以下の文章は、電子フロンティア財団の「Facebook Says Apple is Too Powerful. They’re Right.」という記事を翻訳したものである。
2022年、Appleはたいへんに素晴らしいことをした。モバイルOSのiOSがユーザのプライバシー設定の扱いを変更し、iPhoneなどのiOSデバイスの所有者がデバイス上のどのアプリからも追跡されたくないという意思を示せるようにしたのである。ユーザがそのように設定すれば、Appleはアプリがユーザのデータを収集するのを防いでくれる。
その理由は実に明快である。ほぼすべてのiOSユーザはトラッキングをオプトアウトしている。トラッキングできなくなれば、Facebookはもはや同社の商売道具である非合意的な行動履歴を作成できなくなるのだ。Appleがユーザにトラッキングをオプトアプトできるようにしたせいで、その年に100億ドルのコストが、それ以降にもさらなる損失が発生するとFacebookは主張する。
数十億ドルの損失を取り戻すために、Facebookが手段を選ぶことはなかった。Facebookはユーザにトラッキングを許可するよう懇願するメッセージを浴びせかけ、Appleには反トラスト法違反で訴えるぞと脅した。巨大企業が数十億の人々を監視しているからこそ中小企業の発展できるんだと主張して、中小企業にユーザ・トラッキングを擁護するよう呼びかけた。
何年もの間、Facebook――と監視広告企業――は、ユーザはターゲティング広告を好んでいると主張してきた。監視によって「関連」と「興味」に基づく広告を表示してくれるからだ、と。で、その根拠は? FacebookユーザはFacebook広告のウェブサイトに訪問しているのだから、彼らはターゲティング広告を楽しんでいるはずだ、という理屈なんだろう。
残念ながら、人々は監視を嫌っている。Appleが監視されないための選択肢をユーザに提供するずっと以前から、何億ものウェブユーザが広告ブロッカー(や我々が提供するPrivacy Badgerなどのトラッキング・ブロッカー)をインストールしてきた。これは人類史上最大級の消費者ボイコット運動と言ってもいい。この数億のユーザたちがターゲティング広告に価値を見出しているというのなら、ずいぶんと乱暴な解釈があったものだ。
インターネットユーザは、スパイされるか・されないかの選択肢が与えられれば、何度でも「されない」方を選ぶ。Appleが消費者のその選択肢を与えてくれたのだから、まったくありがたいことだ。
が……Facebookにも一理ある。
「ユーザ」が「人質」になるとき
Facebookは米電気通信情報局「モバイルアプリのエコシステムにおける競争に関する報告書」のパブリックコメントで、Appleがユーザがインストールしたいアプリの選択を拒否するAppleの権限について不満を述べている。iPhoneなどのiOSデバイスは「サイドローディング」(AppleのApp Storeからのアプリダウンロード以外の直接インストール)をブロックしていて、サードパーティが代替アプリストアを提供できないように技術的対抗策を採っているという。
これは大西洋の両岸で進行中のホットな立法議論だ。米国では、アプリ市場開放法(The Open App Markets Act)が、サードパーティアプリストアやアプリを利用したいユーザを阻害しないようAppleに義務づけようとしている。EUでも、デジタル市場法に同様の条項が含まれている。AppleがApp Storeでの販売に課す要件に憤慨した一部のアプリメーカーは、Appleが独占的な支配力を濫用していると裁判を起こしてもいる。
App Storeで販売されるアプリをめぐる紛争は、多くの場合、Appleがソフトウェアベンダーから徴収する手数料が争点になる(長らく30%を手数料として徴収してきたが、最近では一部に15%の割引を適用している(訳注:1年以上経過したサブスクリプション、年間収益が100万ドルに満たない小規模事業者(要申請)、Apple Newsにコンテンツを提供する一部地域のパブリッシャ(要申請)の手数料が15%に設定されている))。多くの企業が30%(あるいは15%)もの手数料の支払いに苦慮するほどの利益しか上げられていないことを考えれば、彼らが怒るのも無理はない。
