商業利用可のロイヤルティー・フリーBGM(自作自演)を配信していた方が、そのBGMを音楽配信代行サービス「TuneCore」経由でリングトーン(着メロ)配信しようとしたところ、第三者の著作権を侵害している可能性があるとして、TuneCoreから配信申請をリジェクト(保留)されてしまったという。

昨今世間を賑わせているEU著作権指令案第13条の「著作権フィルターの義務化」とも関連する事案なので、少し補足したい。

TuneCoreで上記の自作BGMを配信しようとしたら、リジェクト(厳密には配信保留)されてしまったので、クレーム話ではなく「こういうケースもあるんだなぁ…」と実感したエピソードとしてここに書いておきます。
自作曲を配信しようとしたら権利確認でリジェクトされた話 | 独学で作曲

ブログ記事の著者、KKさんは、フリーBGMプラットフォーム「DOVA-SYNDROME」を利用して、問題のBGMを配信していた。DOVA-SYNDROMEは、音楽クリエイターが自身の楽曲やジングル、効果音をロイヤルティ・フリー音源として提供しているサービス。ライセンスも「商業利用可、クレジット非表示OK、無料」と非常にゆるく、この自由度の高さはさまざまなクリエイターにとって非常にありがたい存在だろう。

ところが、KKさんがDOVA-SYNDROMEに登録していたBGMをTuneCoreを介してリングトーン配信しようと申請したところ、第三者の著作権を侵害している可能性があるとして、配信申請をリジェクトされてしまった。具体的にはTuneCoreが日本コロムビアがリリースしたドラマCDと類似していると機械的に判定したためだという。KKさん自身が当該のCDを(レンタルして)確認したところ、KKさんが自作したフリー音源が使われていた。

もちろん、DOVA-SYNDROMEで配信されているフリーBGMは商用利用可のライセンスなので、商業ドラマCDで使用されていたこと自体に問題はない。問題は、著作権を持たない第三者が(機械的にとはいえ)不当に権利を主張し、あまつさえ本来の著作権者による作品が公表が阻害されてしまったことにある。

ロイヤルティ・フリー作品といっても、あくまでも自由かつ柔軟な利用が可能なライセンスで提供されているというだけあり、その利用者に権利が譲渡されるわけではない。あくまでも著作権(および著作隣接権)はBGMを作曲・録音したクリエイターにある。第三者が不当に行使すれば、クリエイターの著作権を侵害することになる。

誰が著作権者かをどう判定するか

特にその手のトラブルが多いのがYouTubeのコンテンツIDだ。コンテンツIDは著作権者(YouTubeが認めたパートナー)が提出したコンテンツのサンプルから特徴を抽出したIDファイル(フィンガープリント:電子指紋)を生成、データベース化し、アップロードされるすべてのビデオをそのデータベースに照合するシステムである。要するに、著作権侵害かどうかを判定するために、権利者がその判断基準となるサンプルを提出し、YouTubeはそのサンプルに一致するかどうか(著作権侵害かどうか)を機械的に判定しているというわけだ。コンテンツIDにより第三者の著作物を利用してると判定された場合、その権利者には、何もしない「クリア」、そのビデオを非公開にする「ブロック」、コンテンツIDが検出した音声のみを再生しない「ミュート」、非公開にはしないがその後の状況を追跡する「トラッキング」、公開状態を維持しつつ広告を表示して収益化する「マネタイズ」の選択肢が与えられる。

「マネタイズ」を選択する権利者も多く、ピコ太郎の「PPAP」はそのなかでも大成功を収めた事例といえる。しかしその一方で、第三者が不当に著作権を主張し、使用された元作品が削除されてしまうケースや、この「マネタイズ」オプションを利用して広告収益をかすめ取ろうとするケースが多発している。後者はおそらく意図的な詐欺なのだろうが、前者の場合は意図しない機械の誤検出によるところもある。権利者が提出したサンプルから抽出される特徴は、すべてのその権利者が権利を保有しているものとして処理されるためだ。

たとえば、米FOXのTVアニメ『ファミリー・ガイ』がYouTubeに投稿されていたビデオを無断使用し、その後使用されたビデオがFOXの著作権クレームにより削除されるということがあった。FOXがサンプルとして提出したエピソードから抽出されたフィンガープリントが、元のビデオを誤検出してしまったためである。システム上は想定したとおりに機能したわけだが、コンテンツIDのパートナーのコンテンツに含まれる要素は、すべてのそのパートナーが権利保有しているという前提が間違っていたということになる。同様に、報道機関がYouTubeやTwitter、Facebookに投稿された市民が撮影した動画を放映した結果、元の投稿が削除されてしまうというパターンもある。これも同様にコンテンツIDや各プラットフォームの著作権フィルターが権利関係や文脈を十分に把握できないためである。

DOVA-SYNDROMEも同様の問題を抱えているようで、規約では同サイトが提供する音源を含むコンテンツをYouTubeのコンテンツIDに登録することを禁止している。ロイヤルティ・フリーの音源として利用する分には構わないが、それを利用した作品をコンテンツIDに登録されてしまえば、少なくともYouTube上ではその利用者が、同じ作品を利用するほかのクリエイター、あるいは音源の制作者本人にさえ、権利を行使できてしまうことになる。だから、コンテンツIDには登録してくれるな、ということなのだろう。

