以下の文章は、Access Nowの「The Digital Services Act: your guide to the EU’s new content moderation rules」という記事を翻訳したものである。
3年に渡る激しい交渉を経て、EUデジタルサービス法(DSA)がついにお目見えする。2022年7月5日、欧州議会は将来のEUコンテンツモデレーション・ルールブックの最終テキストを承認した。DSAは、EUにおけるコンテンツおよびプラットフォームのガバナンスの「ゴールデンスタンダード」ともみなされている。本稿では、この待望の法律の内容と、2024年の施行によってどのような変化が訪れるのかを解説する。
デジタルサービス法とは
デジタルサービス法は、オンライン上の違法コンテンツの拡散の制限を目的としたEUの新たな法律である。すべての人にとって安心・安全なオンライン環境を構築するために、民間事業者に新たな義務を定めている。EUのプラットフォームガバナンス規制の歴史において初めて、市民の基本的権利が最優先されることになる。
誰に適用されるのか
DSAは、EU域内でサービスを提供するホスティングサービス、マーケットプレイス、オンラインプラットフォームに適用される。これは設立国がEU域外であっても、すべてのプロバイダが対象となる。つまり、EU在住者であれば、誰もがDSAの保護の恩恵を受けられるということになる。したがって、DSAは企業の利益よりも、市民を最優先に考えているということになる。
DSAは、EU域内の月間平均アクティブユーザ数が4500万人を超える非常に大規模なオンラインプラットフォーム(VLOPs:Very Large Online Platforms)と非常に大規模なオンライン検索エンジン(VLOSEs:Very Large Online Search Engines)と対象にしている。このことからも、この法律は、プラットフォームが公共空間での言論を支配し、市民のオンラインでの行動にしばしば操作的影響を及ぼしていることを正しく認識していることがわかる。
EU域内の法律はどう変わるのか
DSAはオンラインの基本的権利の保護する重要な成果をもたらす。
法的拘束力のある透明性とアルゴリズムの説明責任:透明性に関連した規制強化により、、オンラインプラットフォームは加盟国当局による削除命令の件数と、トラステッド・フラッガーによる提出ないし自動化された手段で取得された違法コンテンツの存在に関する全ての通知を開示することが求められる。DSAはすべてのオンラインプラットフォームに、自動コンテンツモデレーションツールの使用方法、ツールのエラー率、コンテンツモデレーターのトレーニングと支援に関する報告書を公表することが義務づけられる。
オンライン違法コンテンツへの協調的対応:DSAは、EU史上初めて、いわゆる通知と措置(notice-and-action)の手続き――つまりプラットフォームがいつ、どのような場合に、違法コンテンツの拡散に責任を負うべきかを決定するシステム――に関する統一された基準(unified criteria)を定めている。これは重要な法原則を維持・強化するものとなる。仲介者責任の条件つきモデルは、オンラインプラットフォームが違法コンテンツを検出した際に、どのように行動すべきかを定義している。DSAは、これを勤勉かつ誠実に実施する方法を、より明確かつ確実なものにする。さらに、DSAはコンテンツ一般監視の禁止を強化し、特定の違法コンテンツを知り、それを除去しようとすることと、あらゆるコンテンツをスキャンしてすべての違法コンテンツを探り出すことを明確に区別している。
「ダークパターン(欺瞞的デザイン)」の否定――踏み込み不足ではあるが:DSAは市民の権利とオンライン体験のために、欺瞞的デザインに対処しようとしている。理屈の上では、すべてのオンラインプラットフォームが、欺瞞的かつ操作的な方法でインターフェース・デザインを設計・運用することを防止することになっている。市民が「自由な情報に基づく意思決定」を行えるようにすることを意図した重要な保護ではあるが、最終的な条文には、既存の消費者保護、データ保護規則における基準を超える制限はほとんど含まれてはいない。
