

トランプはさらに、バイデン政権の目玉の一人で、画期的な労働規則を導入したNLRBの卓越した事務総長、ジェニファー・アブルッゾを解任した。

https://pluralistic.net/2023/09/06/goons-ginks-and-company-finks/#if-blood-be-the-price-of-your-cursed-wealth

トランプの行動は、まるで『グリンチ』のようだ。それこそがクリスマスの源だと思い込んで、フーヴィルに舞い降りてきてクリスマスの飾り付けを根こそぎ持ち去ろうとしているのだ。だが、グリンチは間違っていた(そしてトランプも間違っている)。クリスマスはフー族の心の中にあり、ティンセルや飾り玉はそのクリスマスの精神の表れに過ぎなかった。同じように、労働者の権利は労働運動から生まれるのであって、その逆ではない。

労働者の権利は1935年、全国労働関係法(NLRA)によって連邦法として定められた。経営者たちはNLRAを憎んだ――そして今も憎んでいる。12年後、彼らはタフト・ハートレー法を成立させ、NLRAを骨抜きにした。とりわけ重要なのは、タフト・ハートレー法が「同情ストライキ」――労働組合が連帯を示すためにストライキを行うこと――を禁止したことだ。同情ストライキは、労働者が経営者と投資家から価値を奪う強力な武器であり、だからこそ経営者たちはこれを潰したのである。

しかし、そのときでさえ、正直な経営者たちはNLRA以前の生活よりもNLRA以降の生活の方がましだと認めていたはずだ。ここで思い出してほしい。労働運動がNLRAを生み出したのであって、その逆ではないということを。労働者は合法的な組織化の手段を持たなかったとき、非合法の手段で組織化を行った。合法的なストライキの手段を持たなかったとき、非合法にストライキを行った。その結果、激しい衝突、そして流血の事態が起き、警察は労働組合の活動家たちを殴打し、時には殺害さえした。経営者たちは暴漢を雇い、文字通り大量殺人を犯した。1913年、カルメット&ヘクラ・マイニング・カンパニーのスト破りたちは、労働組合のクリスマスパーティーで将棋倒しを引き起こし、銅山労働者の子供たちを含む73人の命を奪った。

https://en.wikipedia.org/wiki/Italian_Hall_disaster

労働者たちはこれを黙って受け入れなかった。暴力には暴力で応えたのだ。工場や豪邸の外で爆弾が炸裂し、銃撃と放火が相次いだ。経営者たちは豪邸とパーティー会場と役員室を行き来するために、武装警備員を雇わなければならなくなった。国内は終わりのみえない混乱に陥った。

NLRAは労使交渉のルールを作った。街頭での流血を避けながら、労働者がより大きなパイの一切れを主張できるルールだ。だが、NLRAは経営者にとってもメリットがあった。労働組合がその恩恵を受けたければ、ルールに従わなければならなかったからだ。NLRAは経営者の権力に上限を設けただけでなく、労働者の闘争にも制限をかけた。フォン・クラウゼヴィッツは「戦争とは他の手段をもってする政治」と言ったが、これは政治が他の手段による戦争であることを意味する。政治のオルタナティブは降伏ではなく、戦争なのだ。

トランプは労働のゲームのルールを破り捨てた。だがそれはゲームの終わりを意味しない。ルールがなくなったことを意味するだけだ。

労働運動には多くの優れた活動家・著述家がいるが、昨夏がんで亡くなったジェーン・マカレヴィー(rest in power[死してなお眠らず])に敵う者はほとんどいない。マカレヴィーはその古典的名著『団体交渉 [A Collective Bargain]』で、全国労働関係法以前の時代にまで遡る伝統、そして活動家として訓練を受けた経験をつづった。

https://pluralistic.net/2023/04/23/a-collective-bargain/

マカレヴィーは、労働法が労働組合の力によって存在しているのであって、その逆ではないということを鮮明にしていた。労働組合の活動家たちが労働組合を作り出した後に労働法を作り出したこと、そして労働組合は労働法を保護する政府機関とは無関係に存在できる(そして実際、しなければならない)ことを明確に説明している。さらに彼女は『団体交渉』の中で、2019年のロサンゼルス教員ストライキについて触れた。このストライキは教員たちの賃金と福利厚生の要求を勝ち取っただけでなく、学区内の全ての学校の近くに公園や遊び場を設置することを約束させ、学校の門前でICE(移民税関捜査局)職員が保護者を嫌がらせすることを禁止させたのだ。

