以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Copyright won’t solve creators’ Generative AI problem」という記事を翻訳したものである。なお表題および文中の『猿の手』(邦訳)はW.W.ジェイコブズの短編小説に由来する。

Pluralistic

ジェネレーティブAIを伝えるメディア・ショーは(自社ソフトの魔術的な力をまくし立てるAI企業の主張を延々と繰り返しているだけだが)、当然のことながら、メディアやテック企業の搾取によってトラウマを植え付けられているクリエイターたちの懸念を引き起こした。

「AI」の主張が大げさに誇張されているとはいえ、クリエイターが警戒するのは当然と言える。彼らのボスはクリエイターをクビにして、柔軟なソフトウェアに置き換えることばかりを望んでいるのだから。クリエイティブ産業は、オーディエンスにはクリエイティブな作品にお金を支払えと言いながら、クリエイターの作品を市場に送り出すにあたっては、クリエイターへの対価を最小限に抑えるべきコストとみなしている。

クリエイティブ労働市場は主に著作権という、作品が「固定化」された瞬間にクリエイターに生じる独占権によって規定されてきた。そして、メディアやテック企業はその権利を購入したり、ライセンスするために交渉する。権利の範囲が広ければ広いほど、企業に価値をもたらし、クリエイターへの対価も高額になるという理屈だ。

だが、机上の空論でしかない。過去40年間、著作権は強化され続けた。著作権の保護期間を延長し、より多くの作品を著作権の対象にし、侵害の法定損害賠償額を引き上げ、侵害の立証をより容易にしてきた。にもかかわらず、そうしてもたらされた利益のうち、クリエイターにわたる割合は絶対的にも相対的にも減少の一途を辿っている。

つまり、今日のクリエイターはより強力な著作権を手にし、クリエイターの権利を買い取る企業はより多くの利益を手にしたが、クリエイターは40年前より貧しくなっている。どうしてそんなことになってしまったのか。

レベッカ・ギブリンとの共著『チョークポイント資本主義』で説明したように、メディアやテック企業からクリエイターに支払われる対価は、著作権の強さや範囲によって決まるのではなく、むしろクリエイティブ市場の構造によって決定されるのである。

https://chokepointcapitalism.com/

市場は独占企業――5つの巨大出版社、4つの巨大映画スタジオ、3つの巨大レーベル、2つの巨大アドテク企業、1つの巨大電子書籍・オーディオブック企業――に集中している。そしてインターネットは、「それぞれが他の4つのウェブサイトのスクリーンショットで埋め尽くされた5つの巨大なウェブサイト」へと劣化した。

https://twitter.com/tveastman/status/1069674780826071040

こうした状況にあっては、クリエイターにさらに著作権を与えたとしても、いじめられっ子のランチ代を増やしてあげるようなものである。その子にどれほどランチ代を渡しても、いじめっ子に全部奪われるだけで、その子のお腹が満たされることはない(たとえいじめっ子がぶんどった昼食代の一部で、お腹を空かせたいじめっ子のためにランチ代を増やしてあげようと訴えるPRキャンペーンを展開したとしても、免罪されやしない)。

https://doctorow.medium.com/what-is-chokepoint-capitalism-b885c4cb2719

だが、クリエイティブワーカーたちは、大手メディアやテック企業に、著作権こそがあらゆる病理を癒やす特効薬だとそそのかされ、反射的に著作権にすがるよう仕向けられてきた。予想通り、機械学習システムによる訓練は著作権侵害だと主張する声は日増しに大きくなってきている(大規模な訴訟も増え続けている)。

これは間違った理屈だ。第一に、著作権法の観点からの問題がある。基本的に、機械学習システムは多くの作品を取り込み、分析し、それらの間の統計的な相関関係を見出し、その上に新たな作品を生み出す。あらゆるクリエイターの実践――つまり自分が称賛する作品を分析し、その上に自分自身の新しい作品を作り上げること――を、数学を多用して実践しているだけにすぎない。

アートブックのページをめくり、気に入った絵の配色や鼻と額の比率を分析したところで著作権侵害にはあたらない。あなたの創造的な作品を分析し、そこから学ぶことを禁止する権利など作ってはならないのだ。そのような権利は、次世代のクリエイターがそのテクニックを(合法的に)学ぶことを不可能にしてしまうだろう。

https://www.oblomovka.com/wp/2022/12/12/on-stable-diffusion/

(時に、MLシステムが訓練データから盗作してしまうこともある。これは著作権侵害になりうるが、a) MLシステムは間違いなくこの盗作を防止するガードレールを手に入れるだろうし、b) そうなったとしても、クリエイターが自分の作品から学習したMLシステムから追い出される懸念は消えない)。

我々は近年の歴史から学ぶべきだ。サンプリングが商業ヒップホップのスタイルになったころ、一部のクリエイターたちは、誰が自分の作品をサンプリングできるかをコントロールし、サンプリングから対価を得る権利を求めて大騒ぎした。サンプリングしたいミュージシャンたちは、音源の数小節を楽曲に使うのは、ジャズ・トランペッターが人気曲の数小節をソロに入れるのと同じだと主張した。そして今日、楽曲を商業的にリリースしようとすると、ラジオ局、レーベル、ディストリビューターからサンプリングをクリアすることを要求されるようになった。

これはミュージシャンに良い結果をもたらすものとはならなかった。世界のレコード音楽の70%を支配するソニー、ワーナー、ユニバーサルのビッグ3レーベルは、ミュージシャンに自らの作品のサンプリングの権利を放棄するよう要求するようになったのである。ビッグ3はまた、ビッグ3のいずれとも契約していないミュージシャンとサンプリング・ライセンスを結ぶこともしなかった。