たとえば、オーディオブック卸売業者の小売割引率は20%である。つまり、Appleのプラットフォームでのオーディオブック販売は、Apple自身かその優遇パートナー、あるいは市場を支配するAmazon子会社のAudibleでもないかぎり、赤字は不可避である。それゆえ、iPhoneアプリを提供するオーディオブック・ストアは、ユーザにブラウザ経由でアカウントにログインしてもらった上でオーディオブックを購入させ、そのあとにスマートフォンアプリでファイルをダウンロードしてもらうというような、バカバカしい回避策をとらざるをえない。
つまりAppleは、iPhoneユーザが使用できるアプリをコントロールしているだけでなく、ユーザが聴くことのできる文学作品(オーディオブック)をほぼ完全にコントロールできるのである。もちろん、Appleはユーザの読書習慣をコントロールしたかったわけではないのだろうが、ひとたびコントロールできるようになれば、そのコントロールをなんとしてでも守ろうとする。Appleのユーザがライバルのアプリストアを使いたいと言い出そうものなら、Appleはそれを阻止するために技術的にも法的にもありとあらゆる手段を講じるのである。
iOSのビジネスモデルは、ハードウェア販売とアプリ手数料を基盤としている。Facebookは、この2つの要因が組み合わさることで、Appleユーザに高い「スイッチング・コスト」が課されていると主張している。「スイッチング・コスト」とは、ある企業から別の企業に忠誠心を変えるときに諦めなければならないすべてのモノを指す経済学用語である。iOSの場合、ライバルのモバイルデバイスに乗り換えるには、新たなデバイスの購入だけでなく、アプリの追加購入コストもかかる。
有料アプリの場合、アプリの買い直し、アプリ内課金やサブスクリプションの放棄、現時点でのサブスクリプションの解約と新規サブスクリプションの手続きに時間や労力を費やすことが避けられない場合が多い。
Facebookの言うとおりだ。Appleがサードパーティ・ブラウザを制限し、Safari/WebKit(Apple独自のブラウザツール)に制限をかけていることが、ブラウザ内でシームレスに機能する「ウェブアプリ」の足かせになっている。つまり、アプリメーカーは、すべてのタブレットやスマートフォンで動作する単一のブラウザベースのアプリを提供できず、モバイルプラットフォームごとにアプリを開発しなければならない。
アプリユーザは、あるプラットフォームから別のプラットフォームに乗り換え、好きなブラウザにURLを入力するだけでは、すべてのアプリへのアクセスはできないのである。
Facebookはまさにスイッチングコストについて語るべき立場にある。高いスイッチングコストによって、ユーザは本当は好きではないサービスであってもロックインされてしまう。どれほどそのプラットフォームを嫌っていようが、プラットフォームを使い続けるコストが、離脱に課されるコストを上回るようにしているからである。
そう、それがFacebookのやり方だ。
Facebookはスイッチングコストを可能な限り高めるエンジニアリングに多大な労力を費やしてきた。FTCが公開した内部メモでは、同社役員、プロジェクトマネージャ、エンジニアが、ライバル企業に移行したユーザにできるだけ高い代償を支払わせるサービスデザインの計画について率直に議論している。Facebookは、アカウントの削除が友人、家族、コミュニティ、顧客との完全な決別になるように全力を注いでいるのだ。
したがって、「Appleはユーザを人質にとるためにスイッチングコストを利用してる」というFacebookの指摘は、まさにそのスイッチングコストを利用してきたからこその指摘なのである。
慈悲深くとも独裁者は「独裁者」
Facebookが言わんとしていることは、AppleユーザがAppleのやり方に同意しないのであれば、企業の利害(preference)よりもユーザの選択を優先せよ、ということだ。ユーザがAppleの嫌がるアプリを使いたいなら、そのアプリを選択できるようにすべきである。ユーザがAppleを捨ててライバル企業に移行したいなら、Appleが高いスイッチングコストでユーザを囲い込むのを許してはならない。
そう、Facebookは正しい。
AppleのApp Tracking Transparencyプログラム(「アプリによるスパイをブロックできるようにしたiOSの修正」を言い換えた言葉)は、あなたがFacebook(または他の監視技術企業)と考えが異なるのであれば、企業の利害よりもあなたの選択を優先させよという考えに基づいている。スパイされずにアプリを使いたいなら、それを選択できるようにすべきである。あなたがFacebookをやめてライバル企業に移行するにしても、Facebookは高いスイッチングコストを課してあなたをロックインすべきではないのである。