特定カテゴリのセンシティブデータを用いたターゲティングおよび増幅の禁止:DSAのもう1つの画期的な側面は、オンライン広告を厳格に規制している点だ。我々はパートナー団体とともに、人間の脆弱性を悪用し、深刻な人権侵害をもたらす監視に基づく広告に反対してきた。DSAの規制は、ターゲティングに関する全面的な透明性の義務だけにとどまらない。プロファイリングに基づく広告や、特定カテゴリのセンシティブデータ(性的指向や政治的志向など)の使用禁止を定めている。今後、監視に基づく広告に有効に対処するための道をひらく真の転換点と言える。だが、センシティブデータ以外のデータを用いた侵入的なターゲティングは可能であるため、部分的な勝利に過ぎないことは認識されるべきだろう。
情報フローのコントロールの奪還:現在のオンラインエコシステムでは、コンテンツがどのように、どのような理由で自分に配信されてきたのかを理解するのはほぼ不可能である。DSAはすべてのオンラインプラットフォームに対し、コンテンツ・レコメンド・システムのパラメータを開示し、なぜある情報を他の情報よりも頻繁に目にするのかを説明することを義務づけている。この情報は、サービス利用規約を通じて簡単にアクセスできるようにしなければならない。重要なのは、市民がコンテンツ・レコメンド・システムを変更する権利と、プロファイリングに基づかない少なくとも1つ以上の選択肢にアクセスする権利を有するとされたことである。
VLOPsに課せられる特別なデューデリジェンス義務:DSAの最も斬新で画期的な要素は、VLOPに課せられる注意義務であり、特に重要なものとしてはリスク評価、リスク軽減措置の実施義務、独立監査の義務などがある。DSAのデューデリジェンス条項では、VLOPのシステムと運用に起因する基本的権利のシステミックリスクがとりわけ認識されている。だがこれらの措置の実効性は、今後定められることになっている欧州委員会の委任法およびガイドライン次第である。
DSAはユーザにどのような影響をもたらすのか
適切かつ有効に実施・施行されれば、DSAは表現と情報の自由、思想の自由、操作されることなく自由に意見を形成する権利などを保護するものとなるだろう。EUはその約束通り、基本的人権の保護を今後の規制の中核に据えている。
DSAは、個人がより効果的な救済措置にアクセスできるようにする重要なセーフガードをもたらす。たとえば、すべての仲介業者は、ユーザが当該仲介業者と直接コミュニケーションするための単一の窓口を設置しなければならない。また、ユーザ生成コンテツを制限する場合には、どのような措置がどのような根拠に基づいて講じられたのかを説明する理由書を提供することが義務づけられている。またDSAは、プラットフォーム側が無料で提供する内部異議申立処理システム、裁判外の紛争解決、司法救済という3階建ての異議申立メカニズムを想定し、そのいずれにも常にアクセス可能でなければならないとする。また、DSAは異議申立の権利、集団的救済の権利も確立している。こうした措置は条文上は説得力があるように見えるが、その相互補完性とその執行実務については未知数である。
次のステップと施行の時期
DSAは採択から15ヶ月後、遅くとも2024年1月1日にはEU全域で施行される。VLOPsとVLOSEsについてはもっと早く、指定から4ヶ月後、つまり2022年秋頃にはDSAが適用される。つまり、その日からすべてのプラットフォームが、VLOPに該当するかを判断するために、サービスの月間平均アクティブユーザ数を報告しなければならなくなる。
おわりに:4年間の立法プロセスでAccess Nowが果たした役割
欧州委員会がこの新たなルールブックに取り組み始めた2020年、我々はDSAのポジションペーパーを発表し、人権を重視したプラットフォーム・ガバナンス・モデルのウィッシュリストを提示した。また欧州・世界のパートナー団体との共同行動により、複雑かつ文脈依存的なテーマでありながら、統一見解を示してきた。立法プロセスの不透明性と閉鎖性という課題に直面しながらも、我々の提言の多くが新たなルールに組み込まれたことを喜ばしく思っている。最終的な成果には政治的妥協の跡が見え隠れするが、EUは基本的権利を中心に据えたコンテンツ・モデレーション規制の先例を作り上げたと言えるだろう。
The Digital Services Act: your guide to the EU’s new content moderation rules – Access Now
Author: Eliska Pirkova / Access Now (CC BY 4.0)
Publication Date: July 6, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Yuhan Du