つまり、サンプリングを使って音楽を制作するには、自分の楽曲のサンプリングをコントロールする権利を放棄し、ビッグ3が突きつけるいかなる条件であろうと受け入れねばならなくなったのだ。いじめられっ子のランチ代を増やしたはずなのに、いじめっ子がそれを手に入れたのだ。

https://locusmag.com/2020/03/cory-doctorow-a-lever-without-a-fulcrum-is-just-a-stick/

クリエイティブ産業を支配する独占企業は、「AIの活用」に向けてすでに先手を打っている。声優事務所は声優に対し、自分の声で機械学習モデルを訓練する(現在は存在していない)権利を放棄する契約を迫っている。

https://www.vice.com/en/article/5d37za/voice-actors-sign-away-rights-to-artificial-intelligence

全米声優協会(NAVA)は、このような法外な要求をする契約にはサインしないよう(ごもっともな)注意喚起をしており、組合の俳優たちはこうした条項を遡及的にでも取り消しできると述べている。

https://navavoices.org/synth-ai/

これは驚くことではない。労働組合は、クリエイターに著作権を与えたり、クリエイターに個別交渉を期待するよりも、アーティストが報酬を得る上で多くの実績を重ねてきた。だが、非組合員のクリエイター、つまり我々の大多数にとって、こうした条項を撤回させるのは難しい。現に我々はすでに、出版社、レーベル、スタジオが交渉に応じなくてすむように、不合理で非良心的でナンセンスな契約書に署名させられているのである。

https://doctorow.medium.com/reasonable-agreement-ea8600a89ed7

MLトレーニングの独占権を求める声は、労働者からではなく、むしろメディアやテック企業からあがっている。我らクリエイティブワーカーは、企業にこのような権利を作らせてはならない。そうした権利が我々に敵対的に用いられるからだけではない。これら企業は、新たな排他的権利を作り出しては痛い目にあってきたからでもある。

メディア企業はこの数十年、既存の作品に“類似”した作品にまで権利を主張できるように著作権を拡大解釈し、「インスパイアされた」と「コピーされた」を混同させようしてきた。自分たちは常に、「類似した」作品を他人に作られるのを防ぐ側にいるという認識しかなかったのだ。

だが、彼らは(予測して当然の)著作権トロールの台頭を予測できなかった。著作権トロールは、ヒット曲がクライアントの楽曲のちょっとしたフレーズ(あるいは単に「フィーリング」)をコピーしていると主張し、多数の訴訟を起こした。たとえばファレル・ウィリアムスとロビン・シックは、マーヴィン・ゲイの遺族から両名の楽曲「ブラード・ラインズ」について訴訟を起こされている。この楽曲は、ゲイの歌詞やメロディをコピーしたものではなく、その「フィーリング」を取り入れたものだった。

https://www.rollingstone.com/music/music-news/robin-thicke-pharrell-lose-multi-million-dollar-blurred-lines-lawsuit-35975/

今日、成功したミュージシャンたちは、知りもしない楽曲との偶然の類似を理由に起こされる巨額訴訟に戦々恐々としている。昨春、エド・シーランはそのような訴訟を退けることができたが、その勝利はあまりに空虚なものだった。シーランが言うように、毎日6万曲の新曲がSpotifyにアップロードされている状況にあっては、類似は避けようがない。

https://twitter.com/edsheeran/status/1511631955238047751

メジャーレーベルもこの問題を懸念している――が、どうすればよいのか途方に暮れている。彼らは音楽のあらゆる要素を資産に変換し、それをクリエイターから簒奪し、自らの膨れ上がったポートフォリオに追加できるというアイデアから逃れられない。手にしたものを手放す気にはなれないのだ。まるで、空洞の丸太の穴の中に手を突っ込み、穴から抜けないバナナを掴んでしまった猿のように。

https://pluralistic.net/2022/04/08/oh-why/#two-notes-and-running

これは『猿の手』の呪いだ。巨大エンターテイメント企業は、すべてを取引可能な独占権に変換するよう望んできた。そして今、この業界は膨大な疑似資産の宝物庫から簒奪を企てるトロールやMLに脅かされている。

もっといい方法があるはずだ。NAVAのティム・フリードランダー会長がMother Boardのジョセフ・コックスに次のように語っている。「NAVAは反合成音声でも、反AIでもありません。声優の味方なのです。声優が積極的かつ平等の業界の進化に関わり、彼らのエージェンシーや仕事、才能に対して公正な補償を求める力を失わないようにしたいのです」。

まさしく真のラッダイトの倫理を凝縮したような言葉だ。結局、ラッダイトは紡績の自動化に抵抗したのではなく、自動化の推進に加わり、その配当の公正な分配を望んだのだ。

https://locusmag.com/2022/01/cory-doctorow-science-fiction-is-a-luddite-literature/

創造的プロセスのあらゆる要素が「IP」化しても、クリエイターの暮らしが良くなることはなかった。むしろそれは、巨大企業が突きつける条件を飲まなければ創作活動がしにくくなる状況を作り出した。そしてその条件は必然的に、クリエイターのIPをすべて企業に譲り渡すことを強要する。スパイダー・ロビンソンが1982年のヒューゴ賞受賞作『憂鬱な象』で予言したとおりに。

http://www.spiderrobinson.com/melancholyelephants.html

(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)

Pluralistic: Copyright won’t solve creators’ Generative AI problem (09 Feb 2023) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: Feburary 09, 2023
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Cory Doctorow (modified)