TuneCoreの機械的な判定

TuneCoreも同様の理由で配信申請をリジェクトしたと思われる。TuneCoreも音楽配信代行サービスとして、著作権侵害音源を各プラットフォームで販売されるわけにもいかず、事前に第三者の権利を侵害していないことを確認しなくてはならない(その確認が不十分だと、Amazonのように海賊版コンテンツを販売してしまうことになる)。

TuneCoreがどのようなデータベースに依拠して機械判定しているかはわからないが、日本コロムビアが提出したドラマCDに含まれるすべての要素を、日本コロムビアが権利保有しているものとするフィンガープリントのデータベースが存在するのだろう。そのデータベースに照合されたために、音源を利用されたKKさんが日本コロムビアの権利を侵害している可能性があると判定されたと思われる。

機械に頼るのが良くない、というわけではない。無数に存在する著作物を人間がすべて把握することは不可能であることを考えれば、機械的に処理せざるを得ないのは当然である。また、検出後の判定を人間が行えばある程度は誤検出の弊害を減らせるかもしれないが、ライセンシング(誰が誰にどのような利用を許可しているか)は当事者間の問題であり、外部(今回のケースではTuneCore)からは把握できないことのほうが多い。

こうした誤検出を事前に防ぐ(システムを改善する)、あるいは事後的に人間が確認する(権利関係を調査する)ことである程度は軽減されるのかもしれないが、そのためには誰がそのコストを負担するのか、という問題を解決し無くてはならない。なので現時点では、当事者間で解決してください、ということになってしまう。

関係する誰もが悪意を持っていなくても、システムとして不完全であるがゆえに、このような問題が引き起こされてしまう。おそらくそのような理由から、KKさんも「クレーム話ではなく『こういうケースもあるんだなぁ…』と実感したエピソード」だとした上で、「まだまだネットインフラには課題がある」と記しているのだろう。もちろん、悪意が介在すればもっとひどいことになるのだが、悪意が介在しなくてもひどいのである。

著作権フィルターの限界

先日、欧州議会が「待った」をかけたEU著作権指令案第13条の「著作権フィルター」に対し、世界中から反対の声が上がったのは、このような問題をはらんでいるためだ。もちろん、本来の権利者が第三者から根拠のない権利主張を受けるなどというのは、最悪のケースではあるのだが、それ以外にも適法な著作物の利用(日本における「引用」や米国の「フェアユース」)や、不当な削除要請(DMCAを悪用した不当な権利主張)など、コンテンツIDをはじめとする著作権フィルターは、その権利関係や文脈を正しく理解できない。欧州の影響力を考えれば、世界中のプラットフォーム、ウェブサービスに不完全な著作権フィルターの実装が義務づけられ、その結果、多くの適法な表現がインターネットから閉め出されてしまうことになる。

莫大な資金が投入されているであろうYouTubeのコンテンツIDシステムですらこのザマな状況にあるなか、世界中のプラットフォーム、ウェブサービスが著作権フィルターの実装を義務づけられれば、どうなるかは火を見るより明らかである。YouTubeによくビデオを投稿する人であればご存知かと思うが、特に公共の場で撮影された映像の場合、頻繁に第三者からの著作権クレームが入ってくる。その多くは会場や街頭で流れている音楽だったりするのだが、大抵は「マネタイズ」を選択しているために、突然YouTubeから削除されるケースは少ない。

しかし、YouTubeの場合は「マネタイズ」という選択肢が権利者から受け入れられているために、「突然の削除」を回避するバッファとして機能しているのだが、あらゆるプラットフォーム、ウェブサービスが同種のオプションを用意できるとも限らない。 このオプションはYouTubeのスケールがあってこそ受け入れられているとも言える。

となれば、多くの著作権フィルターは検出即削除という挙動をすることになる。今回のKKさんのケースのように配信できない、あるいは過去の投稿(ビデオに限らず、テキストやオーディオ、イメージ、コードなどあらゆるコンテンツ)が突然削除されるケースが頻発することになる。

そして、今回のKKさんのケースのように異議を申し立てても、プラットフォームやウェブサービスにたらい回しにされ、権利を主張する第三者に問い合わせをしても放置される(今回の件はいずれ解決するものと思いたいが、連絡をとってから10日を経過しても日本コロムビアからの返答は得られていない)というケースも頻発するだろう。少なくとも、プラットフォームやウェブサービス、フィンガープリントのデータベースを提供する事業者、あるいはデータベースを通じて著作権を主張する権利者のいずれかが、「誤った著作権クレーム」を解決するためにコストをかけなくてはならない。

いずれはブロックチェーン技術なりデータベースの精緻化なりで解決できそうではあるのだが、それもまた投資が必要である。それまでの間のつなぎの期間もどうにかしなくてはならないのだが、EU著作権指令案の著作権フィルターの条項を見ても、異議申立についての手続きや責任の所在を明確化しておらず、現状では誰もコストを負担せず、責任を宙ぶらりんにさせておくのが最適解とされてしまうだろう。一方で、その弊害を被るのは、そのプラットフォームやウェブサービスを利用する一般のユーザである。

表現を守るはずの著作権を、他人の表現を制限するツールとしてはならない。絶対に。