このストライキの大勝利は、教員同士の、そして教員とコミュニティの間の絆を強固なものにした。これらの教員たちは、その後2020年の選挙で投票促進運動を展開し、2人の民主党議員を連邦下院に送り込んで民主党の過半数確保に貢献した。マカレヴィーは、優れた労働組合が労働者を主体的な参加者としてコミットさせる手法と、民主党が支持者と関わる薄っぺらな手法――刺激的な文言のクリックベイトメッセージで金銭的支援を求めるだけ――を対比する。マカレヴィーの言葉を借りれば、「職場の民主主義は真の国家的民主主義を育む訓練の場である」。

闘う労働運動は、労働者の権利だけでなく人権そのものを守る。思い出してほしい。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、メンフィスで労働組合に加入した用務員たちのための運動中に命を奪われた。ロサンゼルスの教員たちは学校の門前でのICEの一斉検挙を止めさせた。図書館員の労働組合は焚書に対する戦いの最前線に立っている。

良いニュースは、この10年で労働組合に対する世論が劇的に好転したことだ。世代を超えて、かつてないほど多くの人々が労働組合に加入したいと考えている。かつてないほど多くの人々が労働組合を支持している。

悪いニュースは、労働組合のリーダーシップが本当にクソッッッッッタレだということだ。ハミルトン・ノーランが指摘するように、組合幹部たちはこれまでにない巨額の闘争資金を抱え、カーター政権以来となる4年間にわたる政府の労働組合支援を受けたにもかかわらず、その機会を完全に無駄にした。

https://www.hamiltonnolan.com/p/confirmed-unions-squandered-the-biden

大手労働組合は、労働者たちが組合結成の支援を懇願しているときでさえ、実質的に労働者の新規組織化を止めてしまった。労働組合の組織化予算はゼロと区別がつかないほど小さい。労働組合に加入したいと考える労働者の数が記録的な水準にあるにもかかわらず、労働組合に加入している労働者の数は、バイデン政権下で実際に減少した。

実際、一部の労働組合幹部は、卑劣漢[scab]のトランプのために選挙運動までした。チームスターズのボス、ショーン・オブライエンに至っては共和党全国大会で演説までした。トランプはこの政治的恩義に報いて、NLRBと国内の全ての労働法執行活動・調査を葬り去った。よくやったな、オブライエン。地獄で会おう。

https://www.theatlantic.com/politics/archive/2024/08/teamster-union-trump/679513

労働組合の幹部たちは対抗勢力を築く歴史的チャンスを台無しにした。今やトランプのストームトルーパーたちが労働者たちを違法に強制送還しようと一斉検挙を行っている。ファシズムが台頭しているのだ。労働とファシズムは不倶戴天の敵だ。組織労働者は常に、ファシズムにとって最大の脅威となってきた。だからこそファシズムは真っ先に労働組合を標的にする。労働組合の幹部たちは、我々の友人や隣人をトランプの強制送還ストームトルーパーから守れたはずの組織された力を失わせてしまった。

https://prospect.org/blogs-and-newsletters/tap/2025-01-28-trumps-lawbreaking-also-aimed-at-workers

とはいえ、全ての組合幹部がオブライエンのようなスト破り野郎[scab]というわけではない。UAWのショーン・フェイン委員長は、ビッグ3自動車メーカー全てを相手に歴史的なストライキで勝利を収め、新しい契約を全て2028年に終了するよう設定し、他の労働組合にも同様の行動を呼びかけた。これにより、タフト・ハートレー法に違反することなく2028年にゼネストを実現できる(フェインは、労働組合がルールに従わなければならないという、今や死に絶えた前提に基づいて行動している)。

https://pluralistic.net/2024/11/11/rip-jane-mcalevey/#organize邦訳記事

ゼネストは単なる労働者の権利のためのストライキではない。トランプ政権下では、ゼネストはトランプ主義とそれがもたらす恐怖――檻に閉じ込められた子供たち、強制出産、トランスジェンダーの抹消、気候変動の加速――に対するストライキとなる。

今や民主党は、ファシズムに黙って屈服する(そして資金集めに励む)ことしかできない。だがゼネストは民主党を占拠する労働者の力を生み出し、オリガルヒに戦いを挑む米国民の側に立つよう民主党に強いるだろう。

https://pluralistic.net/2025/01/10/smoke-filled-room-where-it-happens/#dinosaurs

しかし民主党を占拠する前に、我々は労働組合を占拠しなければならない。職場の民主主義を望むすべての労働者を組織化し、NLRBの助けを借りずに――というよりもNLRBの意に反してでも――すべての職場を組織化することに全力を注ぐ労働組合幹部が必要だ。我々はルールなき時代の原点に立ち返らなければならない。

これがトランプの作り出した世界だ。その選択を後悔させてやろう。

Pluralistic: All bets are off (29 Jan 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: January 29, 2025
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: Monopoly