Appleがあなたのプライバシーを守るという選択をするのは素晴らしい。両手を挙げて歓迎しようじゃないか。だが、もしAppleがあなたのプライバシーを守らないという選択をしたなら、あなたにはAppleの選択を拒否する権利があるべきだ。App Tracking Transparencyが導入される10年以上も前から、FacebookはiOSユーザをスパイしてきたのだから。
Facebook――やGoogle、その他の企業――と同様に、Appleは自社プラットフォーム上で行われるさまざま監視を容認している。2021年春、AppleとGoogleは最悪の位置情報ブローカーをアプリストアから追放したが、それでもあなたの行動を監視し、それを第三者に販売するアプリは未だに放置されたままだ。
iOSの問題は、AppleがApp Storeを運営していることではなく、Appleが競合アプリストアの提供を阻害していることにある。どのアプリを使ってよいかというAppleの判断を信頼しているのなら、それは結構。だが、大変によく機能するシステムであっても、ひどい失敗を起こす。今日、Appleの判断がどれほど信頼できるものであっても、明日も同じように信頼できるとは限らない。
結局のところ、Appleの編集上の選択には、ユーザに質の高い体験を提供したいという思いと、株主に利益をもたらしたいという思いとが交錯している。iOSユーザが競合アプリストアに乗り換えることができないからこそ、Appleはユーザを失うことを心配せずに、ユーザが望むアプリをいくらでも削除してきたのである。
米議会、そして裁判所が、この問題に取り組んでいる。そのなかで、Appleがお気に召さないアプリをApp Storeで提供するよう命令するというソリューションが提案されている。だが、それは我々の望むやり方ではない。Appleが取り扱いたくないソフトウェアの提供を強制しても、それはそれで別のたくさんの問題を引き起こす。なにしろ米国政府は、ユーザが必要とする暗号化を妨害するよう何度もAppleに命令してきたくらいだ。
だがそのAppleもまた、ユーザをとんでもないリスクをもたらす方法で暗号化を阻害しようとすることもある。
Facebookと同様に、Appleは本当にユーザのためになる行動を起こすときに大騒ぎする。だが、Facebookと同様に、Appleはユーザを売り渡す選択をするときには自分たちにはどうしようもないんだと泣き言をいう。
Apple、そしてFacebook、Google、その他のテック企業は、それぞれにユーザのプライバシーを懸念している。そして我々には、彼らが与えようとするそれぞれのプライバシーすべてを得る権利がある。それだけだ。
だが、テック企業の慈悲に頼るだけでは不十分だ。ユーザがApple以外のアプリストアを選択できるようにすべきだというFacebookの主張は正しい。選択を与えれば、ユーザが略奪的で侵入的なアプリにさらされることになるというAppleの主張は間違っている。Appleの反論は、同社が提供するプライバシーの保護は改善のしようがないほどにファンタスティックだ、と暗にほのめかしている。だがそれは断じて間違いだ。数十億のユーザを抱えるマス市場製品が、特定のニーズ、個別のニーズをすべて満たすことなどできやしない。改善の余地は大いにあるはずだ。
そして、Appleも正しい。FacebookユーザがFacebookを使用するに当たって、スパイされるのを受け入れねばならないなどということはない。
ユーザの権利は、企業の取締役会の裁量に委ねられるべきものではない。Apple(あるいはFacebook)がユーザのために立ち上がるのを待つのではなく、市民はプライバシーに関する法的強制力を持った権利を有するに値するし、それはFacebookやApple、そして代替アプリストアやユーザインターフェースを提供する中小企業にも適用されるものである。
Facebook Says Apple is Too Powerful. They’re Right. | Electronic Frontier Foundation
Author: Cory Doctorow / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: June, 15, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Anthony Quintano (CC BY 2.0)